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「配慮しろ」が、いちばん弱い人を苦しめている。

「もっと配慮してください。」

私たちは、この良い人じみた言葉を疑うことがほとんどない。これが隠れた大問題だ。

配慮や気遣いは善であり、配慮しないことは悪である。

そんな価値観が、現代社会には深く根付いている。

しかし、私は以前から一つの違和感を抱いていた。

「配慮しろ」という社会は、本当に弱者に優しい社会なのだろうか。


配慮は、能力でもある

私たちは配慮を人格や思いやりの問題として語りがちだ。

しかし現実には、配慮には能力が必要である。

相手の表情を読む。

空気を読む。

状況を理解する。

自分の感情を抑える。

言葉を選ぶ。

相手の立場を想像する。

これらはすべて、注意力やワーキングメモリ、感情制御、社会的認知など、多くの認知資源を使う行為だ。

つまり、配慮とは「優しさ」だけではない。

余裕と能力があって初めて実践しやすくなる行為なのである。


では、誰が最も配慮しにくいのか

ここで考えてみてほしい。

身体的にも心理的にも余裕のない人はどうだろう。

強いストレスを抱えている人。

睡眠不足の人。

高齢で認知機能が低下している人。

発達特性によって社会的なサインを読み取ることが難しい人。

毎日の生活で精一杯の人。

貯金残高が残りわずかな人。

こうした人ほど、他人への配慮に使える認知資源は少なくなりやすい。

もちろん個人差はある。

しかし、一般的には、弱い立場にある人ほど配慮は難しくなりやすい。

そして、弱い立場の人たち、特に高齢者が「配慮しろ!」を声高に叫ぶ日々が訪れているのだ…

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ここに、大きな自爆的逆説がある

社会はこう言う。

「もっと配慮しろ。」

しかし、その言葉が向けられる相手には、当然、弱い立場の人も含まれる。

つまり、自分自身も。

配慮を最も必要としている人たちが、同時に最も配慮を要求される人たちでもある。

これは奇妙な構造ではないだろうか。

弱者を守るためにつくられたはずのルールが、弱者自身を苦しめ始める。

つまり、「配慮しろ!」という言葉自体が、弱者に対する配慮を欠いているのだ。

(または、相手が弱者ではないと決めつけているのだ。つまり、どちらにせよとても配慮に欠けている状態なのだ。)

私はこれを、一種の社会の自爆だと思っている。

私はリベラル的な考え方は基本的に受け入れている。

しかし、きれいごと的で考えが浅い「リベラルっぽさ」が残念な結果にたどり着きやすい理由も、通勤の電車の中の人々や日本社会がなんだか元気がないのも、この「配慮や気遣いの自爆構造」に原因がある。

みんな見事に、配慮やマナーは頑張っている。


「配慮しろ」は、配慮されるべき人にも突き刺さる

例えば、発達特性のある人は、周囲から理解や配慮を必要とすることがある。

しかし同時に、

「もっと空気を読め。」

「もっと相手に配慮しろ。」

  「しっかりしろ!」

と言われる側にもなりやすい。

高齢者もそうだ。

認知機能や判断力が衰えれば、失言やマナー違反が増えることもある。

すると社会は、

「配慮が足りない。」

と責める。

つまり、「配慮」という言葉は、本来守ろうとしていた人たちにも向けられてしまうのである。


「配慮しろ」と叫ぶ人ほど苦しくなる理由

もう一つ興味深いことがある。

「配慮しろ」という価値観を強く信じる人ほど、世の中の配慮不足が気になってしまう。

電車で。

職場で。

SNSで。

店員の態度で。

ニュースで。

「あの人は配慮がない。」

そう感じる場面が増えれば増えるほど、自分自身のストレスも増えていく。

他人を厳しく見る基準は、自分自身にも向けられる。

だから心は疲弊する。

そして、その疲れの原因が、自ら信じている「配慮の義務」にあることには気づきにくい。

…それどころか、配慮ができない周りの誰かのせいで疲れたりストレスがたまっていると思い込んでいく。


「配慮」は残酷性を持つ。本当に必要なのは、「配慮への配慮」ではないか

私は、配慮そのものを否定したいわけではない。

むしろ、人を思いやることは大切だと思っている。

しかし、それ以上に大切なのは、

「配慮できる能力や余裕にも個人差がある」という現実への配慮ではないだろうか。

社会には、配慮を必要とする人がいる。

そして、その人たちは必ずしも、十分な配慮を返せるとは限らない。

だからこそ、「配慮しろ」という一律の道徳ではなく、

「人には配慮できる余裕にも限界がある。」

  「目の前の人は配慮ができない状態やそういう時期かもしれない。それでもいい。」

という前提に立つことが、本当の意味で誰も取り残さない社会につながるのではないか。

特に今の日本社会はこれを肝に銘じておいたほうがいいと、私は考えている。

とにかく、
配慮がない人や気が利かない人とか、
ボーッとしてる人とか、
路上であたふたして誰かにぶつかっちゃった人とか、
電車の中で一時的に電話しちゃった人とか、
みんなスーツなのに私服で来ちゃった人とか、
マスクしてないのに咳やクシャミしちゃった人とか、
まだ全員分のごはん来てないのに先に食べはじめた人とか
に怒るのは、もうやめよう。
自爆してるぞ。

#未来のためにできること

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