ウクライナの「雪男」とナチス・ドイツ

ゆうべストーブに当たりながら連れ合いとよもやま話をしていたら、寒さのことからポリフィーリィ・イワノフの話になりました。
ポリフィーリィ・イワノフというのは、私たちが住む州に住んでいた「寒さを感じない」ことで有名だった人物です。
今のような雪が積もった氷点下の真冬でも上半身裸で歩き回っていたとか。
目撃証言はけっこうあって、田舎に住んでいた連れ合いの遠い親類も戦後すぐの頃、薄着に裸足で雪道を歩いているのを見たらしいです。
「寒さを感じない」と書きましたが、本当に感じないのかどうかは本人でなければ分かりゃしません。あくまでポリフィーリィ・イワノフの姿を見た人々がそう印象を語っていた、というだけのことです。
以前関係書を読んでみたところ分かったのは、ポリフィーリィ・イワノフに強烈な関心を持ったのはなんとナチス・ドイツだったそうです。
現在のウクライナ領がナチス・ドイツの占領下にあった1941年から44年の間、わが町に駐留していたナチスの将校がポリフィーリィ・イワノフを偶然見かけて驚き、いろいろな実験を行ったらしいです。
気温マイナスの戸外で水をぶっかけるなど、ナチスでなければ思いつかないような非人道的なことをポリフィーリィ・イワノフに試してみたが、びくともしない。…
これはぜひドイツに連れていき総統にお目にかけなければならない、と話が決まったものの、結局実現しなかったとか。おそらく戦局が悪化し、イワノフどころではなくなったのでしょう。
戦後のポリフィーリィ・イワノフは寒の水浴びや裸足歩きなどを奨励する健康法を広め、全ソ連に信奉者を持っていたそうです。
さて、この奇妙な人物になぜナチスは関心を持ったのだろう?と考えると、たぶん富国強兵的な観点からだったのだろうと思われます。寒さに強くなる秘密があるとすれば、これを応用して厳しい気候にも耐えられる兵士を養成出来るはずだという結論に行き着いたのでしょう。このあたりが妥当な線です。
しかし、こればかりではないように私は感じます。ナチスのゲルマン民族優位説は有名ですが、優位であることを証明するためにあらゆる「劣等な人間」の観念を生み出さなければなりませんでした。まず障害者や同性愛者に始まり、さらにロマ、ユダヤ人、スラブ人などなど、およそ健康なゲルマン人以外はすべて遺伝的に、つまり無条件で「劣等」と見なすことに熱中し続けました。
逆におそらく「どうしたら優秀な人間をさらに優秀にすることが出来るか」という課題も研究していたのではないか?という気がします。
このポリフィーリィ・イワノフ自身、戦前に注目を集めるようになると「人民が強靭な身体を持てるようになる秘訣を私は知っている」と、モスクワに行ってスターリンに面会を申し込もうとして逮捕・元の場所に連れ戻されたという経緯があります。正直言って彼がスターリンに会えなかったのは僥倖としか言いようがありません。そうでなかったら国民は全員寒中体操でもさせられてひどい目に遭っていたことでしょう。ただでさえ極寒のシベリアで強制労働に従事させられて多くの人々が命を落としたというのに、です。
ナチス・ドイツとウクライナの「雪男」の奇妙なエピソードは、「健康」という人類共通の関心事をめぐる、当時の不健全な空気の一部を反映しているように思えてなりません。もちろん「健康」は他国侵略を目的とした「戦争」に利用されたのですが。
P.S.
ポリフィーリィ・イワノフのことを知る人は日本ではおそらく皆無だろうと思いましたので、参考までにここに書いてみました。
