Hu-010:口味蝦 / 麻辣小龍蝦│ザリガニのスパイス炒め
湖南の夏の夜、とりわけ長沙の熱帯夜を歩けば、街のそこかしこが赤く染まっていることに気づくでしょう。
テーブルを埋め尽くす、山のような「甲殻類」の赤です。
ザリガニです。
田舎出身の人なら、子供の頃にスルメで釣って遊んだ思い出があるでしょうか。
農業用水路に潜む「外来種」。
日本の自然を脅かす「凶敵」。
昨今は野生食系のYouTuberが調理する動画もあるので、知っている人は知っていると思います。
そう、「ザリガニ」。
中国においてザリガニは、夜の経済を回す食材であり、こと湖南省においては成人が酒と共につまむ夜のソウルフードなのです。真っ赤なハサミの中には、スパイシーで濃厚な旨味と、飲酒を促す魔法が詰まっています。
今回は、湖南料理の代表格「口味蝦(コウウェイシア)」こと、ザリガニの激辛炒めのレシピを公開します。偏見という殻を剥けば、そこには極上の身、味、美が待っています。
さて、口味蝦。平たく言えば、「ザリガニのスパイス炒め」です。中華料理でよくある、ビールで煮込んだモノや湖南省らしく激辛に仕上げたものまでその味付けは様々。しかも、「小龍蝦」、つまりアメリカザリガニを使って作るので、日本でも簡単に再現できます。
湖南省長沙発祥の「口味蝦」は、特に紫蘇(シソ)や香味野菜を効かせた、濃厚で香り高いスタイルが特徴です。
四川風の「麻辣小龍蝦」が痺れと辛さを重視するのに対し、湖南風は「鮮香(旨味と香り)」と「辛味」のバランスが絶妙。手袋をして殻を剥き、指についたタレまで舐めたくなる、中毒性抜群の一品です。お酒の素晴らしいパートナーとなってくれます。
料理名にある「口味(コウウェイ)」とは、直訳すれば「味覚」ですが、湖南料理の文脈では「味が濃い」「濃厚でパンチがある」という意味を持ちます。つまり中国語の料理名を直訳すれば「濃厚ザリガニ」。シンプルですが、その名の通り、淡白なザリガニの身に、これでもかというほど濃いスープの味を染み込ませる料理です。
アメリカザリガニは、1920年代に日本を経て中国南京に持ち込まれました。長らく「害虫」扱いされていましたが、1990年代、長沙の南門口などの屋台街で、濃い味付けで調理して売り出したところ大ブレイク。改革開放による経済発展と、夜遅くまで遊ぶ「夜市文化」の隆盛が重なり、ビールに合う最高のアテとして定着しました。今や中国全土で年間数千億円規模の市場を持つ「国民食」となり、W杯やオリンピック観戦のお供としても欠かせない存在となっています。
日本人はザリガニを”食べない”珍しい民族の一つです。発祥地のアメリカ・ルイジアナ州では「クレイフィッシュ・ボイル」としてケイジャン料理の主役ですし、フランス料理では「エクルビス」として高級食材扱い。スウェーデンでは夏の終わりに「ザリガニ・パーティー」を開くのが伝統です。ザリガニを食べることは世界的には「スタンダード」であり、決してゲテモノ食いではありません。どぶ川で育ったものは泥抜きが必須ですが、日本の清流で育ったザリガニは、実は世界的に見てもかなり高品質な食材と言えるのです。
ところで、カニやエビ、そしてザリガニ料理を食べる時の、あるメリットをご存じでしょうか?アスタキサンチンかキトサンの健康効果ではありません。もう少し社会学的な文脈です。
甲殻類は殻を剥くのに両手を使う必要がありますね。
そう、つまり、「食事中にスマホを触れない」のです。
これにより、目の前の友人や家族との会話に集中せざるを得なくなる。現代社会において希薄になりがちなリアルなコミュニケーションを強制的に復活させる、まさにソーシャルな料理。
長沙の夏、路上に並べられたプラスチックの椅子に座り、山盛りのザリガニと冷えたビールを囲む若者たち。これが長沙の原風景です。彼らはビニール手袋をし、熟練の手つきで殻を剥きながら、恋愛、仕事、夢を語り合います。辛さに汗をかき、ビールで流し込む爽快感。口味蝦は栄養摂取という文脈を超えて、都市のエネルギーそのものを摂取する儀式と言えるでしょう。
日本では、特定外来生物法の改正(2023年6月より「条件付特定外来生物」に指定)により、アメリカザリガニの放出や販売は規制されましたが、「捕獲」や「飼育」、「その場での調理・喫食」は禁止されていません(※放流は厳禁です!)。ガチ中華ブームにより、池袋や上野の店では本場の味が楽しめるようになりました。また、北海道の阿寒湖では「ウチダザリガニ(レイクロブスター)」が名産として定着しています。日本のアメリカザリガニも、正しい処理さえすれば、タラバガニやエビに負けないポテンシャルを秘めているのです。近くの川にいる?早速獲りに行きましょう!
特別講義:日本のアメリカザリガニを高級食材に変える下処理術
泥臭いザリガニを極上の食材に変えるには、丁寧な下処理が不可欠。これを怠ると、泥の味を味わうことになります。
場所選びと捕獲:生活排水の入らない、綺麗な水質の場所で捕まえること。これが味の8割を決めます。山に登りましょう。
泥抜き(必須):真水を入れたバケツや衣装ケースに入れ、エアレーション(ブクブク)をして2日~3日飼育します。水は毎日替えること。共食いを防ぐため隠れ家(塩ビパイプ等)を入れるか、餌を少量与えつつ管理します(調理前日は絶食)。
酒締め:調理直前、ザリガニをボウルに入れ、度数の高い料理酒や紹興酒に10分ほど漬けて酔わせ、大人しくさせると同時に殺菌・消臭します。
洗浄(ブラッシング):ここからは軍手をして、お腹や足の付け根の汚れを歯ブラシで徹底的にこすり落とします。
抽腸(背ワタ抜き):尾っぽの真ん中のヒレ(全部で5枚あるうちの中央)をつまみ、左右に軽くねじってからゆっくり引き抜きます。これで黒い背ワタ(腸)がズルリと抜けます。これをしないとジャリジャリします。
去頭(胃袋除去):頭の先端(目の後ろあたり)を斜めにカットし、中にある黒い砂袋(胃袋)を取り除きます。※味噌(肝臓)は美味しいので流さないように注意!
素揚げ:調理前に高温の油で一気に素揚げすることで、殻が赤くなり、身が縮むのを防ぎ、殺菌も完了します。
どうです?ここまでやれば、カニやエビに勝るとも劣らない絶品食材が手に入ります。少し興味がわいてきませんか?
偏見を捨てて一口食べれば、その弾力のある食感と濃厚な旨味に驚くはずです。「食わず嫌い」は人生の可能性を狭める悪い癖。ザリガニと向き合い、殻を剥く時間は、自然の恵みと命に対する感謝の時間でもあります。さあ、次はあなたのキッチンで、この「赤い悪魔」を「赤い宝石」に変える錬金術に挑戦してみましょう。
それではレシピ行ってみましょう。
【初級編】冷凍ザリガニで簡単・麻辣小龍蝦

(難易度) ☆
(調理時間) 15分
材料・調味料(2人分)
冷凍ボイルザリガニ(IKEAや中華食材店で購入):500g
長ネギ:1/2本
市販の「麻辣ザリガニの素(または麻辣香鍋の素)」:1袋
ビール:100ml
サラダ油:大さじ2
調理方法
冷凍ザリガニを流水解凍し、サッと洗って水気を切る。
フライパンに油を引き、ネギとザリガニを入れて強火で炒める。
麻辣の素とビールを加え、蓋をして5分ほど煮込んで味を染み込ませる。
蓋を取り、水分を飛ばしながらタレを絡める。
注意点
既にボイルされているので、火を通しすぎると身が縮みます。温めて味をつけるイメージで。
#IKEAザリガニ #お手軽中華 #ビール泥棒 #解凍して炒めるだけ
【中級編】日本の野良ザリガニで作る・自家製スパイス炒め)

(難易度) ☆☆
(調理時間) 40分(泥抜き期間除く)
材料・調味料(2人分)
アメリカザリガニ(捕獲して泥抜き済みのもの):約1kg(20~30匹)
[香味野菜] 生姜:20g(スライス)、ニンニク:1株(皮をむく)、長ネギ:1本
[スパイス] 花椒:小さじ1、鷹の爪:10本、八角:2個
[調味] 豆板醤:大さじ2、醤油:大さじ2、砂糖:大さじ1、ビール:350ml缶1本
揚げ油:適量
調理方法
下処理(徹底的に):泥抜きしたザリガニを酒で締め、ブラシで洗い、背ワタを抜き、頭の先端をカットして胃袋を除去する。
油炸(素揚げ):中華鍋に油を熱し(180度)、水気を拭いたザリガニを一気に揚げる。色が鮮やかな赤になり、殻が硬くなるまで約1分。取り出して油を切る。
爆香(香り出し):鍋に油大さじ3を残し、豆板醤を炒めて赤い油を出す。香味野菜とスパイスを加え、強烈な香りが出るまで炒める。
揚げたザリガニを戻し入れ、全体を混ぜ合わせる。ビールを全量注ぎ、醤油と砂糖を加える。
蓋をして中火で15分煮込む。最後に強火にして汁気を煮詰め、ドロっとしたタレがザリガニに絡んだら完成。
注意点
泥抜きと背ワタ取りをサボると、泥臭くて食べられません。ここが運命の分かれ道です。
生煮えは寄生虫のリスクがあるため、必ず中心まで加熱してください(揚げ+煮込みで安全)。
#野食ハンター #アメリカザリガニ #夏休みの自由研究 #泥抜き必須 #命をいただく
【上級編】長沙名物・紫蘇風味の口味蝦

(難易度) ☆☆☆
(調理時間) 60分
材料・調味料(作りやすい分量)
ザリガニ(下処理・素揚げ済み):1.5kg
[湖南の魂] 紫蘇(大葉):20枚(千切り)、生の青唐辛子:5本
[スパイス・十三香] 八角、桂皮、草果、香叶(ローリエ)、白芷、丁字、フェンネル、花椒など:計大さじ2
[ベース] 菜種油(またはラード):100ml、生姜、ニンニク大量
[煮汁] 高湯(鶏ガラスープ):500ml、ビール:200ml、オイスターソース:大さじ1、塩・胡椒:強めに
調理方法
紅油作り:中華鍋に大量の油を熱し、スパイス類を低温からじっくり揚げて香りを移し、取り出す(焦げ防止)。
その油でニンニク、生姜、青唐辛子を炒め、ザリガニを投入して強火で煽る。
オイスターソース、塩、スパイス粉を振り入れ、スープとビールを注ぐ。
紫蘇の投入:煮立ったら、千切りの紫蘇を半量入れる。湖南風はこの紫蘇の香りが決め手。
蓋をして弱火で20分、じっくりと味を含ませる。ザリガニの味噌がスープに溶け出し、濃厚なオレンジ色になるまで。
残りの紫蘇を入れ、水溶き片栗粉で少しとろみをつける。皿に盛り、煮汁をたっぷりかける。
注意点
紫蘇(シソ)が入るのが長沙スタイルの最大の特徴。これがないとただの麻辣味になります。
油の量を恐れてはいけません。油で煮るくらいの感覚が、本場のコクを生みます。
いいなと思ったら応援しよう!
コーヒーが好きだ。とくにミルクコーヒー。外出の予定がない時は、これにハチミツ酒をひとさじ加えて飲む。これがまたすこぶるいい。それぞれの銘柄を変えると、がらりと味が変わる。どうだい?一杯おごってはくれないか?