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螺旋回転と渦のエネルギー

この世界は、螺旋の渦に満ちています。
自然界を見渡せば、朝顔などツルを持つ植物は螺旋状に伸びていきます。昆虫ではカタツムリの殻、海岸では法螺貝やヤドカリなどの貝殻も螺旋状の形をしています。落ち葉が枝を離れ、ヒラヒラと舞い降りる時もその軌跡は螺旋を描いて回転しながら地面へと落ちていきます。
私たち人間の身体にも、螺旋や渦は組み込まれています。頭のてっぺんには「つむじ」という渦があり、指先には指紋という個人特有の渦巻き模様があります。耳の奥には、蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる、音を電気信号に変える器官が螺旋状にくるくると巻かれています。
日々の暮らしの中でも、螺旋の動きはあちこちで見つけることができます。お風呂の水を抜けば、渦を巻きながら流れていきます。電球をソケットにはめるとき、ネジを締めるとき、ペットボトルの蓋を閉めるときも、私たちは自然に螺旋の力を利用しています。ちなみに、水の回転方向は北半球では、反時計回りに、南半球では時計回りに水が渦を巻きます。
神社のしめ縄も、螺旋状をしています。しめ縄の材料である麻や稲わらは撚る(よる)と言いますが、このひねってよじる、撚るという動作は螺旋を作る行為とも言えます。出雲大社などの大きなしめ縄は圧巻ですが、「圧巻」という言葉にも”巻く” という漢字が当てられているのは、日本語の奥深さを感じさせるところです。
台風も、竜巻も、大海を流れる黒潮も、全てが螺旋回転が生み出す自然界の力の現れです。滝の水も真っ直ぐに落ちているのではなく、螺旋を描きながら落ちていると言います


ミクロから宇宙まで、一貫した螺旋の法則

更に、ミクロの世界を覗けば、私たちのDNAは精巧な二重らせん構造になっていますし、マクロな宇宙に目を向ければ、巨大な銀河もまた、壮大な螺旋回転をしています。
こうして眺めてみると、およそこの宇宙に存在するもの全てが、“回転しながら動くエネルギー運動 ”を共有していることがわかります。軸を中心にコマが回るようにスピンしていると言ってもいいかもしれません。


DNAも、宇宙の銀河も螺旋回転を描きながら動いている


赤ちゃんの誕生に螺旋回転の力が

赤ちゃんが産まてくる時、産道を通る最中、赤ちゃんは子宮口へ向かって回転するように進んでくるとも言われています。頭から生まれてくるのは、つむじ(渦)から出るエネルギーがその回転を促しているという説もあります。出産という一大事の時、産道の中では、グワーっと螺旋の力が働いているのかと想像すると、胸が震えるような感動を覚えます

円相と卍(まんじ)

「円相」は、禅を象徴する書画で、一筆書きの丸い形をしています。始まりも終わりもない真理を表すと言われますが、私には、この円相が単なる「静止した円」には見えません。その輪郭の奥には螺旋状の回転がひそんでいるように感じられます。もしかすると、円相はその輪切りの断面 なのかもと。。。あのように、筆の最後のはらいを見せ、少し切れ目のある円とすることから、未完成、継続、躍動といった、動的なエネルギーを感じます。静けさとは裏腹に、円相を描く者が筆を払った瞬間のみなぎるような力強さを覚えるのです。お寺の印として使われる卍(まんじ)も、回転を連想させます。

巴紋

また、日本の伝統的な模様の一つに、巴(ともえ)があります。巴も水が渦を巻くような形をしています。神社仏閣の紋、武道の防具や、太鼓の皮の模様、家紋などで目にする、尾を長く引いた曲線の渦巻き模様です。波が立つように見えることから、波頭(なみがしら)を象形しているとも言われます。三つ巴には魔除けや火除けの意味があるとされ、昔の家はこの巴紋の形を軒瓦にをつけ、家を火事や災いから守りました。勾玉とも形容される巴ですが、この形が三つ集まり回るように配置された形状も螺旋回転に見えます。


手裏剣(シュリケン)

忍者の使う手裏剣も、卍型や三つ巴型をしたものがあります。忍者は回転の生む力の凄さをよく理解していたに違いありません。

うんちの形

人間の体の働きをそのまま見てみましょう。私たちが、大便をするとき、うんちは自然にくるくると、とぐろを巻くような形で出てきます。普段は意識しませんが、ここにもまた螺旋回転という、普遍的な運動法則をまざまざと観ることができます。見逃せない現象だと思います。

螺旋の力と廻天の力

話を仏教に戻します。修證義というお経の第四章の中に、愛語能く廻天の力あることを学すべきなりという一節があります。初めてこの節に触れた時、心の琴線に響いたことを思い出します。”廻天の力”、という表現にハッとさせられたのです。道元禅師は、慈しみ深い言葉には、天を回すほどの力があると教えています。もし、口から出る言葉にも螺旋回転のエネルギーが宿っているとしたならば、きつく尖った言葉は刃物となり、優しい言葉なら相手を暖かく包み込むことができる。言葉は薬にもなれば、凶器にもなる、と言われます。だからこそ、仏教が教えるように、人を笑顔にし、喜ばせる慈愛の言葉を意識して選び、言葉には注意深くなければならない、と自らに言い聞かせるようにしています。ですが、実際に日々実践ができているのかどうかと自問すると、まだまだ反省ばかりです。
私にはこの「廻天の力」という言葉が、まさに螺旋のエネルギーと重なって感じられてなりません。道元禅師の言葉の迫力には圧倒されます。


すべては螺旋の渦の中で生かされている

こう見ていくと、全ては渦の力に帰着するのではないでしょうか。
DNAから、私たち人間、自然界、銀河に至るまで、宇宙の全てが螺旋回転の原理に従っているようで、その普遍性の中に、私は一つの真理を見る思いがします。
森羅万象は螺旋状の渦巻きで満ちている。そして、回転しながら進み続けている。であるならば、螺旋状に回転する力こそが生命エネルギーの根源なのかもしれません。



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