えっ、生まれつき腎臓がひとつしかないとおっしゃいましたか? あなた
急にだれかに、「実は私、生まれつき腎臓がひとつしかないんですよ」などと言われたら、あなたは何と答えるだろうか。新宿で久しぶりに会った友達と食事をした時のことである。
新宿三丁目に「どん底」という店がある。1951年創業の老舗酒場である。昔は三島由紀夫、黒澤明、石原慎太郎、青島幸男など、昭和を代表する歴史的な文化人や著名人たちが常連だったことで有名なのでご存じの方も多いと思う。
新宿三丁目の駅で友人と待ち合わせた俺は、(そうか、そういや近くだから、久しぶりに『どん底』に行ってみるか)と思い、改札から出てきた友人にそう言ってみると、面白そうだから行ってみたいと言ってくれたのである。

ツタだらけの壁にあるドアを抜けて三階建ての木造の店に入ると、内部は薄暗くまるで迷路のような高密度の空間になっている。夜、外からみるとちょっと不気味で、文字通り「どん底」っぽいのだが、中は居心地がいいので、もし新宿三丁目にご用の際には一回入ってみて欲しい。回しものでもなんでもないのだが。
店に入ると流木で作ったようなデカいカウンターに革張りのスツール(と言うんだっけ)、ま、いわゆる椅子が並んでいる。うーん、昭和の香りが漂う。
久しぶりに会った友人(小柄な女性)とその流木カウンターに並んで座ると、カウンターの中の帽子をかぶったお兄さんがこれまた昭和の喫茶店のようなビニールカバーのついたメニューを渡してきた。
基本はイタリアン的料理の名前が並んでいる。よく覚えていないが、俺は適当に、カキのオイル漬けとか、チーズの袈裟固め、イタリアママのおせっかいサラダみたいなものを頼んだのだろうと思う。(※そんなメニューないと思うけど)
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そして出てきた料理を俺たちは美味しく頂いた。しかし、ちょっとオシャレになったとはいえ、やっぱり酒場なので料理の味はやや濃いのである(当社調べ)。
友人は「おいしい、おいしい」と食べてくれたのだが、意外に食べるペースが遅かった。俺は(もしかしたら、ここに来る途中で何か食ってきたのかな)と思い「あんま、お腹減ってない?」と聞いてみた。
すると、友人は唐突に、「実は私、生まれつき腎臓がひとつしかないんですよ」と言うのである。
(あれ、急に何の話だ? 俺の質問聞き違えたのかな? それとも俺の聞き間違いか?)
あたりが騒がしかったので、一旦はそう思ったのだが、でもやっぱり聞き違いじゃなさそうだった。
とっさの話だし、なんとなくデリケートな話題のようにも感じ、何か不用意な事を言うと失礼な気もした。
(なんて言おうか……)
とっさに気の利いた答えが浮かばない。しかし、何か言わなければいけない。結局、俺の口からでてきたのは「へーっ、一個だけ?」という言葉だった。我ながら情けない。まるで、ケーキの箱をのぞいた時の子供のようなセリフである。
「腎臓はひとつあれば普通の生活に問題はなく、実際ドナーとして腎移植の必要な人に、腎臓のひとつを提供されている方がいる」と言う事も知っていた。
(でもそうか、生まれつき、ひとつの人もいるのかあ……)
友人曰く、ある時の健康診断で唐突にお医者さんから「あなたの腎臓ひとつですよ」と言われたのだと言う。その時はとても驚いたが、しかしその後の人生では、「私もそうなんですよ」という「生まれつき腎臓ひとつ」の人に結構たくさん会ったと言うのだった。
そこで、その場で一緒にスマホを見ながらググってみると、確かにそんなに珍しいことではないようだった。
腎臓は、おなかの中に2つあります。しかし何らかの理由で1つしかない、もしくは1つだけの機能になってしまう「片腎」である子どもは、出生500~800人に一人はあります。これは超音波をしないと発見できない病態です。
0.2%と言われると、非常に稀な感じがするが500人に一人というと、「お、そうするときっと身近にも居そうだな」と思わないだろうか。東京ドームに5万人が入るとして、そこに100人近くいる計算だ。もしかしたらカウンターの中のこの帽子のお兄さんもそうかもしれない。
そしてよくよく聞いてみると、「腎臓は塩分の排出を担っているので、ひとつだとその処理能力がどうしても半分になる。だから自然と濃い味が体に合わなくなり、食べるのもおそくなる」ということだった。体というのは正直なもので、自分に必要なものと不要なものを、本人が意識しなくてもちゃんと知っているようなのである。
彼女は、「ちょっと時間がかかるだけで、食べることは好き」とのことなのでよかった。確かにじわじわと結構食べる。
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しかしそれよりも俺が印象に残ったのは、友人がその話をした時の温度感である。実際いつもさばさばした人物であるが、その人が「腎臓がひとつ」と言ったのも「首、寝違えた」くらいの温度感だったので、こちらが少し面食らった。
重大告白でも、ましてや愚痴でもなく、「まあそういうことなので」という感じでさらっと話してくれる。本人にとっては生まれた時からそうなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、こういう話を気負わず話せる人というのは、自分の体と上手く付き合っているのだろうと思う。
そして雑談の流れでそういう話をしてくれたことが、なんだか俺を信用してくれているようで少し嬉しくもあった。そこで、俺も何か打ち明けなければと感じたのだが良いネタも思い浮かばず、気がつくと、聞かれもしない最近の自分の尿酸値の上がり具合などを説明しているのだった。実にアホといえよう。
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それはともかく、どん底のメシは結構うまかったし、友人もゆっくりと楽しんでくれたようでよかった。
しかし俺は、カウンターの中のお兄さんがギトギト・サラミをスライスする手元を眺めながら、「次に会う時にはもう少しお手柔らかなメニューもある店にした方がいいかもしれないな」などとも考えていたのである。
(了)
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