見出し画像

35歳。「アラフォー」ではなく「ミドサー」だと思ったら人生が1コマ進んだ

コロナ禍の間にいつのまにか自分がアラサーではなくなっていた。気づけば35歳。でもまだアラフォーとは言うのは抵抗がある。心のなかでそんな葛藤をしていた頃、SNSでこんな自己紹介を頻繁に見るようになった。「ミドサー」である。
「ミドサー」なる言葉の定義は諸説あるようだが、概ね33歳〜37歳くらいまでを指すらしい。

35歳、正直まだ自我としては30歳寄りであると思っていた当時の私は「フォー」ではなく「サー」の部類にいるというこの新語に、いつしかすがるようになっていた。

ミドサー世代は、人生の選択をかなり迫られる年代だ。婚活でもキャリアでも、30代か40代かで結果が大きく変わるようだし、出産を希望する人にとっても高齢出産がちらつく時期である。
そんな悩めるミドサー時代、キャリアの焦りよりも、出産の焦りよりも、私が強く不安に感じたのは「このまま1人で生きていくの?」ということだった。

20代の頃に勤めていた会社は、同じ営業所に同期、前後1〜2歳差の先輩・後輩と同年代が集まっていて、当時はみんな独身だったこともあり、夜な夜な飲み歩いたり、休みの日に小旅行にいくこともあった。
その頃は学生時代の友人もまだ独身だったり、既婚であっても子供がいない友人も多く、毎月とまではいかずとも数ヶ月に一度は集まっていたこともあって、一人暮らしの寂しさを感じるよりもむしろ、独身時代を謳歌しているという気持ちが大きかった。

30歳を過ぎて徐々に結婚する友人が増えてきたものの、それでもまだまだ自由な友人も多く、それほど取り残された感じもしていなかった。

コロナ禍は言わずもがなあまり人に会わず家で過ごすことが多かったが、私は家にいろと言われれば、それはそれで一人で楽しめるタイプだったし、一人暮らしで寂しいと思ったこともあまりなかったので、ここでもまだ危機感を感じず、そしてミドサーを迎えることになったのだ。

コロナ禍も落ち着き、ふと周りを見渡したときに、20代の頃のようにふらっと遊びに行ける友人がぐっと減っていることに気がついた。既婚や子持ちの友達がまったく会えなくなったということではなく、そういう友人とは何週間か先の約束をする感じで、仕事帰りに飲みに行ったり、予定がない日に急に遊びに行ったり、連休や年末年始など家族と過ごす人が多いときに会えるような友達が明らかに少なくなっていたのだ。更に子供が小さいor妊娠中・授乳中の友人が増え、「飲みに行こう」という言葉が死語なのではと思えるほど、簡単に口にできなくなった。

コロナ禍でなんとなく世の中の動きが止まっている時代ではあったが、変化の多い30代の友人たちの人生は進んでいたことをまざまざと見せつけられた気持ちになり、ふと冷静に自分の現在地を見つめたときに、あまりの変化のなさと、自分の時間だけ止まっているような感覚に、ここでやっと唖然としたのである。

そうは言っても、是が非でも結婚したい!と言うわけではなかったので、マッチングアプリや結婚相談所だとおそらく熱量が違い、ガツガツ交際や結婚を迫られ嫌気がさすのが目に見えていた。ひとまずはパートナーと呼べる人、しかも一緒に楽しく飲める人がほしい!と言うのが最重要項目だった私は、飲み会や、ワインやビールの試飲会などに足を運んでみた。そんな中、出会ったのがいまの夫である。

夫との交際は、今までの私の交際遍歴では考えられないほど、穏やかで居心地のいいものだった。
いい大人になってからのお付き合いということもあるだろうが、今までどこか彼氏に気を遣って付き合っていた私からすると、本来付き合うというのはこんな風に楽しめるものだったな、と思い出した。もちろん、一緒に楽しく飲めるという希望も100%以上叶っている。

こうなってくると、私の中でそうでもなかった結婚願望が急に加速してきた。いい歳して「彼氏がー」と子育て真っ只中の友達に話すのも気が引けたし、何より今はまだ「ミドサー」だ。特に婚活で無双した経験があるわけでもない私が、正真正銘のアラフォーになってリリースされたら、またこんなにフィーリングも生活習慣もしっくりきて、私のわがままにも付き合ってくれるような人に出会える確率は限りなく低いだろう。同棲でパートナー関係もありか?とも思ったが、やはりここ日本はまだ婚姻関係が強い。家族や職場をはじめとする世間にオープンにしやすいことを鑑みても、私が求める穏やか・安心な生活を手に入れるには結婚の方が都合が良かった。

そうと決まればアラフォーになる前に結婚までの道筋を作るまでだ。気兼ねなく話せて、穏やかに話を聞いてくれる夫には特段詰め寄るような空気にならずに結婚を匂わせることに成功した(と思う)。

かくして私は、35歳でお付き合いを開始し、36歳で婚約し結婚した。結婚式を挙げたときは37歳になっていた。ギリギリ(?)のミドサー婚である。

もし世の中に今でも、アラサーかアラフォーの言葉しかなかったら、私はきっと35歳の時点で、「もうアラフォーだから新しいパートナーを探すのも、ましてや結婚なんて絶対無理」と決めつけていたに違いない。しかし、同じ35歳でも、「私ミドサーかぁ」と思えたことで、重い腰を上げるきっかけになった。年齢は同じ。私が自分に貼るラベルを、アラフォーではなくミドサーにしただけのことだ。
これからもなんだかんだ、年齢を壁に感じることはあるだろう。でも、「35歳をアラフォーと思うかミドサーと思うか」で、時が止まりかけていた私は一歩進むことができた。この経験を指標に、これからも「後退」ではなく「一つずつコマを進める」歳の重ね方をしていきたいものだ。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!