「落穂拾い」は身を落とすのとは違う。
【あらすじ】
取り引きが終わった市場の道や
段ボールに残された食べ物を拾う人々を
見かけたアニエス・ヴァルダ監督は
ミレーの「落穂拾い」を思い出す。
そこでハンディカメラ片手に
畑に落ちている作物を拾う人々や、
廃品やゴミでオブジェを作る美術家など、
フランス各地の現代の落穂拾いを
とらえたドキュメンタリーを撮影し始める。
これは現代の落穂拾いを探す監督による
映像の落穂拾い。
物を拾う人々を撮影することで、
飽食、消費主義の現代社会を映し、そして
拾う人々は各々の考えをカメラに語る。
そこにはその人たちの生き方が映るが、
それに対する監督の思想や感情は描かれない。
ただただ目についたものを
そのまま記録している。
冒頭に猫ちゃん。可愛い。
【以下内容に触れています】
カメラを持っていない方の自分の手を映したり、
車窓を撮りながら、
対向車のトラックを手で握り潰したり、
拾う人々の映像にラップをつけたり、
淡々としているようで遊び心が満載の
ドキュメンタリー。
しかし、ハッとする瞬間もある。
それはこんなシーン。
子どもたちに分別を学ばせるための
綺麗なゴミの展示を映した後、
本物の清掃作業の汚れたゴミを映し、
「子どもたちはホウキの活躍を見たり
清掃員と握手したことがあるのか」
というナレーションが入るのだ。
本当のことを遠ざけてはならない。
また、監督によるラップの中の
「悲しいもんさ 身をかがめるのは
身を落とすのとは違う」
というリリックがすごく良いなと思いました。
拾うためには身をかがめる。
でもその拾うという行為をしても
身を落とすことにはならない。
実を落とした果実を拾っているので、
日本語にするとそことも
かかっているように見えますね。
あと
「このリンゴは何の取り柄もない
容姿も知性もない女性だな。
商品価値ゼロだ。」
と最悪なこと言ってる男性がいて、
映画という後世に残るものでそんな発言するって
恥だな。と思いました。
【落穂拾い/
アニエス・ヴァルダ】

