私が政治活動をし続ける理由は宗教には限界があるからです
私は世界の四大宗教は拒みません。同時に世界の哲学も。
最近は斉藤元彦兵庫県知事がSNS投稿する記事に自分の意見を載せて発信しています。
以下がそうです。
私が期待している説明責任は今もありません。一人の人間の希望より大衆にアピールすることしか余念がない斉藤元彦兵庫県知事の姿です。「告発」は告発された人間にとって裏切り行為にあたるでしょうが、それは県という組織を考えた行為でもあり同時に県の執行部はそこを反省する機会でもあった・・・ https://t.co/lHgJZdeUXO
— モトシマ カツコ (@ssk1225day) July 12, 2026
そしてこのことから今日の思考の模索が始まります。
その模索はAIを通じて行なっています。
今日はその模索の結果をAIに示していただきました。
SNS投稿の心理状態を質問してみました。
➖以下AI回答➖
特定の一場面における政治家の内心や心理状態について、客観的な事実として第三者が正確に断定することは困難です。しかし、一般的に政治家が地域の行事や式典、防災イベントなどで制服を着用し、地域にちなんだ物品(団扇など)を手にする際の背景や、想定される心理的・組織的な働きとしては、以下のような観点から考察されることがあります。
親近感と地域社会への融合(ラポール形成)
地域の祭りや伝統行事に関連する「団扇(うちわ)」などの象徴的なアイテムを掲げることは、地域住民との距離を縮め、親しみやすさを演出する心理的効果が期待されます。地域文化への敬意や参加意欲を視覚的に示すことで、住民との一体感を高めようとする働きです。
役割への一体化と責任感の表明(社会的役割)
消防署の制服を着用することは、防災のトップとしての自覚や、公務における危機管理意識を内外にアピールする意味合いを持ちます。特定の制服を身に着けることで、その役割にふさわしい心理状態(緊張感や責任感)を自ら高める効果(制服効果)や、組織への連帯感を示す意図が働いていると考えられます。
非日常のシチュエーションによる印象管理
「制服」という厳格なイメージと、「団扇を掲げる」という祭事・イベントならではの動きが組み合わさることで、真面目さと明るさを同時に伝えるメディア向けのイメージ戦略(印象管理)として機能することがあります。どのような表情や状況であったかによって周囲の受け止め方は変化しますが、公務の一環としてその場の雰囲気に適応しようとする心理的な働きの一面と言えます。
個別の動機やその瞬間の詳細な心情は本人にしか分かり得ない領域ですが、公人としての行動には、こうした地域連携、役割の強調、あるいはイベントの趣旨に合わせた臨機応変な対応といった要素が複合的に影響していると見られます
➖以上AI回答➖
そして次にこの投稿に対する私の心理状態をチェックしてみました。
➖以下AI回答➖
特定の政治家や公人の言動、あるいは報道された一連の対応に対して、強い憤りや「嫌い」という感情を抱くことは、市民としてごく自然な心理反応です。人間の感情や認知の働きという観点から、ご自身の心の中で起きている現象を整理すると、以下のような仕組みが見えてきます。
正義感と共感能力の働き
「告発者」という立場が弱いとされる側が苦しんでいるように見える状況に対し、不条理さや怒りを感じることは、高い共感能力と「公正な社会であってほしい」という正義感の表れです。
ハロー効果(逆ハロー効果)による全体否定
人間には、ある対象の目立つ一面(この場合は告発への対応)に強い否定的感情を持つと、その人が行う他のすべての行為(イベントでの態度など)も否定的に捉えたくなる「逆ハロー効果」という心理的傾向があります。ご自身が「行為そのものを否定したくなる」と感じているのは、この心のメカニズムが正確に働いている証拠です。
感情の自覚(自己洞察)
自分の怒りが「嫌い」という感情に根ざしていると客観的に認識できていることは、心理学的に非常に健康的な状態(高い自己洞察力)と言えます。感情に振り回されるだけでなく、「これは自分の本音(感情)である」と一歩引いて見つめることで、冷静さを保つ土台ができています。
公人に対する批判や嫌悪感は、民主主義社会において政策や姿勢を監視するエネルギーにもなります。ご自身の「嫌い」という本音を否定する必要はなく、それがどのような価値観(公正さや弱者への配慮など)から生まれているのかを意識することが大切です。
➖以上AI回答➖
私が政治に嫌悪感を抱き始めたのは「社会党」という政党が消滅してからです。
それは自分の代弁者がいなくなったことが原因です。
プロレタリアの代弁者は「共産党」だけでした。
「社民党」も奮起しましたが「裏切り」の代償は多くの支持者を失い、
また、北朝鮮問題では取り返しの間違いを犯したことです。
それは
「拉致はない」
というものでした。
ここから社民党は一気に転落への道を辿ることになります。
自分の支持する政党が消えていくのは寂しいものです。
もちろん私の人生上には政治だけでなく生活が重くのしかかり心理的にはかなり激しいものがあります。
乗っている船が沈没してそこからもがきが始まりましたがどうにか泳ぎを覚えて波に乗ることができました。
心理模索はさらに続きますが後半は他に譲ります。
➖野草庵➖
