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味噌の男(Claude Code産みの親)、その後

7月のある水曜日の午後、サンフランシスコ。

Bloombergの記者がAnthropicのオフィスで見たのは、ノートPCに向かって何かを打ち込む一人の男の姿だった。ただし、画面に流れていくのはコードではない。平易な英語の文章だ。

その文章の宛先は、人間ではない。「Claudeの群れ」だ。複数のAIエージェントに向かって、コードを直せ、別の言語に書き換えろ、この問題を解決しろ、と指示を出していく。人生をかけて習得したプログラミング言語は、一つも使わずに。

男の名は、ボリス・チャーニー。Claude Codeの産みの親。

そう、以前この連載で書いた、日本の農村で味噌を仕込んでいた男だ。

あの記事を書いてから、彼の身に何が起きたのか。今日はその「その後」の話をしたい。


「11月から、一行も書いていない」

今年3月、パリの巨大スタートアップキャンパスSTATION Fの講演で、チャーニーはさらりと爆弾を落とした。

「11月から、手で書いたコードは一行もない」

誤解のないように言うと、彼はソフトウェアを作るのをやめたわけじゃない。毎日作っている。ただ、コードをタイプする代わりに、Claude Codeに生成させ、テストさせ、修正させている。手元では複数のエージェントセッションが並列で走り、それぞれ別のタスクを進めている。

Claude Codeがどう生まれたかを思い出すと、この光景はちょっと出来すぎている。

2024年の終わりにAnthropicに加わったチャーニーのミッションは「次に来るものをプロトタイプすること」だった。当時のAIには「プロダクト・オーバーハング」があった。モデルの能力に、道具が追いついていない状態だ。彼は実験を始め、1ヶ月ほどで小さな試作品を作った。ターミナルの中でClaudeと対話してコードを書く、画面すらない地味なツール。

翌日チームに共有すると、次に出社したときには、みんなが仕事に使っていた。

マーケティング計画なし。ローンチ戦略なし。営業なし。エンジニアが「単に便利だから」使い、社内に広がり、無視できなくなって外に出した。それが世界を変えた。エンジニアが週末に個人で試し、気に入って会社に持ち込み、チームが真似て、最後に会社が正式導入する。大企業ですらこの順番だった、と彼は言う。

品質が営業を駆逐した、静かな革命の話だ。

プロンプトを書く仕事すら、捨てた

彼の現在地はもう一歩先にある。

「もうClaudeにプロンプトを打っていない。代わりに、Claudeにプロンプトを打つループを走らせている。私の仕事は、ループを書くことだ」

指示を出す人間ですらなく、指示が自動的に生まれ続ける仕組みを設計する人間になった、ということだ。彼は、10年後に振り返ったとき一番誇れる仕事はこのループ作りになるだろう、とまで言っている。

味噌を仕込んだことのある人なら、この感覚に覚えがあるはずだ。

味噌作りにおいて、人間は大豆を発酵させない。発酵させるのは麹菌だ。人間がやるのは、菌がよく働く環境を仕込むことだけ。塩の加減、温度、重石。あとは樽に任せて、時々様子を見る。

チャーニーは奈良の納屋で、それを一年がかりで体験していた。手を動かす者から、働き続ける小さな者たちの環境を設計する者へ。彼のキャリアは、あの樽の中の論理をなぞるように進んでいる。

職業が溶けて、「気質」が残る

そして今年6月末、彼はXにまた興味深い投稿をした。今度はコードの話ではない。職業そのものの話だ。

エンジニアリング、プロダクト、デザイン、データサイエンス。そういう職種の境界が溶けて一つの新しい役割になっていくとき、仕事はどうなるのか。Claude Codeのチームを眺めていると、5つの「原型(アーキタイプ)」が見える、と彼は書いた。

  1. プロトタイパー:新しいアイデアを量産する。ほとんどは世に出ない

  2. ビルダー:試作品を一気に製品レベルに引き上げる

  3. スイーパー:UIを磨き、コードとシステムを簡素化し、いらないものを畳み、性能を上げる

  4. グロワー:できた製品を市場に合うよう育てていく

  5. メンテナー:成熟したシステムを預かり、安全に、速く、堅牢に保つ

面白いのは、この5つが肩書きと一致しないとチャーニーが強調していることだ。Anthropicの中でも、デザイナーなのにビルダーの人がいて、エンジニアなのにグロワーの人がいる。多くの人は2つ、ときに3つの原型をまたぐ。そして製品の成長段階によって、必要な組み合わせが変わる。

つまりこれは職務記述書の話ではなく、気質の話だ。AIが「作業」を引き受けたあと、人間に残るのは、その人が生まれつきどういう手つきで世界に触れるか、だけになる。

味噌蔵には、とっくに5つの原型があった

この5原型を読んだとき、俺は真っ先に味噌蔵を思い浮かべた。

新しい配合を試したがる人がいる。仕込みを段取りよく回す人がいる。カビを丁寧に取り、天地返しをして樽を整える人がいる。麹の機嫌を見ながら味を育てる人がいて、何十年ものの蔵と菌を守り続ける人がいる。

試す人、仕込む人、整える人、育てる人、守る人。

日本の発酵の現場は、「職務」ではなく「気質」で回ってきた。杜氏や蔵人の世界に、プロダクトマネージャーという肩書きはない。あるのは、その人が何に向いているか、どの樽を任せられるか、だけだ。

チャーニーが提示した未来の職業観は、シリコンバレーの最先端から出てきたものなのに、どこか懐かしい。彼が奈良の納屋で毎日眺めていたのは、大豆と麹と乳酸菌が、職業の境界なんて知らずにそれぞれの気質で働く光景だった。

味噌が先か、Claude Codeが先か。もう区別がつかない。

「AGIが来たら、たぶんまた味噌を作ってる」

チャーニーは講演でこうも言っている。ReactやTypeScriptのような一般的な技術スタックなら、コーディングは「本質的にはもう解けた」。そして年末までには、ソフトウェアエンジニアリングの大部分——コーディング、デバッグ、レビュー、運用——が自動化されるだろう、と。

人間に残るのは、目的と方向を定めること。

どの樽を、いつ、どう仕込むかを決めること、と言い換えてもいい。

彼はかつて冗談めかして言った。「AGIが実現したら? たぶん、また味噌を作ってると思う」

前作を書いたとき、俺はこれをただの洒落たオチだと思っていた。でも今は違う見え方がする。彼の中で、味噌作りとソフトウェア作りは、もうほとんど同じ営みなんだ。菌に働いてもらうか、Claudeに働いてもらうかの違いでしかない。だからAGIが来ても、彼の仕事は変わらない。樽が変わるだけだ。

「今ほど、何かを作るのに良い時代はない」——彼は講演をそう締めくくった。

味噌の男は、一足先に着いた未来から、こっちに向かって手を振っている。

参考(一次ソース)

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