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【短編小説】ichirin | shortstory _#3| 『アルストロメリアの呼吸』


「癒やしは、物語になる」

毎日、仕事や家族

大切な誰かのために頑張り続ける女性たち

気がつけば

自分の心や身体の声を後回しにしてしまう

そんな日々の中で、本当に必要なのは

ただ身体をほぐす時間だけではなく

「心までほどける時間」ではないでしょうか


川越に佇む


リラクゼーションサロン【一凛】


夜明け前の静寂を映したような

深いインディゴブルーと

モダンの落ち着いた空間

一歩足を踏み入れた瞬間から

忙しい日々を忘れ本来の自分へと還っていく

ご提案するのは

**「リラクゼーションサロン × 花言葉」**

という新しいブランドストーリーです

花には、それぞれ想いが込められています

「希望」
「再生」
「優しさ」
「感謝」
「幸福」

目には見えない感情を
そっと伝えてくれる存在です

その花言葉をテーマに【一凛】という

癒やしの空間を舞台とした

5つの短編小説を制作しました

主人公は特別な誰かではありません

仕事に追われる女性
家族を支え続ける母
人生の節目に立つ人

誰かを想い

自分を見失いそうになった女性たち

きっと、どこかに

「私かもしれない」

と感じられる物語です

物語を読むことでサロンの世界観に触れ

そして実際に【一凛】を訪れたとき

その癒やしが"物語の続き"として心に残る

「物語で心を癒やし、空間で身体を癒やす」

どうぞ、一凛の花が静かに咲くような

優しく穏やかな 

ー5つの物語ー 

をお楽しみくださいませ


【短編小説】#3『アルストロメリアの呼吸』


1. 埋没していく日々の中で

母親という生き物は
一体いつから

「自分の名前」

で呼ばれなくなるのだろう

「〇〇ちゃんのママ」
「お母さん」

その呼び名は
愛情の証であり
誇らしい肩書きでもある

けれど
その優しい言葉
を重ねるたびに
一人の女性としての
輪郭は少しずつ薄れていく

好きだったことも
やりたかったことも

「また今度」と

後回しに
しているうちに
いつしか自分が
何を望んでいたのか
さえ思い出せなくなる

ある日
鏡に映る自分を
見つめながら
ふと思った

――私って、誰だったっけ


美佐子(みさこ)

今年
五十一歳になった

長年勤める事務職の仕事は
すっかり手慣れたルーティンワークだ

毎朝同じ時間に起き
同じ電車の同じ車両に乗り
目の前のタスクを淡々とこなす

夕方にはスーパーへ寄り
家族の夕食を作り
洗濯機を回す

大きな不満があるわけではない

けれど
ふと鏡に映る自分の疲れた目元や
スマートフォンの画面を無意識に
スクロールする乾いた指先を見るたび
胸の奥にざらりとした焦燥感が
通り過ぎるのを感じていた

「私の人生
 このまま同じ日常を繰り返して
 静かに終わっていくのかな……」

娘の瑠衣(るい)が
この春
大学を卒業して
都内の企業に
新卒として就職した
あんなに小さかった娘が
今ではスーツを着て
自分の足で社会へと歩み出している

子育てという
大きなそして何より
大切だった任務が
一つの区切りを迎えたのだ

それは喜ばしいことのはずなのに…


美佐子の心には
ぽっかりと冷たい隙間風が吹いていた

かつて自分が
二十代の頃
世界がもっと色鮮やかで
たくさんの


【希望】


に満ちていたことさえ
今の慌ただしい日々の中で
すっかり忘れてしまっていた

そんなある初夏の週末
誕生日を迎えたばかりの
瑠衣が少し照れくさそうに
一通の小さな封筒を差し出してきた


「お母さん
 これ
 初めてのボーナス
 が出たからプレゼント」


驚いて
封を開けると
そこには街の
静かな一角にある
プライベートサロンの
ギフトチケットが入っていた

「瑠衣
 これって……」

「私を
 ここまで育てるの
 本当にお疲れ様
 お母さん
 いつも自分のことを
 後回しにしてがんばってきたでしょ?
 だからこれからは
 お母さん自身の時間
 を楽しんでほしいの
 ゆっくり息を抜きに行ってきなよ」


娘の
真っ直ぐな言葉が
美佐子の胸に
じんわりと広がっていく

チケットに
添えられた
カードを
眺めるだけで
目の奥が熱くなった

2. 藍色の庵と、一凛の花

翌週
美佐子は本川越駅から
少し歩いた静寂な路地に立っていた

教えてもらった
その隠れ家のような
サロンの扉を開けた瞬間
美佐子は自分が心地よい

非日常の空間

へと足を踏み入れたことを知った

そこは
都会の喧騒を
完全に忘れさせる
静かな庵(いおり)のようだった
温かみのある木の質感と洗練された空間

現代的な
デザインと
調和した室内は
ただ身体を
ほぐすだけでなく
毎日をがんばる人の
心まで
優しく
包み込むような
包容力に満ちている

「ようこそ
 お越しくださいました
 瑠衣様からお話は伺っております」

出迎えてくれたセラピストの
ふんわりと柔らかい笑顔に
美佐子の緊張はすうっと解けていった

完全個室の
プライベート空間
へと案内されると
部屋の明かりは
心地よいトーンに落とされていた

そこを満たすのは
インディゴブルーの色彩

夜が明ける
直前の一瞬にだけ現れるという
世界で最も静かな空の色だ

古来
傷を癒やし身を守る

「お守りの色」

として大切にされてきた
その深い藍色が
美佐子を
優しく守るように包み込んでいる

カウンセリングの合間

美佐子は
部屋の片隅に飾られた
一輪の花に目を奪われた

花持ち
が良くどこか
エキゾチックな斑点を持つ
凛とした佇まいの花


――アルストロメリア



「華やかで
 不思議な
 魅力のあるお花ですね」


美佐子が呟くと
セラピストは優しく微笑んだ

「アルストロメリア
 というお花です
 
 花言葉は
 『持続』や『未来へのあこがれ』
 とても
 生命力が強くて長く美しく
 咲き続けるお花なんですよ


未来への、あこがれ


その言葉が
美佐子の耳の奥で
心地よく反響した

私にも
そんな言葉を胸に
抱いていた頃があっただろうか

3. 深い呼吸と、溶けていく強張り

「それでは
 美佐子様
 今日はお子様からの
 大切なプレゼントですから
 ご自身を世界でいちばん
 甘やかしてあげてくださいね」

セラピストの
温かい言葉に促され
まずは足湯から始まった

じんわりと
心地よい温かさ
のお湯に足を浸すと

それだけで
日々の仕事や家事で
カチカチに
なっていた足先から
緊張が解けていく

温かさが
全身を巡る
につれ乾いていた
心に潤いが戻るような感覚

ベッドにうつ伏せになる
空間はさらなる静寂に包まれた

セラピストの手が
美佐子の背中に触れた瞬間
その手の温もりの優しさに
美佐子は思わず小さく息を漏らした

このサロンの
リンパオイルケアには
決まりきったマニュアルはないという

ゲスト一人ひとりの
疲れ方に合わせるオーダーメイド

オイルが肌になめらかに滑り
まずは足裏から
ふくらはぎ、太ももへと

じわりと
響く絶妙な圧で
流されていくまるで
砂時計の砂が落ちるように
身体の中に溜まっていた
日々のルーティンの重だるさが
引き抜かれていくかのようだ

そして
施術は
美佐子のいちばん
強張っている背中と肩まわりへ

ホットストーン
の心地よい熱が
背中に置かれると
遠赤外線の温かさが
身体の深部まで
じわじわと染み渡っていく

家族のために
仕事のために
いつも前だけを向いてきた背中

熟練の指先が
その固まった筋肉を
丁寧に根気強く
解きほぐしていく


「深く息を吸って……
 ゆっくり吐いていきましょう」


セラピストの
優しい声に導かれ
美佐子は
深く呼吸を重ねた

「すうっ……はあぁ……」

呼吸を
合わせるたびに
背中を覆っていた見えない鎧が
一枚ずつ優しく剥がれ落ちていく

ただ
身体をほぐす場所ではなく

心まで
包み込まれていく癒しの空間

美佐子は
自分が
普段
どれほど浅い呼吸しか
していなかったかに気づかされた

4. 忘れていた“あこがれ”の再燃

 「仰向けになっていただけますか
  次はヘッドスパで
  脳の疲れを癒していきましょう」

仰向けになり
デコルテから首すじに
かけてのリンパが優しく流されていく

そして
サロンの代名詞でもある
オールハンドのドライヘッドスパ
が始まると
美佐子の理性は
心地よい微睡(まどろみ)
の境界線へと連れ去られた

おでこから
耳の後ろ
頭頂部へと
的確にツボを捉える指先

固まっていた頭皮が
ゆっくりと緩んでいくにつれ
頭の中に渦巻いていた

「私の未来は
 このまま終わるのだろうか」

という焦りや霧が
不思議なほど凪いでいく

無理に
起きている必要も
誰かのための

「お母さん」でいる必要もない

ただの「私」に戻れる
完璧じゃなくていい空間

その絶対的な
安心感の中で
美佐子は夢を見ていた

それは
まだ何者でもなかった


二十代の頃


旅先の異国で見た鮮やかな景色や
いつかこんな素敵な大人になりたい
と胸を躍らせていた


眩しい「あこがれ」の記憶だった


施術を終え
アフタールームへ戻ると
内側から潤った自分の肌と
驚くほど軽くなった頭に
美佐子は深く息を吐き出した
鏡に映る自分の瞳は
まるで少女のように
瑞々しく輝いている

自分の中に眠っていた


「凛とした美しさ」


そっと開花したかのような
そんな極上のひととき

温かいルイボスティーを
飲みながら
美佐子はテーブルに飾られた
一輪のアルストロメリアを
愛おしそうに見つめた

「不思議ですね」

美佐子は穏やかに笑った

「施術中
 若い頃に大好きだったこと
 行ってみたかった場所のこと
 を思い出していたんです

 子育てが終わって
 これからの未来に
 少し焦りを感じていたんですけど…

 なんだか
 また新しいことを始めてみたくて
 ワクワクしてきました」

セラピストは
包み込むような
優しい眼差しで頷いた

アルストロメリア
 
『未来へのあこがれ』
 いくつになっても新しく
 咲かせることができるんです 
 お子様はきっと
 美佐子様にそんな風に
 これからの人生を
 いきいきと楽しんでほしくて
 この場所を贈られたんですね

 本当に
 素敵なプレゼントです」

娘からの感謝のギフト

美佐子は
ルイボスティーのカップ
の温もりを感じながら
胸の奥が熱くなるのを感じていた

瑠衣が私を「お母さん」から
一人の「女性」へと戻してくれたのだ

これからの未来は
決して消化試合なんかじゃない
まだ見ぬあこがれに向かって
何度でも深く息を吸い歩き出せる

5. 新しい呼吸の始まり

サロンを後にし
夕暮れ時の川越の街へと歩き出す

見上げる空には
あの部屋で包まれていた
美しい青が静かに広がっていた

今日をリセットし
明日をいきいきと
生きるための確かな活力が
身体の奥底から湧き上がってくる

帰宅すると
リビングで瑠衣が
スマートフォンの画面を眺めていた

美佐子の足音に気づき顔を上げる


「あ
 お母さん
 おかえりどうだった?」

美佐子は
心からの満面の笑顔で応えた

「瑠衣
 本当にありがとう
 最高のプレゼントだったわ
 お肌もツヤツヤでしょう?」

「わあ
 本当だ!
 すごい、お母さん
 なんだか雰囲気が
 すごく若返ってキラキラしてる!」

瑠衣は
嬉しそうに目を細め
美佐子の腕に頭を寄せた
その温もりに
美佐子は愛おしさを
込めて娘の肩を抱きしめた

翌日
美佐子は仕事帰りに
久しぶりに花屋へと立ち寄った

そして
一輪の鮮やかな
アルストロメリアを買い
リビングのいちばん目立つ場所に飾った

朝の光を浴びて
凛と咲くその花は
エキゾチックな魅力を放ちながら
持続する強い生命力を感じさせる

完璧じゃなくていい

日常に埋没しそうになったら
またあの優しい藍色の空間で
深く息を吸い込めばいい

私には
私の未来を
応援してくれる愛しい娘がいる

美佐子は
飾られたアルストロメリアに
向かって深く
新しい呼吸をひとつした

その瞳には
かつて忘れていた
そしてこれから新しく出会う

「あこがれ」

が優しく
けれど確かに宿っていた

明日へのステップは
驚くほど軽やかだった



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