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「夫とのデートより、ママ会の方が気合いが入る」謎

なぜか、ママ会の前日、私は夫とのデートより30分早く起きて、眉を描いていました。
この事実をどう説明したらいいのか。
いまだに、わかっていません。

何かおかしい

あの朝のことを思い出します。

金曜日の夜、夫が「明日、ランチ行かない?」と誘ってくれました。子どもは実家に預けるから大丈夫だと。久しぶりのデート。そう言ってくれました。

嬉しかった。もちろん、嬉しかったです。

でも、その朝、目が覚めたとき。

翌週のママ会のことが頭にありました。

新しく転入してきたママさんも来るらしい。それなら、今までより気合いを入れた方がいいかな。そう思いました。

そして、30分早く起きて、眉を描きました。

ファンデーションも、いつもより丁寧に。 ハイライトも、ちょっと多めに。 チークの色も、いろいろ試してみました。

その間、夫は寝ていました。

その間、夫のために、何もしていませんでした。

調査が示すもの

ママの美容意識に関する調査というものがあります。

メイクやおしゃれに気合いが入る場面を聞いたものです。

1位が「家族での外出・食事」で71%。 2位が「ママ会」で63%。 3位が「自身のショッピング」で58%。

そして4位が「夫とのデート・食事」で47%。

47%ですよ。

半分以下ではないですが、なんか……ショックな数字です。

でも、もっと残酷な数字があるんです。

「夫とのデート・食事」という項目。 年代で見ると、明らかに下がっているんですね。

20代では61%。 30代では44%。 40代では33%。

30代ですでに17ポイント下がって。 40代でさらに11ポイント下がる。

つまり、40代のママたちは、夫とのデートの時間に、気合いを入れない確率の方が高いということです。

3人に2人は、夫の前では、もう「自分」を作らない。

反対に見てみると、「子どもの保育園・幼稚園」という項目。

20代は28%。 30代は36%。 40代は56%。

40代になると、半分を超える。

3歳児、4歳児の前では。 メイクやおしゃれに気合いが入るママが、半分を超える。
誰の前で……

誰のために……

私たちは、どの顔を、作っているのか。

「素の私を知っているから」という嘘

でも、ここで言い訳が生まれます。

「夫は素の私を知っているから」

この言葉は、本当に、多くのママが口にしますね。

「夫は何年も一緒にいるんだから、今さら作ってもしょうがない」 「子どもの前では、きちんとした姿を見せたい」 「美容に気合いを入れるのは、新しい人間関係のためでしょう」

もっともらしい。

合理的に聞こえます。

でも、ちょっと待ってください。

保育園の送迎のとき、私たちは何をしていますか。

朝、急いで子どもを送り出す。 日焼け止めを塗ります。 眉も描きます。 ハンドクリームも塗ります。

相手は、3歳の子ども。

4歳の子ども。

幼稚園の先生。

その先生だって、素の私の顔なんて、別に見たくない。 子どもだって、母親がメイクしてようが、していまいが、気にしていない。
なのに、なぜ日焼け止めを塗るのか。

なぜ眉を描くのか。

その答えは、多分……

「世間体」という言葉では、説明できない。

何か、もっと複雑な理由がある。

他者の視線を意識している。 自分の「ママ」というキャラクターを、意識している。 その視線の先にいるのは、夫ではなく、保育園の先生。 他のママたち。 もしかしたら、通りすがりの他人。

そして、その視線が「ママ会」になると。 途端に気合いが、入るわけです。

新しいママ。 初対面の保育園の先生。 いや、知り合いのママたちも。

その人たちの前では「素の自分」では、いられない。

でも、そんなことを言っていても、

夫の前では、いつの間にか「素の自分」になっていた。

それって、どういう意味なんでしょう。

誰の顔か

考えてみると。

人間は、相手によって、顔を変えます。

それは、誰もが知っていることですね。

会社では「できる女性」を装う。 友人の前では「頼りになるやつ」を演じる。 親の前では「いい子」を続ける。

誰もが、複数の顔を持っている。

でも、夫の前だけは。

本来なら、最も本音で、最も素で、いられるはずの相手のはずなのに。

40代のママたちは、そこで気合いを、入れなくなる。

それは、相手を諦めた、ということなのか。

それとも、もう「見せる」必要がないと気づいた、ということなのか。

ママ会の前には、30分早く起きて眉を描く。

保育園の送迎では、日焼け止めを塗る。

でも、夫とのランチの前には、いつも通りの時間に起きて。

いつも通りの顔で行く。

その選択は、夫への気遣いの欠如なのか。

それとも、夫ならわかってくれるだろう、という信頼なのか。

どちらなんでしょう。

そして、その信頼は、相互的なものなのか。 それとも、一方的な諦めなのか。

気合いを入れないことが、愛情の証だと思い込んでいるのではないか。

そういう疑問が、頭をもたげてくるんです。

「私」は誰の視線のために、作られるのか

ママ会の前日。

眉を描きながら、私は何を思っていたのか。

「新しいママさんに、どう思われたいか」を考えていました。

「感じがいいママ」に見えたいのか。 「きちんとしたママ」に見えたいのか。 「子育てをしっかりしているママ」に見えたいのか。

その答えは、自分でもよくわからない。

でも、その視線は、確実に「他者」を向いていました。

次の日のランチで、夫とどんなふうに見られたいか。

そんなことは、考えていなかった。

もう13年、一緒にいる人の前で。

「どう見られたいか」なんてことは、考えなくなっていました。

それは、夫が素の私を「受け入れてくれている」という信頼なのか。 それとも、もう「興味がない」から気合いを入れる必要がないのか。

その違いは、言葉ではなかなか説明できません。

でも、数字は、はっきり示しています。

40代のママたちは、ママ会には63%の確率で気合いを入れるのに。 夫とのデートには、33%の確率でしか気合いを入れない。

その30ポイントの開きは、何ですか。

その開きの向こう側に、何があるのか。

私は知りたい気もしますし。

知りたくない気もします。

朝の30分と、その意味

ママ会の前日の朝。

目が覚めて、30分早く起きて。

眉を描きました。

その30分で、私は何をしていたのか。

「自分自身を作る」という行為でした。

家族の中では、つい忘れてしまう「自分」を。

他者の視線の中でだけ、生きる「自分」を。

その「自分」を、思い出させる作業でした。

でも、その「自分」は、本当に「自分」なのか。

それとも、「他者のための虚構」なのか。

その区別も、今はもう、ついていません。

ママ会に行くと、新しいママから「きれいですね」と言われます。

「どこでメイク習ってるんですか」と聞かれることもあります。

その瞬間、私は嬉しくなります。

でも、同時に、虚しさも感じます。

この「きれい」は、「本当の私」ですか。

それとも、「演じている私」ですか。

その答えも、わかりません。

保育園の送迎で、日焼け止めを塗る理由

朝、子どもを送迎する前。

私は必ず、日焼け止めを塗ります。

でも、その先には、3歳児の顔しかない。

子どもは、母親の肌が日焼けしているかどうかなんて、気にしません。

保育園の先生だって、親の肌の状態なんて、見ていません。

なのに、なぜ塗るのか。

その答えは、もしかして。

「他者の視線」が、すでに内面化しているからなのか。

自分の中に、「他者の視線」を取り込んでしまって。

もう、それなしに、動けなくなっているのか。

朝、日焼け止めを塗らずに、保育園に行くことが。

考えられない。

その「考えられない」という感覚。

それは、相手のためなのか。

それとも、自分のためなのか。

もう、今となっては、その区別も、つきません。

答えの出ない問い

ママ会の前日に30分早く起きて眉を描いた。

その事実は、何を意味するのか。

「素の自分」を知っている夫よりも。

「虚構の自分」を期待する他者の視線を、優先した。

ということなのか。

それとも、もう「素の自分」なんて、存在していなくて。

すべてが「他者のための虚構」になっているのか。

その問いの答えは。

おそらく、誰も持っていません。

ママ会に行くたびに。

私はこの問いを抱えます。

でも、答えは、出ないまま。

明日も、ママ会がある。

また、30分早く起きて眉を描く。

その時、私は誰の視線のために眉を描いているのか?!

その答えは、いまだに わかっていません。

でも、わかっていないけど、描く。
 
それでいい。
 
眉毛だけは、どんな時でも期待にも応えてくれる。
 
夫にも、ママ会のママたちにも、自分自身にも。
 
裏切らない眉毛。
 
そのくらい信じて、明日も生きよう。
 
朝の30分は、眉毛への愛だったのだ。
 


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