30代女、はじめての虫歯にぽそぽそになる
虫歯になったことがないのが自慢だった。
けれども、見つけてしまった。
歯のミゾに、鉛筆で書いたような黒い線があるのを……。
痛みはない。
本当にこれが、虫歯なのだろうか。
私は意を決して、歯医者を訪れた。
矯正歯科は何度も訪れたことがあるが、歯医者は片手で数えるくらいしか行ったことがない。
しかも虫歯治療ではなく、歯の矯正のため、永久歯を4本抜く必要があり、その時に行った以来だった。
小学生の時だった。
あの時、永久歯を抜いた時の痛みが忘れられない。
目から火花が飛び出して、私は確実に幽体離脱した。
虫歯も同じくらい痛いのだろう……。
「虫歯の初期ですね〜」
お姉さん先生が言った。
やはり、虫歯だった。
「先生! 私、初めての虫歯なんです! 痛いですか?」
尋ねると、先生は元々ハの字の眉をさらに下げた。
「初めて……ですか」
先生はおもむろに目の前にあるモニターをつける。
そして、アニメ動画を見せてくれた。
その内容は大雑把にいうと、以下のとおりである。
虫歯になった歯を、削ります。
削った歯に、聖なる光をあてます。
プラスチックを注ぎます。
完成〜〜☆
動画をプチッと消すと、先生は私の顔をのぞきこんだ。
「痛みには、弱いほうですか?」
……え?
「たぶん、あの、ハイ(震え)」
先生は再び困ったように眉を下げた。
「痛かったら、麻酔しましょうね」
(痛かったら?)
びびっているうちに、椅子が倒されてしまう。
えっ、えっ、心の準備が!
もう始めるんですか?
「お水が跳ねるので、お顔にタオルかけますね」
目隠しをされてしまえば、もう何が起きるのかわからない。
めちゃくちゃ怖い!
おお、神よ……。
私はもうだめです……。
アーメン。
「お水がでますね〜」
右から先生の声がして、口の中に水が注がれる。
左に助手がいるのか、別の器具が入れられたような気配がした。
そして、水を吸い取っている。
細長いホース状の掃除機が、水を吸い込んでいるように思えた。
そうだ。
水が流され、水を吸い取っている。
一体、何が起きているのだ。
私の口の中で。
水が、移動している。
「痛いですかー?」
先生の声が聞こえた。
「痛かったら、左手をあげてくださいねー」
本当にこのセリフ、言うんだ。
と、ある意味感動を覚えた。
だが、痛いはずがない。
なぜなら、私の口の中では、
右から水が注がれ、
左からその水を吸い込んでいるのだ。
この謎の儀式には一体なんの意味があるというのだろうか。
水は一体、なぜ放流されているのか。
そして、一体いつになったら先ほど動画で見た、歯を削る作業になるのだろうか……。
私は尖ったドリルが口の中に入ってくるのを想像して、手を握り合わせた。
ああ、古代エジプトの歯科治療は痛かっただろうな。
徳川家康も虫歯になったんだっけか。可哀想に。
走馬灯のように、歯の歴史が頭の中を流れていく。
ああ、可哀想な私の歯。
頭を削られてしまうなんて、可哀想!
「はい、終わりましたよ〜」
え?
おわ、おわり??
ドリルは?(ドリルせんのかーい!)
「痛くなかったですか?」
体を起こして、神を仰ぎ見るように先生を見た。
「全然痛くありませんでした」
水が、右から左に移動していただけです。
「削ったん………ですか?」
私は半信半疑である。
「はい〜」
先生は再びモニターをつけ、治療後の歯を見せてくれた。
そこには、真っ白しろになった私の歯がうつっていた。
驚いた。
現代に生まれてヨカッターーー!!!!
「ただ……。先ほどレントゲンを撮ったさいに、爆弾が写っていました」
なん、だ……と?
「これを見てください」
先生はモニターの写真を変え、レントゲン写真をうつしだす。
そこには、恐るべき事実が写っていた。
歯茎の下。
古代遺跡の柱のように、一本の親知らずが横向きに埋まっていた。
「せっ、先生!これは!」
嘘であってほしい、と願う。
しかし、無情にも先生はしっかりとうなずいた。
「大学病院で抜く必要があります」
だっ、大学病院だってぇぇええええええ?
To be continued……
次次次次回、発掘される親知らず。絶対応援してくれよな☆
