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七夕飾り願い事

七夕飾りを作った。
毎年必ずやっていたのに去年は小さな飾りを飾っただけだった。
 厚洋さんは真愛が五節句を祝う事をとても喜んで付き合ってくれた。
 それは結婚した頃からだった。

浴衣は尻ぱしょりで息子の世話を

 ただ、七夕飾りは、子どもが小学校に入ってからは、三人とも学校で七夕の願いを書いて飾っているので、それで済ませて家族では内緒だった。
 真愛が退職した年から再開。
 7月7日の朝の里芋の葉上に溜まった水を使って墨を擦り短冊に願い事を書き入れる念の良さで、しっかりと笹飾りを作った。
 厚洋さんはニタニタ笑いながら見ているだけで、願い事は書かなかったが、真愛はこれでもかってくらい願い事を書いた。
願いとは、お星様に或いは神様に頼む事だ。
 願い事を厚洋さんに見えるように書いて厚洋さんに叶えてもらう狡い真愛でもある。
 しかし、七夕様の短冊に書く言葉は、願い事ではなくその多くが「誓い」が多い。
子どもたちの願い事も
「スポーツテストで満点を取る。」
「字が上手になるように練習する。」
「忘れ物。減らす。」
なんてはっきりとした目標と努力を書く子が多かった。
 多分、織姫様や彦星様が丸々一年努力した結果の逢瀬の夜なので、努力目標を書き「誓い」を立てて頑張ると捉えたのかもしれない。
 或いは、真愛がそう言ったのかもしれない。
「自費出版をする。」
と書いたよく年の2000年に詩画集「夢幻」を出版する事ができた。

詩画集 夢幻


 子どもたちの前で「誓い」を立ててしまったので、それに向かって努力をしなければならなかったのだ。
 願いというのは、“なったらいいな”とか、“いつかそうなりたい”なのである。
 しかし、「誓い」は【必ずする】というのだ。
 そうそう厚洋さんと結婚する時に神前結婚式で神主さんの前で「宣誓」を読んだのを覚えている。真愛は厚洋さんが読んだ後、名前を言い真愛も続いて名前を言ったに過ぎないが、厚洋さんはしっかりと結婚したらどうするっていう事をしっかり読んでいたし、その通りの夫になった。
 あれは、「誓い」だったのだ。
 キリスト教も「誓いのキス」をするよね。
 「誓い」とは、未来の自分の在り方を先取りして「今、ここ」で決める行為なのである。
 スタートは「願い」でも良いが、一念が定まれば「願い」への思いは強くなり行動も具体的になるというものだ。
「織姫様に会いたいからサボらずに一生懸命に仕事をする!」彦星君なのである。
誓い」とは、単なる「願い」や「希望」では無い。【こう生きるんだ】と決めて自分の心の壁と現実の壁を破り、「自身に生き抜く」と確かな人生の軌道への出発点であると強く言い切る人もいる。
 七夕飾りを作って何を「誓う」か?
 だらしがない真愛は、「願い」を書いてちょっと努力するかな?
「痩せたい。2kg減。」
「パワーストレッチを週一で参加する!」
 さて、何年かかるか書かないところが真愛だと思う。
 だから、2kgが減らないのだよね…。笑笑。

ニャンコは笹の葉が好き

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maa ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります