静寂にすら驚かない静寂
ようやくお盆の10連休も終了し、今日から出勤。もっと身体のリズムがおかしくなったり、なんだか心だけが慌ただしくなるような、そんな1日になることを想像していたのだが、全然そんなことはなかった。
昨年のお盆も10連休だったので、当時のnoteを振り返ってみた。連休直前に、美容室に行って風変わりな(笑)体験をしたせいもあって、連休前半は睡魔との戦い、そして連休最終日には、友人たちと楽しい宴を囲んでいたようだ。
ひるがえって今年の10連休は、笑ってしまうくらいに、何もなかった。何もないのに、毎日、日記だけは書き続けていた。
そのことに対して「もっと遊びたかったな。」とかいう後悔が、微塵もないのである。
連休前の勤務中もそうだった。「もうすぐ、お休みだ!」などというときめきも何もなく、連休前日には「そうだ、作業用のエプロン持って帰って、洗濯しなきゃ。」くらいの心の動きしかなく、そもそもエプロン洗濯の一件を「心の動き」と捉えることもどうなんだって話で。
今日も、出勤するにあたって最初に考えたことが「洗濯したエプロン、忘れないように持っていかなきゃだな。」・・・って、それだけかい!
もちろん、朝からお弁当も作って、保冷剤のっけてリュックに入れたりしたのだけど、その一連の行動があまりにも淡々としすぎていて、少しだけ不思議な感じがした。
結局、仕事も粛々とこなし、慌てることもなく定時に退社。帰宅後、地味な夕食を済ませ、今、こうして日記を書いている。
明日はお休み。明後日、明明後日は仕事。
それ以上の感情が、どういうわけだかわいてこない。もう少し若い頃だったら、
「明日、また休みなんて、うれしい!」
「でも、明後日からまた仕事とか、ダルっ!」
とかいろいろ思いを巡らせていたような気もするんだけど、とにかく今、私の脳内は、異常なまでに静かなのである。
驚くほどの静寂。というよりは、静寂にすら驚かない静寂?
脳内が、見事なまでに凪いでいる。
それが満たされているという感覚なのかどうかまでは、正直感じ取れてはいないのだけど、少なくとも不快感はないので、今はこのまま、脳内の静寂にゆだねていたいと思う。
動かなければならないときには、きっと本能的に動きだすことになるのだろう。その点については、自分自身のことを信頼している。
まずはゆっくり、お風呂に入ろう。
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