点と点がつながって、今ここにいる。私のコーチングジャーニーは続く
先日、ずーっと先延ばししていた音声配信を始めた。
「今日から音声配信しよう」
と、なぜか朝起きる時に突然そう思ったのである。
文字通り、起き上がりながら、そう思った。
最近は、朝起きたら日焼け止めだけ塗って、すぐに散歩に出るのだけれど、歩いている間もずっと「やっぱ今日だよね」とワクワクする気持ちだった。
不思議なことに、その日は会った人たちが、なぜか次々と音声配信の話をした。
私から「今日、音声配信を始めようと思ってるんです!」なんて言ったわけではない。
なのに、「実は今日から始めたんです」という人に出会ったり。
ChatGPTと会話する方法を教えてくれる人もいて、その人もスタエフやりたいと思っていたんですよ、と。
これはもう、やるしかないでしょう。
ということで、初めてのライブ配信をしてみた。
初めてなので、もちろんドキドキした。
録音すると、完璧を目指したくなって結局配信しないパターンになりそうなので、ライブ配信してみることにした。
ライブはテーマだけ決めて、思い浮かぶことを話していくタイプなので、内容もくどいかな?話が飛んだかな?(汗)と思いながら進めた。
インスタライブでは既にフォロワーさんがいて、いつも誰かが聴きに来てくれるので、ひとりぼっち感がないのだけど、スタエフは始めたばかりなので、ライブに来てくれる人なんているのかな…?
そう思いながら始めたら、思っていた以上にたくさんの方が来てくださって、嬉しくて、「なんて優しい場所なんだぁ」と思って感動。
結果、とても楽しかった。
それで、次の配信ではもう少しちゃんと自己紹介をしてみようと思った。
「そもそも、私はなぜデンマークにいるのか」「なぜコーチをしているのか」「何を大切にしているのか」
「これから何をしていきたいのか」
そんなことを改めて話してみたのだけれど、20分近く話しても終わらなかった。自己紹介って、意外と難しい。
今の私は、「デンマーク在住のアイデンティティコーチ」と名乗っている。
でも、そこに至るまでには、
看護師だった私もいて、
国際協力の仕事をしていた私もいて、
先生だった私もいて、
アフリカで暮らしていた私もいて、
プロジェクトマネージャーだった私もいて、
母親になった私もいる。
それぞれの時には、それぞれのことに一生懸命だったし、それぞれのフェーズを楽しんでいた(苦しんでいたことも含めて)。
でも、色々なところでいろんなことをしてきたことで、一貫性のない人生になっているような気もしていて、だから人生のテーマみたいなものが分かりにくくなっていたのも事実で。
でも最近になってようやく、
ああ、あの時の経験も、今ここにつながっていたんだな
と思えることが増えてきた。
今日は、そんな話を書いてみようと思う。
結構長くなってしまったので、読むのが面倒な方はスタエフで聴いていただければ。
中学2年生の私と、マザー・テレサ
もともと私は、神奈川県横浜市で生まれ育った。
そして中学2年生の時、マザー・テレサの生き方に感銘を受けて、「世の人の役に立つ生き方をしよう」と決めた。
大人になった今思うと、なかなか大きなことを決めているな(笑)と微笑ましく思うのだけど、できるかどうかなんて全然気にしていなかったことにも気付く。
はい、私、真っ直ぐさには定評があります。
どうすれば人の役に立てるだろうと考えた結果、看護師になることを決めた。
看護大学を卒業し、赤十字の病院で看護師として働いた。
看護師として働く中で、いつか国際協力の仕事をしたいという思いも持ち続けていた。
そして念願叶って、赤十字から海外へ派遣されることになった。
初めての派遣先は、アフリカのジンバブエ。
その次はパキスタン。
その後、JICAでも仕事をする機会をいただき、短期の派遣も含めて、いろいろな国で仕事をすることになった。
当時の私にとっては、まさに夢が叶っていくような時期だったと思う。
私は、知らない世界を知るのが好きだった
アメリカ、ジンバブエ、パキスタン、オーストラリア、エチオピア、インドネシア、エジプト、デンマーク、そして日本。
いろいろな国で生活したり、仕事をしたりしてきた。
でも今振り返ると、私が海外に惹かれていた理由は、「国際協力をしたい」という思いだけではなかったのだと思う。
私は昔から、知らないことを知るのが好きだった。
自分が今まで当たり前だと思っていたことが、違う国に行くと全然当たり前じゃなかったりする。
自分とはまったく違う人生を歩んできた人と話して、「そんなふうに世界を見ている人もいるんだ」と思ったりする。
自分の世界が少し広がる、あの感じ。
私はあれが、ものすごく好きなのだと思う。
今まで一つだと思っていた答えが、実は一つではなかった。
「普通」だと思っていたことが、自分がそう思っていただけだった。
そんなことに気付くたびに、世界が少し自由になる感じがする。
だから、私は今でも旅行が好きだし、知らない人の話を聞くのが好きだし、今まで考えたことがないことを考えるのが好きなのだと思う。
これが、私が今大切にしている「好奇心」につながっている。
そして、なぜか日本でデンマーク人と出会った
海外で国際協力の仕事をしていたので、「ご主人とは、海外で出会ったんですか?」と聞かれることがある。
でも、違う。
日本です(笑)。
聞いてくれる人は、「どんなドラマティックな出会いだったんだろう」という期待に満ちたキラキラした目で聞いて下さるので、時々、期待を裏切るのが申し訳なくて「そうです」と言ってしまいたくなるけれど、違う。
それまでいろいろな国に行っていたのに、デンマーク人の夫と出会ったのは日本だった。
人生というのは、本当に分からない。
なので私は、「北欧が好きだったからデンマークに移住しました」というタイプではない。
デンマークへの憧れがあって移住を計画していたわけでもない。
人生の流れの中で、気がついたらデンマークに住むことになっていた。
そして今、デンマークに来て11年になる。
自分でも、もうそんなに経つのかと思う気持ちと、まだそんなものかと思う気持ちとが共存している。
「あなたはどう思う?」と聞かれる日常
デンマークに来てから、日本にいた時にはあまり考えなかったことを、本当によく考えるようになった。
働き方。
家族との関係。
子どもをどう育てるのか。
人と違うことをどう考えるのか。
幸せとは何なのか。
そして、私は、どう生きたいのか。
海外で暮らしていて面白いなと思うことの一つに、日常会話の中で、「あなたはどう思う?」という問いが、わりと普通に出てくることがある。
アメリカやオーストラリアだと、そういう場合に意見を述べないと、大人として見なされない感じがあるし、その場に居づらく感じる気がする。
でも、デンマークには、何も言わない自由もある。
「私は分からない」と言うこともできる。
「あまり自分のことを話したくない人」というカテゴリーは社会の中に存在していて、そういう人として受け入れられているような気がする。
でも、自分の意見や考えをまったく持たず・話さずにいると、なんとなく周りが居心地悪そうになることがある(笑)
相手にしてみれば、自己開示しない人は、その人にどう接したらいいか、どう近付いたらいいかのヒントがない状態なわけだから、それは気持ち悪いだろう。
だから、日常の端々で、「私はどう思うんだろう?」と考える機会が増えた。
もちろん、デンマーク人がみんな自由に自分らしく表現しながら生きている、なんていう単純な話ではない。
どこの国にも、その国なりの「普通」がある。
プレッシャーもある。
期待もある。
人間関係の難しさだって、もちろんある。
でも、日本とは違う価値観の中で生活することで、私自身がこれまで「当たり前」だと思っていたものを、何度も見直すことになった。
そして今思うと、そのことが、私が「自分らしく生きる」というテーマ、ひいてはアイデンティティはどうして必要なのかを考えるようになった大きなきっかけだったのだと思う。
私はいったい、何者なんだろう?
これは若い時から、よく考えていた問いだった。
小さい頃から周りの空気を読んで、どう振る舞うかを考えていたので、役割や肩書きがないと、自分がどういう人間なのか分からなくなってしまうようなところがあった。
だから、周りに染まりたい。
でも染まれない。
「その他大勢」になぜか馴染めない。
そんな生きにくさを感じていた時期があった。
私の人生を振り返ると、本当にいろいろな「私」がいた。
お姉ちゃんとしての私。
「いい子」である私。
看護師の私。
国際協力の仕事をしている私。
海外で暮らしている私。
プロジェクトマネージャーとして働く私。
母親としての私。
そして今は、コーチとして活動している私。
役割はどんどん変わった。
住む場所も変わった。
周りにいる人も変わった。
仕事も変わった。
そのたびに、その時の自分に必要なものを身につけたり、削ぎ落としたりしてきた。
元々、周りの顔色を読んで求められることに答えるのは得意だったから、そのことに難しさはなかったし、葛藤もなかった。
でも、役割が変わるたびに戻ってくる問いがあった。
じゃあ、私は結局、何者なんだろう?
看護師ではなくなったら、私は誰なのか。
国際協力の仕事を辞めたら、私は誰なのか。
子どもが生まれて母親になったら、それまでの私はどこに行くのか。
仕事や住む場所が変わったら、自分自身まで変わってしまうのか。
もちろん、人は変わる。
変わっていい。
むしろ、変わるから面白い。
でも、いろいろな経験をして、いろいろな場所に行って、いろいろな役割を担っても。
その奥には、何かその人らしい核のようなものがあるんじゃないか。
私は今、それを「アイデンティティの核」と呼んでいる。
まだ、私自身もこの言葉を考え続けている途中だけれど。
その核に気付き、そこから人生を選んでいくことができたら、人はもっと自由に、そしてもっとパワフルに生きられるんじゃないかと思っている。
コーチングとの出会い
私がコーチになったのは、最初からコーチになろうと決めていたからではなかった。むしろ、偶然に近い。
でも、コーチングを学び始めてから、「ああ、私はこういうことがしたかったんだ」と思った。
振り返ってみると、私はこれまでの仕事でもずっと、人が変わっていく瞬間に興味があった。
看護師だった時も。
国際協力の仕事をしていた時も。
プロマネとして働いていた時も。
結局、人と人が関わることで何かが変わっていくこと。
そこに生まれる化学反応みたいなものが好きだった。
コーチングでは、誰かに答えを教えるのではない。
「あなたはこうすべきです」と決めるのでもない。
その人自身に問いかけながら、その人の中にすでにあるものに一緒に気付いていく。
私はこのプロセスが、本当に好きだ。
その人のすごさや素晴らしさを、まるっと前提にする。
そして、その上にいつの間にか積み重なってしまった、
「私はこうしなければならない」
「私はこれができない」
「どうせ私なんて」
みたいな、その人ではないものを少しずつ削ぎ落としていく。
そうすると、その人が、「私には無理かもしれない」と思っていたところから、自分の力を思い出し始める。
自分の可能性を取り戻していく。
その瞬間を見ると、何度経験しても、すごいなと思う。
人間ってすごいな、本当に強いな、と。
たぶん私は、そのことを確信したかったんだと思う。
好奇心、自由、そしてあたたかさ
今の私が人生や仕事で大切にしていることを3つ挙げるとすると、
好奇心。
自由。
そして、人へのあたたかさ。
この3つになる。
好奇心については、もう書いた通り。
知らない世界を知ること。
知らない人に会うこと。
自分と違う考え方に触れること。
「そんな見方もあるんだ」と、自分の世界が広がる瞬間。
それを、これからも大切にしていきたい。
二つ目は、自由。
これは、何でも好きなことをする、という意味だけではない。
周りにどう思われるかだけで、自分の人生を決めないこと。
「普通はこうだから」
「この年齢ならこうするものだから」
「みんながそうしているから」
という理由だけで、自分の選択を決めないこと。
そしてこれは、人生の選択だけではなくて、自分の感情についてもそうだと思う。
悲しい時に、悲しんでもいい。
腹が立つ時に、腹が立ってもいい。
「こんなことで傷付いちゃいけない」
「もっと前向きにならなきゃ」
と、自分の感情にまで「正解」を押し付けなくてもいい。
まず、私は今、どう感じているんだろう?と自分に聞く。
その上で、自分にとって本当に大切なものを考えて選ぶ。
私は、そんな自由を大切にしたい。
そして三つ目が、人へのあたたかさ。
私は、強くなることと冷たくなることは違うと思っている。
自分の軸を持つことと、人の気持ちを無視することも違う。
自分の意見を持つことと、誰かを踏みつけていいということも違う。
どちらも共存できる懐の広さ、人間的なキャパシティが、しなやかな強さ(レジリエンス)なのではないだろうか。
そして、それがリーダーシップの在り方として、スタンダードになりつつあるような気がしている。
私は、これからもマネジメントやリーダーという立場にいる女性たちと関わっていきたいと思っているのだけれど、旧来型の「強いリーダー」を目指している人がまだ多いように感じている。
自分が何者なのかを知っている。
自分の価値観を持っている。
自分の力を使える。
でも同時に、その人がいることで、周りの人が少し安心できる。
希望を持てる。
「私もやってみようかな」
「ここにいていいんだ」
「もう少し前に進んでみよう」
と思えるあたたかさがある。
私は、そんな人が増えたらいいなと思っている。
強さと、あたたかさ。
自分の軸と、他者への敬意。
結果を出すことと、人を大切にすること。
どちらかを選ぶのではなく、両方を持つ。
そんなリーダーシップが、これからますます必要になるんじゃないかと思っている。
そしてもちろん、私自身もそんな人になりたい。
コーチという枠の外へ
今、私はアイデンティティコーチとして活動している。
これからも、コーチングは続けていきたい。
特に、周りから期待され、責任を持ち、たくさんのことを抱えている女性たちが。
自分自身をすり減らすことなく。
もっと自分らしく。
もっとパワフルに。
自分の力を使えるようになる。
そんなサポートをしていきたい。
でも最近、「コーチ」という枠だけに、自分を限定したくないという気持ちも、すごく大きくなっている。
私の持っているものすべてを差し出すような気持ちで、世の中と関わっていきたい。
これまで私が、世界のいろいろな場所で経験してきたことや、デンマークで暮らす中で感じてきたこと、今考えていることを、もっと多くの人と共有していきたいと思っている。
なぜかというと、私自身がこれまで、たくさんの人の言葉に力をもらってきたからだ。
誰かが書いた本。
誰かが話していた言葉。
直接会ったこともない人の人生の話。
そういうものから、知識だけではなく、希望をもらってきた。
前に進む力をもらった。
そして時には、生きたいという気持ちをもらった。
だから今度は、私も誰かにとってそんな存在になりたいと思う。
「もう少し自分を信じてみよう」
「もう一度やってみよう」
「もう少し前に進んでみよう」
そう思える、何か小さなきっかけを渡せる人になりたい。
それが今、私が「もっと話したい」「もっと書きたい」と思っている理由なのかもしれない。
点と点は、後からつながって見える
中学2年生の時に、マザー・テレサの生き方に出会った。
看護師になった。
国際協力の仕事をした。
いろいろな国へ行った。
日本でデンマーク人の夫と出会った。
デンマークに住むことになった。
コーチングに出会った。
そして今、アイデンティティについて考えている。
当時は、それぞれがつながっているとは思っていなかった。
ただ、その時々で、「こっちに行きたい」と思ったり。
「これはやってみたい」と思ったり。
時には、「なんでこんなことになったんだろう」と頭を抱えながら進んできた。
でも最近、振り返ると、点と点が、少しずつつながって線になってきたような気がする。
マザー・テレサから学んだ、人を慈しみ愛する生き方は、ジンバブエで貧困の中で家族を亡くす悲しみに昏れる人に寄り添いたいという気持ちになり。
その時の無力感を埋めるためにずーっと模索してきた結果、「人には無限の可能性がある」という確信になり。
そして今は、それを沢山の人に伝えたいという、今の活動のもとになっている。
もちろん、まだまだ道の途中。
これからどこに向かうのかも、全部が見えているわけではない。
むしろ、まだ見えていないことの方が多い。
でも、それでいいのかもしれない。
好奇心を持って。
自分の自由を大切にしながら。
そして、人へのあたたかさを忘れずに。
これからも、新しい点を打っていく。
そしていつかまた振り返った時に、「ああ、これもここにつながっていたんだ」と思える日が来るのだと思う。
私のコーチングジャーニーは、まだ続いている。
そしてたぶん、これからは「コーチングジャーニー」という言葉だけでは収まらなくなっていくのかもしれない。
それも、ちょっと楽しみだったりする。
おわりに
スタエフでは、デンマークでの暮らしや北欧の文化、コーチング、仕事やリーダーシップ、そして日々考えていることを、もう少し気軽に話し始めました。
noteでも、これまで通り、まとまった形で自分の考えを書いていこうと思っています。
きれいな答えがあることばかりではない。
むしろ、私自身もまだ考えている途中のことがたくさんある。
だからこそ、
「自分らしく生きるって、どういうことだろう?」
という問いを、これからもいろいろな角度から考えていきたい。
そして、もし同じように、
「私はこのままでいいのかな」
「これから、どう生きていこうかな」
と考えている方がいたら。
一緒に考えていけたら嬉しいです。
