🎼 アルトと過ごす ロマン派の時間 Vol.3|F.メンデルスゾーン《春の歌》🐾
ようこそ、ロマン派の世界へ🐾
ここは、約190年前のヨーロッパ。
前回は、シューマンと一緒に、
夢や空想が音楽になる世界を歩いたにゃ。
今日は、そのシューマンが信頼を寄せた、
もう一人の作曲家に会いに行くにゃ☕
まずは、この曲を聴きながら読んでみてにゃ🎧
🎧 今日の一曲
《春の歌》
(無言歌集 第5巻 第6曲 作品62-6)
やわらかな風が吹き、
小鳥たちが楽しそうに歌い始める。
そんな春の景色が、
目の前に広がるような一曲だにゃ🌿
この曲を書いたのは、
ドイツ生まれの作曲家、
フェリックス・メンデルスゾーン(1809〜1847)。

幼い頃から「神童」と呼ばれ、
作曲だけでなく、
ピアノやオルガン、指揮でも才能を発揮したにゃ。
そして、
穏やかで上品な音楽を数多く残したことでも知られているんだにゃ。
《春の歌》が出版されたのは1842年。
『無言歌集』という、
ピアノだけで歌うように演奏する作品集の中の一曲なんだにゃ。
歌詞はないけれど、
聴いていると、
風の音や花の香りまで感じられるような、
そんな不思議な魅力があるんだにゃ🌸
💡 アルトの音楽メモ
メンデルスゾーンは、
名曲を書いただけではなく、
昔の音楽を未来へつないだ作曲家でもあったにゃ。
1829年、
20歳だったメンデルスゾーンは、
当時ほとんど演奏されなくなっていた
バッハの《マタイ受難曲》を演奏会でよみがえらせました。
この演奏をきっかけに、
バッハの素晴らしさは再び世界中へ広がっていったんだにゃ。
今、私たちがバッハの名曲を当たり前のように聴けるのも、
メンデルスゾーンが残してくれた大きな功績の一つなんだにゃ🐾
☕ アルトのカフェタイム
歩き疲れたら、
ここでアイスティーでも飲みながら、
少し休んでいってにゃ☕

実は、メンデルスゾーンは
音楽家を育てることにも力を注いでいたにゃ。
1843年、
ドイツ・ライプツィヒに
ライプツィヒ音楽院を創設しました。
ここには、
クララ・シューマンや、
後にノルウェーの作曲家グリーグなども学び、
世界中の若い音楽家たちが集まる学校になったんだにゃ。
名曲を書くだけではなく、
未来の音楽家たちが育つ場所まで作ったことも、
メンデルスゾーンの大きな功績だったんだにゃ🎼
春の訪れは、
新しい命が芽吹く季節。
メンデルスゾーンは、
《春の歌》のようなやさしい音楽を書きながら、
音楽そのものの未来にも、
新しい芽を育てていたのかもしれないにゃ🌿
それじゃあ今日はこの辺で。
また一緒に、
ロマン派の時間を旅しようにゃ🐾

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