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水たまり

たしかに、言われてみればその通りだ。
舗装道路ができてから、水たまりが少なくなった。
僕らの生活は快適になったけど、面白くはなくなった。

僕が子供の頃の道路は舗装されていない土の道路。デコボコだから、雨の日には水たまりがたくさんできる。

水たまりが好きだった。

小学校に登校中の道では、横を通り過ぎる車が水たまりの泥水を勢いよく跳ね上げ、容赦なく僕らを全身泥水だらけにした。
車が近づいてきたら、さしている傘を横に構えアテネ軍の重装歩兵さながらに僕らは自分の身を守った。

後ろから来る車に気づかず全身泥だらけになることや、猛スピードで向かって来て走り去る車に全身水浸しにされることもよくあった。

車自体が少ない時代だったから、悪質ドライバーの情報は僕らの間ですぐ噂になった。

「白い大きな車らしいよ」
「俺は黒い小さい車って聞いたな」

車の車種とかメーカーなど知らなかったから、とても情報は曖昧だけど。

スマホがない時代だからパシャッと証拠写真も撮れない。水をかけて走り去った極悪非道の憎き車のナンバーを暗記して先生に報告した。
見通しの悪い中、泥水を浴びた驚きと怒りで、車のナンバーを覚えるのは僕らにとって至難の業だった。

学校には、泥だらけの長靴を洗う専用の棺桶みたいな洗い場があって、専用のブラシで汚れを落としてから玄関に入った。洗い場の水はどんどん汚れて、遅くに登校した子は泥水で長靴の泥を落とす感じになる。

長靴は洗うとピカピカに黒光りするが、乾くと白い泥の跡が残って憂鬱な気分になった。

水たまりにバシャバシャと入りたいのだが、「長靴が汚れるからやめなさい」と母には怒られた。
母のいない登下校では思いっきり水たまりを選んで、水たまりから水たまりを渡り歩き、ジャブジャブと音と感触を楽しみながら水をかき分け進んだ。


雨の日の翌日、輝く青空が水たまりに映っているのを見るのが好きだった。
水たまりの奥に空が広がっているようで。
そこに足を踏み入れたら、空に落ちてしまうんじゃないかと怖かったけれど。

水たまりの向こうの世界に落ちてみたいという気持ちがあったのかもしれない。
小学校の現実は、当時の僕には結構キツイ世界だったのだろうなと、今の僕は思う。

今日の妻の一言


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