【帰省記録⑦】限界の帰省で答えの出ないまま、帰路についた日🍀
ゆる〜く生きるMiiです。
私たちの帰省中には、
決して完了することのない
実家の整理と処分作業。
母がいない間に、
捨ててしまいたかったものも、
袋詰めした状態で残し、
3人で確認する日が続きました。

始めのうちは、
捨てることを嫌がり、
先が見えず不安でしたが、
とにかく根気強く話しました。
潔い娘は、
「おばあちゃん、これ要らないよね」と、
目の前でどんどん処分用の袋へ
投げ込んでいきます。
母が必要以上に買っていた服を、
半分以上処分したころから、
母自身にも変化が現れ、
「娘ちゃん、これもいいよ」と、
処分のスピードが上がりました。
判断ができたものは、
次々と紐で結んだり、
指定ゴミ袋で分けていきます。
粗大ごみは廃棄場へ持ち込み、
限られた機会を逃さず、
資源ごみも処分しました。
こうして文章で説明するのは
簡単なのですが、
80歳を過ぎるまで残していた
思い出の数々。
苦労しました。
口論もしました。
睡眠不足で
限界に近かった私は、
目処を立てて進めていました。
まったく勉強できない娘と、
頑張って区切った日。
更地のようになった
テーブルの上に、
バサッと物を広げる母。
「これ以上は、私たちが帰ったあと、
ぼちぼち片すって言ったよね」
私たちが動くときには
座ったままで過ごし、
休むと動き出す。
そんな母に付き合い、
私はほとんど
休めていませんでした。
起床してから食事に出かけ、
日中は片付けやお出かけ(墓参りや買い物)。
昼食も晩御飯も外食。
夕方から洗濯を始め、
片付けが落ち着いてから
コインランドリーへ。
私が眠るのは
日付が変わってから。
そんな日々を過ごしていました。
母との口論で気力が奪われ、
疲労がピークに達した私は、
ひとつの結論にたどり着きました。
やはり母は、
自分のことが一番で、
どんなに尽くしても
休む時間さえ与えてくれない。
娘に帰省を終わらせると告げると、
顔色が変わりました。
「でも楽しみにしていた
高千穂峡は明日じゃない。
私、行きたい。」
その時、私は
温泉へ向けて車を走らせていました。

母は私の変化に、
気づきもしません。
母の耳があまりに遠く、
耳鼻咽喉科で治療を受け、
ちょうど補聴器を外していたため、
運よく、
会話が聞き取れなかったのです。
温泉で冷静になった私は、
帰省を切り上げるのは止めました。
けれど、明日、
母を連れて行くのは
どうしても嫌でした。
「かなり歩くみたいだから、
お母さんは家で待っていてね」
容赦なく言い放つと、
理由がわからない母は、
すんなりと受け入れました。
その晩の車内会議。
「お母さん、やっと泣いたね。
我慢し過ぎなのよ。
明日はほんとに連れて行かないの?
私にね、『明日は楽しんできてね』って
とても寂しそうだったよ」
「そうなんだよね。
おばあちゃんにも見せてあげたいよね。
今日は睡眠不足できつかった。
温泉で気分転換できたから、
明日、目が覚めた時に誘ってみるよ。
絶対『行く』って言うよね」
私たちは笑い合いました。
その時、
娘がふと口にしました。
「おばあちゃんて、4歳児みたい。
こどもだよね」
「3歳児じゃなくて4歳児😂
確かに3歳児より少し上かな」
その直後、
娘が改まって言葉を続けました。
「私、お祖母ちゃん(元夫側)に
会っておこうかな…」
「お爺ちゃんのお墓参りには
連れて行くつもりだったけど
急にどうしたの。」
「私って、たった一人の孫じゃん。
後で後悔するかなと思って」
私は元夫の母から、
娘が生まれた日に病室に来られ、
生まれたばかりの娘の前で
人間性を否定された過去があります。
その後、娘を数回しか
会わせていなかったのです。
元夫のうつ病の弟(私より年上)が原因で、
根深い問題でした。
義弟が原因のトラウマがあるのです。
里帰り出産時、
義弟が病室に来るというので
お断りしました。
高齢出産で不安だらけだった私に、
義弟の存在は重い。
それを許せなかった義母は、
病室にやって来たのです。
「あなたも子どもを産んで
母親になったから分かると思うけど、
(義弟)が何かしたのかしら?」
この言葉を皮切りに、
出産を終えて数時間の私を、
一方的に攻め続けたのです。
生まれてきた孫の顔は、
一度も見ることなく。
私はまだ体調も整っておらず、
興奮状態で応戦してしまいました。
生後数時間の娘の頭上で
繰り広げられた、
醜い言葉の応酬。
言いたいことだけ言って、
病室を出ていく義母に、
怒りの感情しか残りませんでした。
自分のプライドだけの義母に、
こどもが一番かわいい時期は
絶対に見せないと決めたのです。
今回の帰省で、
娘なりに考えたのでしょう。
実母の問題が
少し軽く感じられました。
声を絞り出すように、
「墓参りに行こうって話した時、
それすら嫌がったのにね」と、
努めて明るく言いました。
「帰るまでに時間を作ろうね」
また一つ、
簡単には答えの出ない
問題を抱えたまま、
私たちは静かに帰路につきました。

それでも、
娘が「向き合おう」とした気持ちだけは、
しっかりと胸に残っていました。
ここまで読んでくださって
ありがとうございます🍀
これまでの帰省の様子は
こちらの記事です👇
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