1-29-第8部:揃った形に漏れる声【中世群像ファンタジー小説:黎明の器たち】

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序章:笑い合う未来を託された者は| 精霊術ファンタジー/黎明の器たち


 一階の大広間では、執事が全領主と全領騎士団長の席を確認し、下僚たちが長椅子の間を行き来していた。二階の廊下では、給仕が大食堂へ杯と匙を運び、別の下僚が西棟の控室へ領主を案内している。長椅子を動かす音と食器の触れ合う音が、戸の外から交互に届いた。

 日が城壁の向こうへ傾く頃、指揮所から来た副執事が三階の迎賓室へ入った。窓からは最後の領主たちの参陣の列が見え、タリッペヌアは窓際に立ち、それを眺めている。ポヒュトロンは卓の脇へ控えていた。

 副執事は卓の前で足を止めた。
「エルリルマーグ公爵、マヨナリルレン殿、同行された二領を北庭の西庭側へ、残る七領を西庭の北庭側へ収めました。先に入っていた三領は西庭中央区画へ移りましたが、反感を口にいたしました。北庭予定の二領主は、その横で現在荷解きをしております。」

「分かった。下がれ。」
 タリッペヌアは窓枠へ指を載せた。
「広間では、何を決めるにも黙り込んでいた御仁だ。ガンタプへ入れば、こちらの指示に従うと思っていたがな。」

 ポヒュトロンはタリッペヌアの横顔を窺った。
「公爵様が家格に応じて定めた配置を、城へ入る前から退けられるとは、私も考えておりませんでした。四日前には、盟約へ署名するまで何度も言葉を詰まらせておられた御仁が……。」

「大人しく参陣したと思えば、着いた途端に我が城の区画へ口を出すか。」

「十一領を三つへ分けられた意図にも、気づかれたのでしょうな。」

「私も少し見誤った。あれほど強く出る者とは思わなかった。」

「十一領を連れてこられた以上、強く退けることも難しゅうございます。」

「……昔からうるさい御仁だ。」
 タリッペヌアはポヒュトロンへ顔を向けた。
「元気になったのであれば、それでよい。」

 戸の外から靴底の音が近づき、側近が室内へ入った。
「マヨナリルレン殿ら三領主がお目通りを求めております。」

「…………。」
 タリッペヌアは卓の端を押した。
「……通してくれ。」

 側近が扉を開き、マヨナリルレン、年配の領主、細面の領主が入った。三人は並んで頭を下げたが、マヨナリルレンの指は外衣の胸元を押さえていた。側近と三人の騎士が続いて入り、扉を閉める。

「今も話していたところだ。」
 タリッペヌアは三人へ席を示さず、卓の向こうから向き合った。
「到着早々、面倒なことを申しおって……。だが、すでにお前たちの望む形を認めた。この上まだ何かあるのか。」

「御許可いただいたことには感謝しております。」
 マヨナリルレンは腰を折った姿勢から顔を起こした。
「ただ、今後のためにも、なぜ三つへ分けられたのかを伺いに参りました。」

 タリッペヌアは卓に伏せた両手に力を込めた。
「もう一団として収めたのだ。それでよいではないか。」

 ポヒュトロンの眉が寄った。
「マヨナリルレン殿。公爵様は、すでに御希望どおり宿営区画を改められた。こちらが譲った後も問い詰めるようなことは、控えるべきであろう。」

「配置を改めていただいたことと、三つへ分けられた理由は別でございます。」
 マヨナリルレンはポヒュトロンへ体を向けた。
「我々十一領が一団として参陣することは、事前にお伝えしておりました。それにもかかわらず、なぜエルリルマーグ公爵の一領、私ども三領、残る七領を、家格ごとに三つへ分けられたのでしょうか。」

 タリッペヌアは両手を卓へ伏せた。
「ガンタプは我が城だ。誰をどこへ置けば、城内の人と騎獣と荷を収めやすいかは、各領の家格と人数も踏まえて家宰と共に考え、私が判断した。先程申したとおりだ。」

 マヨナリルレンは一度瞼を閉じ、息を吐くと顔を上げた。
「十一領の結束を崩すおつもりで、三つへ分けられたのですか。」

「マヨナリルレン殿。言葉が過ぎるのではござらぬか。」
 ポヒュトロンの眉が寄った。
「公爵様は、すでに入っている軍勢と城内の空きを御覧になり、家格に応じて配置を決められたのだ。しかも、その配置はもう改めておられる。」

「我々の結束を乱そうとするおつもりなのであれば、お味方として共に戦えるはずはございません。」
 マヨナリルレンはポヒュトロンへ体を向けた。
「なぜ我々を三区画へ分けられたのでございましょうか。城内の空きと家格による配置という説明では、受け入れられません。」

「こちらが穏やかに応じたのをよいことに、なお私の意図まで問い詰めるつもりか。」
 タリッペヌアは西側の廊下へ続く戸へ腕を向けた。
「家宰の報告では、移動させられた領主から苦情が入っておる。貴殿らは私の決めたことを破らせ、すでに他領主にも迷惑をかけておる。」

「我々は正直、この戦争には反対しております。」
 マヨナリルレンはタリッペヌアから目を逸らさなかった。
「しかし、王都には地方領主が足並みを揃えて正すべき失政がございました。九領主から奪われた議決権を取り戻すため、団結することが最重要でございましょう。それならば、なぜ戦う前から仲間を割くような仕打ちをなさるのですか。」

「エルリルマーグ公爵は、私が家格に応じて定めた三つの区画を、城へ入った途端に覆させた。北方の盟主が二人いるような振る舞いを認めるつもりはない。」
 タリッペヌアの右手が腰の剣へ掛かった。壁際に控えていた騎士たちも、足音を重ねてマヨナリルレンとの間を狭めた。
「それ以上の愚弄は許さぬ。」

「我々は愚弄などしておりません。」
 マヨナリルレンは近づく騎士へ顔を向けず、タリッペヌアを見据え続けた。
「愚弄しているのは、公爵、あなたではありませんか。」

「公爵と我々は昨日今日の仲ではござらん。」
 年配の領主はマヨナリルレンの隣へ進み、背を伸ばした。
「同じ陣営で肩を並べるのであれば、我々にも配慮を賜りたい。」

「…………。」
 タリッペヌアは剣の柄を握ったまま、三人の顔を順に捉えた。

「戦う前から仲間を信じられないようでは、同じ陣に入ることはできませんぞ。」
 細面の領主も、騎士に囲まれたマヨナリルレンの隣へ並んだ。

 マヨナリルレンは二領主の前に掌を向ける。
「北方の盟主はタリッペヌア公爵です。」
 タリッペヌアに顔を向き直す。
「そのことを争うつもりはございません。エルリルマーグ公爵は、我々十一領の盟主として、同行する者を一団に収めるよう求められました。我々も北方領主の傘下として軍規に従います。だからこそ、最初から疑いを向け、我々を分ける形で迎えられたことを見過ごせないのです。」

 年配の領主はタリッペヌアへ顔を向けた。
「我々は、パッスルマングで公爵の背を押し、あの扉を通らせ、盟約へ署名しました。今になってエルリルマーグ公爵を蔑ろにすることは受け容れられませぬぞ。」

 細面の領主も胸元へ指を差し入れた。
「我々の領も、ここへ来なければ守れぬ事情を抱えておるのは御存じでしょう。それでも我々への節度をお持ちでないのなら、こちらにも考えがあります。」

「公爵様。ここで十一領を帰せば、揃った三十六領が出陣前に崩れます。」
 ポヒュトロンは剣の柄へ掛かったタリッペヌアの手に手を重ね、並んだ三人へ顔を巡らせた。
「北部一党にひびが入ることは南部への弱みにもなります。ここはどうか御容赦を。」

 タリッペヌアの指が剣の柄から離れた。騎士たちへ下がるよう手を振り、卓の端へ掌を伏せた。
「……こちらの配慮が足りなかった。」

「そなたら十一領の方々も、参陣までに重い御事情を抱えてこられたことは分かる。」
 ポヒュトロンは騎士たちが壁際へ下がるのを待ち、三人の間へ顔を巡らせた。
「こちらも言葉が強くなりましたが、区画はすでに一つへ改められております。貴殿らの主張は分かったゆえ、もうことを収めてはいかがか。」

「こちらも過ぎた物言いでございました。公爵の御立場を顧みず、責め立てる形となったことをお詫びいたします。」
 マヨナリルレンは大きく呼吸をし、両手を腹の前で重ねた。
「エルリルマーグ公爵は、カズルダンを発つ前に長く仕えてきた参事を亡くされました。葬送の手配を済ませ、十一領の参集を待ち、そのままここまで来ております。そのような中、あの方が自ら十一領を率いて参陣されたことを、まずは見ていただきたい。」

「参事の件は聞いた。エルリルマーグ公爵が十一領を率いて来た働きも認める。」
 タリッペヌアは三人へ順に顔を向けた。
「だが、今後も自分たちの判断で軍を動かされては困る。」

「勝手に事を動かすことはございません。何事も報告と許可を得てからでございます。」
 マヨナリルレンは一度頭を下げた後、再びタリッペヌアへ正対した。
「改めて、エルリルマーグ公爵から申し伝えるよう預かったことがございます。」

 タリッペヌアは口を閉ざしたまま、マヨナリルレンを見据えた。

「全軍が王都周辺へ布陣する際、我々十一領はカズルダンへ繋がる路口へ陣取ります。包囲する各軍が戻る道を確保し、負傷者の救護と休憩者の受け入れをさせてもらいます。我が陣営には治癒術者を抱えております。」

 ポヒュトロンは卓の脇で背を伸ばした。
「布陣も決まっておらぬうちから、自分たちの退路を押さえるというのですか。」

「退路のためだけではございません。その位置を求めることが、エルリルマーグ公爵の参陣条件です。」

 タリッペヌアの顎が強く結ばれた。
「この度の物資、水、食料、飼い葉は西から入る。南方路は兵站路にはならぬ。」

「兵站路は西であることは存じております。」
 マヨナリルレンは卓へ一度目を移した。
「我々が伝えたいのは、北方へもつながる道の確保も兼ねていることです。かつて北方異民から襲撃を受けた際には、ゴマノフからの進行でした。カズルダンへの道の確保は北方軍の命綱になります。」

「貴殿らの退却路を守り、前の軍勢が戦うのを待つつもりか。第一、北方路はわが軍が受け持つ。」

「ですから、カズルダンへ続く道の入口を我々が受け持つというのです。そこで前方へ荷を送り、負傷者を受け、背後から軍を脅かされぬようにします。後方を保つことも、全軍の役目です。」

「全軍の配置を決めるのはリミリーミネ公爵だ。」
 タリッペヌアは卓の端を強く押した。
「十一領だけではなく北方三十六領を、私の判断でどこに置くと約束することはできぬ。」

「エルリルマーグ公爵の意思は固く、これを申し伝えに来たまでです。」
 マヨナリルレンは年配の領主と細面の領主へ顔を向け、再びタリッペヌアを捉えた。
「この件をお聞き入れいただけなければ、我々は帰らざるを得ません。我ら三領主はそれを望んでおりませんが、我が盟主の言葉を曲げるわけにも参りません。」

 年配の領主は両手の指を強く曲げた。
「後方への陣取りをお認めいただく。それが、北方における落としどころでございます。」

 細面の領主もタリッペヌアから目を逸らさなかった。
「十一領をここで帰すか、後方で全軍を支える役目を持たせるか。私どもは、後者を望んでおります。」

 ポヒュトロンはタリッペヌアへ身を寄せた。
「ここで帰されれば、北方の三分の一近くが抜けます。ほかの領主方にも動揺が広がりましょう。」

「お前までそう言うのか……。」
 タリッペヌアは内城内の中庭へ向いた窓へ顔を逸らした。戸の外では、杯を載せた盆を運ぶ給仕の足音と、長椅子を動かす音が交互に続いている。
「何かにつけて、このわしを脅してきよる。これの何が北方の盟主か……。」

「リミリーミネ公爵へ、十一領を後方へ置くよう私から口添えする。」
 タリッペヌアはマヨナリルレンへ顔を戻した。
「ただし、後方の区画も退却路も、十一領のみで占めることは認めぬ。わが軍の軍監を派遣し、作戦指揮は何事においても我々の軍と共にすることが条件だ。」

「もとより、我々のみで占有するつもりはございません。」
 マヨナリルレンは両手を腹の前で重ねた。
「カズルダン街道側口で待機し、西方から届く兵站物資を我々が中継します。北陣へ回す分は、わが軍が責任を持ってタリッペヌア公爵の陣へ届けます。」

 タリッペヌアは卓の端へ指を載せた。
「西から来る荷を、十一領の判断で分けるつもりか。」

「配分には手を付けません。我々は指定された荷だけを受け取り、それ以外は北陣へ運びます。」
 マヨナリルレンは北側へ掌を向けた。
「負傷者と退却する者も後方で受け入れます。南方軍と北方軍の間を行き来する連絡役も、我々が担います。」

 ポヒュトロンは顎へ指を添えた。
「兵站の荷を受け、負傷者を受け、両軍の連絡まで担うとなれば、相応の人手が必要ではござらぬか。カズルダン街道の背後を守るのも大事でございますな。」

「十一領の騎士と伴徒から、それぞれ役目に応じて出します。前方へ送る者と後方へ残す者は、この後の軍議を受けて組みます。」

 タリッペヌアはマヨナリルレンを見据えた。
「お前たちが担うのは、西から受けた荷を北方へ繋ぐことだ。貴殿らはあくまでも北方軍の一部であることを忘れるな。」

「無論心得ております。」

 タリッペヌアは卓から両手を離した。
「そこまでを条件として、リミリーミネ公爵へ口添えする。それ以上の役目と配置は、この後の軍議で決める。」

 マヨナリルレンは深く腰を折った。
「ありがとうございます。それでは、そのように陣取りさせていただきます。」

 タリッペヌアの眉間に皺が寄った。
「待て。私は口添えすると申した。布陣を認めたわけではない。」

「北方の盟主から御口添えをいただけるのであれば、我々はその言葉を携えて軍議へ臨みます。」
 マヨナリルレンは頭を下げた姿勢を保った。
「エルリルマーグ公爵にも、後方への陣取りをタリッペヌア公爵が支えてくださるとお伝えします。」

 ポヒュトロンは口を開きかけ、タリッペヌアの横顔を捉えて閉じた。

 タリッペヌアは卓の端を指で押した。
「軍監から注進があれば、陣取りは改めてもらう。十一領の都合で、南北の連絡、兵站を遮断せぬように。これは長年の北方地方領主の信用で成り立つものだ。」

「もちろんでございます。お聞き届けいただき、ありがとうございます。」

 ポヒュトロンは長い息を吐く。
「今後も何かあれば、他領への工作などせず、真っすぐ我らへ申し出られるように。」

「そのように進めます。」

 年配の領主が息を吐き、強く曲げていた指を緩めた。
「公爵には、我々から今のお話を伝えます。」

「この後の軍議には、エルリルマーグ公爵本人が出席せよ。北方の領主たちの前で、後方への配置を自ら求めてもらう。」

「エルリルマーグにも伝えておきます。」

 三人が退室すると、タリッペヌアは開いた戸の向こうをしばらく捉えていた。

「十一領は来た。」
 ポヒュトロンは卓の端を指で押した。
「しかし、こちらの軍へ収まる前に、自由な位置を求められましたな。」

「三十六領の旗を揃えても、同じ方角を向くとは限らぬらしい。」
 タリッペヌアは椅子へ深く腰を収めた。
「数は揃った。まとまりは、これからどう作るか考えねばならぬな。」

 指揮所から来た副執事は、戸を開いて迎賓室を出た。廊下では、大広間へ向かう下僚と大食堂へ向かう給仕が二手に分かれ、領主たちを迎える準備の足音が一階と二階へ続いていた。

 北棟四階北外側の一室では、タトゥークが窓辺に立っていた。開いた窓から身を乗り出すと、眼下には北庭の庭園部が広がり、七年の旱魃で枯れた樹木と植え込みが夕方の空の下に並んでいる。北庭の西庭側と西庭の北庭側にある宿営区画は、北棟から延びるほかの棟に遮られていたが、騎獣の蹄、荷車の車輪、領名を呼ぶ声、大勢の足音が重なって届いた。

 客室の戸は開いていた。戸口に一人、廊下には三人の騎士が立ち、左右へ続く廊下を塞いでいる。北棟三階南内側には、タトゥークに同行した三人の騎士が留め置かれていたが、四階の北外側から声を届けられる位置にはなかった。

 タトゥークは戸口の騎士へ向いた。
「北方領主が揃ったのか。」

「城内では客人を迎えております。」

「先にいた者たちへ、さらに多くの騎士団が加わった。まさか、エルリルマーグ公爵ら十一領まで参陣したのではあるまいな。」

 騎士は両手を腰の後ろへ回し、戸の脇から動かなかった。

「答えよ。あの者たちは王都との争いを避けようとしていた。エルリルマーグ公爵まで、タリッペヌアの軍へ加わったのか。」

「到着された方々については、家宰へお尋ねください。」

「ならば家宰を呼べ。」

「会合と宿営の支度に入っております。」

 タトゥークは窓へ向き直った。北庭の庭園部を越えた先から、騎獣を移す声と荷車の響きが続いていた。
「王都を敵に回して、三十六領が一枚岩でいられると思っているのか。」

 騎士の顔は廊下の先へ向いたままだった。

「チェルニッケが水と食料を用意したのであろう。兵站は負けないためには必要だが、足りていれば勝てるわけではない。領主ごとに求めるものも、退く時も違う。王都を囲んだ途端に、その違いが出るぞ。」

 階段口から、大食堂の準備時刻を警護へ伝える下僚が近づいた。三人の騎士は左右へ分かれて道を空け、下僚は戸口の騎士へ短く耳打ちした後、階段側へ戻った。タトゥークへ返る声はなかった。

「聞こえているのだろう。」

 三人は再び廊下へ並び、戸口の騎士も両手を腰の後ろへ回した。

 タトゥークは戸口へ近づいた。
「私をここへ閉じ込めても、声を上げる者はおる。ジュナルサン侯爵が父親のしていることを知れば、必ず王都へ知らせ、止めようとするだろう。」

「それは無理でございます……。オルメラクル殿も別棟の自室に留め置かれておられ――」
 騎士は目を大きく開き、唇を強く閉じた。

「なにっ!」
 タトゥークは戸の前で動きを止めた。
「……ジュナルサンも、この城にいるのか。」

 騎士は廊下の先へ顔を向けた。

「いつからだ。我が子まで、タリッペヌアが拘束したのか。」

 騎士は頭を下げ、階段を下りた。残る三人は戸口の前へ間を詰め、客室から左右へ抜ける道を塞いだ。

 タトゥークは窓へ向き直った。枯れた庭園部の向こうから騎獣の声と荷車の響きが続き、北棟の下階では、大食堂へ食器を運ぶ給仕の足音が重なっていた。

 タトゥークは窓枠へ手をついた。枯れた樹木の向こうにある民たちの家々では、灯りがともり始めていた。

 東棟公爵家居住区四階の旧自室では、ジュナルサン侯爵が格子の付いた窓の前に立っていた。格子の間からは昔と変わらず市場の軒と、その先に続く民の家々が見える。城内道沿いの乾いた枝の下を商人たちが行き交っていた。

 北庭と西庭から騎獣の声と荷車の響きが棟を越えて遠く届いていた。下階では、大広間の準備に携わる執事、下僚が一階と二階を行き来し、階段から足音と机を動かす音が響いている。

 隠し外鍵の金具が音を立てる。扉前にいる騎士が戸を開いた。給仕が食事を載せた盆を持って入ると、再び扉が閉まる。オルメラクルは置かれた盆を見ずに、給仕の前へ立った。
「ついに領主方が到着したのですね。どなたが来たのですか。」

「オルメラクル様、夕食をお持ちしました。温かいうちにお召し上がりください。」

「食事のことではありません。先程から、車と騎獣の音が聞こえます。どの領主方が来たのですか。」

 給仕は盆を机へ運び、椀と匙を並べた。
「旦那様の客人方ではないでしょうか。」

「盟約に加わった領主方ですね。」

「城では、今夜も多くの方をお迎えしております。」

「騎士団も連れてきていますよね。」

 給仕は湯気の立つ椀をオルメラクルの席へ寄せた。
「お食事の後、湯をお持ちいたしましょうか。」

「話を変えないでください。」
 オルメラクルは机へ両手をついた。
「王城へ向かう軍勢が、ついにここへ集まり始めたのでしょう。どこまで揃ったのですか。」

「旦那様は、領内と客人方の支度を進めておられます。」

「パッスルマングで盟約を結んだ領主方が、軍勢を率いて来ているのでしょう。」

「私は分かりかねます……。」
 給仕は盆を胸の前へ抱えた。
「お足りにならない物がございましたら、戸口の騎士へお申し付けください。」

 オルメラクルは給仕が戸へ向かうまで動かなかった。
「父上に伝えてください。何を進めているのかだけは説明してほしいと。」

「かしこまりました。とりあえず給仕長にお伝えしておきます。」

 給仕が廊下へ出ると、隠し外鍵の金具が再び動いた。遠くの宿営区画から人を呼ぶ声が届き、続いて騎獣の列を動かす掛け声が低く重なった。オルメラクルは手をついたまま机の端を強く握った。

最後まで目を通してくださり、嬉しく思います。

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