掌編 「みずたまり」 #シロクマ文芸部
「水たまりに住んでいた」と告げると、人々は決まって、怪訝な顔をする。そして、各々の尺度で僕を測ろうとする。その尺度がどこから来たのか、誰も確かめようとはしないまま。
水たまりの底に身を置く者にとって、世界は常に反射のかたちで現れる。触れれば崩れ、離れれば像を保つ。その不安定さこそが住処であり、同時に沈黙の理由でもあった。
批判という行為は、まだ濡れたことのない手で水を掬おうとする仕草に似ている。掬えたつもりで、何も掬えていない。
だから僕は、水面を越えた。いや、水面そのものが僕の方へ滲み寄ってきたのかもしれない。
「頭がおかしい」
白い服を着た誰かが呟いたその言葉は、乾いた地面がひび割れる音のように聞こえた。
僕はただ、その音の外側へ歩いた。硬いアスファルトを踏み締めるたび、濡れた衣服が肌に貼りつき、その冷たさが、どこまでが僕で、どこからが水なのかを曖昧にする。
空は、思いがけず澄んでいた。澄んでいるというより、僕が濁っていることを際立たせるために、世界が透明であり続けているようにも思えた。
息苦しさをおぼえ、思い出したかのように僕は呼吸をかえす。生きる為に呼吸をするのか、死ぬ為に呼吸をするのか。
生温かい風が衣服をなでる。
その答えを、僕の肌はまだ、決めかねている。
完
(本文532字)
あとがき
意味はありません。ただ何となく浮かんだことを綴っただけ。
