古文書が生んだマラリア薬〜アルテミシニンの薬学ミステリー〜
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【目次】
1. 約1700年前の一文
2. マラリア原虫が潜む場所
3. 青蒿から薬を取り出すまで
4. 原虫が出したヘム鉄で薬が動き出す
5. なぜ今は単独で使わないのか
6. 日本で使うならリアメット
7. まとめ
8. 参考文献
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1. 約1700年前の一文
約1700年前、中国の医書『肘后備急方』には、マラリアの熱に対する青蒿の使い方として、こんな趣旨の記載が残されていた。
「青蒿を水に浸し、しぼった汁を飲む」
煎じ薬のように煮出すのではない。
この一文に注目したのが、中国の薬学者、屠呦呦(ト・ユウユウ)である。
1970年代、マラリア治療薬を探していた彼女は、薬草研究だけでなく古い医学書を読み直していた。
そこで気づく。
もしかすると、有効成分は熱に弱いのではないか。
この発想から低温での抽出を試み、青蒿、つまりクソニンジン Artemisia annua から、強い抗マラリア活性をもつ成分を取り出した。
それがアルテミシニンである。
古文書に残された「煎じない」という扱い方が、現代の抗マラリア薬につながった。
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2. マラリア原虫が潜む場所
マラリアは、ハマダラカが媒介するマラリア原虫による感染症である。
原虫は体内に入ると、まず肝臓で増え、その後は赤血球の中に入り込んで増殖する。
つまり、アルテミシニン系薬が狙う主な場所は、血液中を流れる赤血球の中に潜んだ原虫である。
ただし、薬が赤血球そのものを攻撃するわけではない。
赤血球内にいる原虫が、薬を活性化させる環境を作っている。
ここがこの薬のおもしろいところである。
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3. 青蒿から薬を取り出すまで
当初、青蒿の抽出物には抗マラリア作用が見られたものの、結果は安定しなかった。
屠呦呦は『肘后備急方』の記載から、加熱が問題なのではないかと考えた。
そこで、葉と茎を分け、低温で水、エタノール、エーテルなどを用いて抽出する方法を検討した。
その結果、強い活性を示す抽出物が得られ、そこからアルテミシニンが単離された。
薬草が見つかっただけでは、薬にならない。
どの部分を、どの温度で、どう取り出すか。
薬の発見は、成分そのものだけでなく「抽出法」にも左右される。
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4. 原虫が出したヘム鉄で薬が動き出す
マラリア原虫は、赤血球の中でヘモグロビンを分解して栄養にしている。
その過程で、原虫の中にはヘムが生じる。
ヘムには鉄が含まれており、原虫にとっては本来かなり毒性の強い物質である。
原虫は通常、このヘムをヘモゾインという結晶に変えて無毒化しながら生きている。
ここにアルテミシニン系薬が入る。
アルテミシニンには、エンドペルオキシド架橋という酸素を含む特徴的な構造がある。
原虫内のヘム鉄が関わることでこの構造が反応し、反応性の高い物質が生じる。
すると、原虫のタンパク質などが広く傷つき、原虫は生きられなくなると考えられている。
流れはこうである。
赤血球の中に原虫が入る
↓
原虫がヘモグロビンを分解する
↓
原虫内にヘムが生じる
↓
ヘム鉄がアルテミシニン系薬の反応に関わる
↓
原虫のタンパク質が傷つく
↓
原虫が死滅する
大事なのは、赤血球の中に鉄があるから無差別に薬が働くわけではないことだ。
原虫がヘモグロビンを処理する過程で生じるヘムが、薬の反応に関わる。
敵が生きるために出した物質が、薬を動かすスイッチになる。
これがアルテミシニンの薬学ミステリーである。
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5. なぜ今は単独で使わないのか
アルテミシニン系薬は、原虫を素早く減らす力が強い。
一方で、体内から比較的早く消える。
そのため現在は、アルテミシニン系薬だけで治療するのではなく、作用時間の長い別の抗マラリア薬と組み合わせる。
これをACT、Artemisinin-based Combination Therapyと呼ぶ。
アルテミシニン系薬で一気に原虫を減らす。
その後、パートナー薬で残った原虫を抑える。
この組み合わせにより治療効果を高め、耐性化の広がりも抑える狙いがある。
WHOも、特に熱帯熱マラリアに対する有効な治療としてACTを位置づけている。
なお、青蒿の茶やサプリメントは、マラリア治療の代わりにはならない。
必要な量や吸収が安定せず、治療失敗や耐性化につながるおそれがあるためである。
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6. 日本で使うならリアメット
日本で使用できるACTの代表例が、リアメット配合錠である。
含まれる成分は、
・アルテメテル
・ルメファントリン
アルテメテルはアルテミシニン誘導体で、速やかに原虫を減らす役割を担う。
ルメファントリンは、より長く働いて残存原虫を抑えるパートナー薬である。
リアメットは、食事とともに服用することも重要になる。
ルメファントリンは脂溶性が高く、食事、とくに脂肪を含む食事によって吸収が上がるためである。
薬剤師目線では、ACTであることに加えて、
・食直後の意味
・CYP3A4関連の相互作用
・QT延長リスクをもつ薬剤との併用
あたりを意識したい薬である。
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7. まとめ
アルテミシニンは、青蒿から見つかった抗マラリア成分である。
屠呦呦は古い医学書に残された「水に浸してしぼる」という記載から、加熱を避けた抽出法にたどり着いた。
アルテミシニン系薬は、赤血球内のマラリア原虫に届き、原虫がヘモグロビンを分解して生じるヘムが関わることで反応する。
そして原虫のタンパク質などにダメージを与え、原虫を死滅させる。
古文書の一文。
薬草の扱い方への疑問。
赤血球に潜む原虫が出すヘム。
別々に見えるものがつながって、今も世界で使われるマラリア治療薬になった。
これが、アルテミシニンの薬学ミステリーである。
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8. 参考文献
・Nobel Prize「Tu Youyou - Biographical」
・World Health Organization「Treatment」
・PMDA「リアメット配合錠 添付文書」
・Staines HM, et al. The Role of the Iron Protoporphyrins Heme and Hematin in the Antimalarial Activity of Endoperoxide Drugs. Molecules. 2022.
