疲れを全部「眠い」で処理していた|『スタンフォード式 最高の休み方』と読書レビュー
休みの日に長めに寝たのに、夕方になるとしんどい。
仕事はしていない。遠出もしていない。
それなのに日曜の夜には、「もう一日休みが欲しい」と思っている。
体力が落ちたのか、睡眠が足りないのか。自分はずっとそう考えていた。
でも『スタンフォード式 最高の休み方』を読んで、一番引っかかったのは、疲れには種類があるという話だった。
自分はどんな疲れも、全部まとめて「眠い」で処理していたらしい。
休むつもりが、引き出しを全部出していた
ある休日の午後、少しだるかったので、何もせず過ごすつもりだった。
ところが、机の上に置いたままの充電ケーブルが目に入った。
これだけ片づけようと思って引き出しを開ける。すると、使っていないイヤホンや、何のものか分からないネジ、期限の切れた保証書が出てきた。
捨てるか残すか迷い始め、別の引き出しまで確認する。
気づいたら机の上には、中身が全部並んでいた。
片づけが終わったころには部屋は少しきれいになっていたけど、頭はぐったりしていた。
休みの日なのに、「これは要る」「これは捨てる」「これは一応置いておく」と、細かい判断を何十回もしていたからやと思う。
体を動かしていなくても疲れる
本書では、休息を睡眠だけで考えず、身体、思考、感情、感覚、人間関係など、いくつかに分けて捉えている。
全部を細かく覚える必要はない。
自分が使えそうやと思ったのは、疲れたときに一度だけ、
「今日は何を使いすぎたんやろ」
と考えることだった。
たくさん歩いたなら、体を休める。
判断を続けたなら、考えるのを止める。
人に気をつかったなら、一人で過ごす。
自分はそこを考えず、疲れたら寝るか、スマホを見るかのどちらかだった。
頭が疲れている日に片づけを始め、さらに判断を増やす。
気持ちが落ち着かない日に、何かを済ませて安心しようとする。
休み方が合っていないのに、休む時間だけ増やそうとしていた。
何か済ませると安心してしまう
休日に何もしないと、少し損をした気分になる。
せめて机だけでも片づけよう。
洗面台だけでも掃除しよう。
そうやって一つ始めると、途中で別の汚れや用事が見つかる。
夕方にはいくつか用事が終わっているので、「今日は無駄にしなかった」という満足感はある。
でも、回復した感じはあまりない。
本書に出てくる「白紙の2時間」という考え方も、最初はもったいなく感じた。
何も予定を入れない時間を、残った時間ではなく先に確保する。
自分は逆で、やることを全部終えてから休もうとしていた。
それでは、たいてい何かが見つかる。
疲れの名前だけ決めてみる
これからは疲れたら、すぐに何かを始める前に、「体」「頭」「人付き合い」のどれが近いか考えてみることにする。
正しく当てる必要はない。
今日は頭やなと思ったら、目についた引き出しを開けずに、そのままにしておく。
散らかっていても、急に困るわけではない。
とはいえ、次の休日にもケーブル一本が気になって、また全部出している可能性はある。
せめてその途中で、「これ、休んでるんちゃうな」と気づけたら、引き出し一段くらいでやめられるかもしれない。
