カウンセリング日記⑨|固い結び目を、1つほどいても。
皆さん、こんにちは。今日もアクセスいただきありがとうございます。
気づけば、カウンセリング日記を1年も更新できていないことに気づきました。そして、それに気づいたタイミングで、たまたま私と母との間にまたひとつ新しいエピソードが生まれました。それは、ネガティブともポジティブとも結論づけがたい出来事です。今日はそれに可能な限り触れつつ、文章を書くことを通して、久しぶりに私と母との関係についての現時点での私の考えをアーカイブしておきます。
※プライベートかつシリアスな内容を含みます。閲覧の際にはご留意くださいませ。
私がカウンセリングに通い始めたきっかけや、今までの軌跡については、下記をご参照くださいませ。いつも読んでくださっている皆さまに、この場で改めて御礼申し上げます。
先に、私と母との間に新たに起こったエピソードの共有をしたいと思います。ちょうど、先週の木曜日のお昼の出来事でした。
仕事のMTGが終わってお昼休みに入る時、急に母から韓国語で1通のLINEが届きました。その内容は以下のようなものでした。
※内容があまりにもセンシティブなもののため、それなりに要約や表現の緩和をおこなっています。
ずっと前から、あなたに伝えたいと思っていたことがある。
以前あなたが、信仰を強制されたことでつらい思いをしたと話してくれたことが、ずっと心に残っていた。もし傷つけてしまっていたなら、本当に申し訳ない。ごめんなさい。
私はただ、あなたが神様を知り、より良い人生を歩んでほしいという気持ちだった。あなたを愛している気持ちは今も変わらない。
タイミングが合わず話せなかったけれど、今ちょうど四旬節(レント)の祈りの中で、このままあなたにこの気持ちを伝えられないままになるかもしれないと思い、今伝えた。
あなたが毎日幸せでいてくれることを願っている。
このメッセージを受け取った私は、その場でただただ涙を流すことしかできず、スマートフォンを持つ手は自分の意思とは裏腹に震えるばかりで、ただただ取り乱していました。
私がこれを受け取ったとき、正直、母がこのまますぐに死んでしまうのではないかという何とも言えない切迫感?というか、緊張感というか、恐怖というか、、何とも言えない黒い感情に包まれ、私はほぼ無意識的に「とりあえず死なないでね」と返事をしていました。
その後、テキストベースで少し会話をして母がすぐに死なないことだけは確認できたので、そのまま仕事に戻り、仕事に集中しているうちに平常心を取り戻すことはできました。
これがお昼休憩の出来事ではなかったらどうなっていたのか、想像することもできません。もし夜に受け取っていたとしたら、ずっとこのことが引っかかって孤独で寂しい夜を眠れないまま過ごしていたのかもしれません。。
今思えば、ほんの1時間ただ感情的になったという話でしかないのですが、それは辛くもあり、なんだか不思議な体験でもありました。
文章では、これまでの母と私の20年以上の関係性による文脈や、当時の状況がイメージで伝わるわけではないので、「なぜ「死」に直結してしまうのか?」というところは正直伝わりづらいとは思っていますが、それくらい冷静になれないことなのだということが伝わっていれば幸いです。
一方で、この出来事で自分が得られたポジティブな気づきがあるとしたら、わりとすぐに回復できたなということです。
以前、まさにカウンセリングに通うきっかけとなった母との大喧嘩のときも似たような黒い感情に包まれたのですが、明確に2週間はずっと引きずっていたと言えます。そのときは大学4年生でちょうど卒論もインターンも両立していた時期ですが、何もかもにネガティブな影響が派生してしまい、かなり精神がやられていた強い記憶があります。
その時に比べると、たしかに母に対する執着や、そこから生まれるネガティブな影響は確実に小さくなっていると言えます。
・・・
こうした一連の出来事を通して、私は1つ静かな確信が得られました。それは、私自身が"家族"という概念を捉えることについて、次のステップに入っているのではないか?ということです。
それは、これから自分の人生を一緒に歩みたいと思える方と出会い、関係を育むために、もっと能動的に行動する(優先度を上げる)ということでもあるし、その行動の結果として「家族という概念にこだわらずに生きていこう」と決断することでもあるのかもしれません。
まだ決めるのには早くない?と言われる年齢なのでしょうが、もはや言われ慣れすぎて気にするまでもないです。でも前提として、今決めても30歳になったころにまた決断を上書きする可能性も残っていますし、今回のタイミングで決めたことを貫こうとまでは思っていません。むしろ変容しつづけることそのものはとても自然なことです。
転職や転居なども重なるこのタイミングで、"現時点の人生設計として1つの結論を出しておく"ということが、自分のこれからの人生にとって明確に重要になるということだけは確信しています。だから、一度決断するのです。
今回、母からメッセージをもらって思わず涙を流していたとき、このままの姿で身を委ねられる相手がいたら、私はこれ以上にどれほど強くなれるのだろうかということを無意識的に考え、まだ確定してもいないはずの誰かとの未来を強く想像していた自分に気づきました。
これは正直、自分でもいまだによくわからないながらも、でも確かな気づきでした。
たしかに、カウンセリングに通いながら、母親以外との接触面積を増やしながら、回復までの時間が信じられないほど短くなったことも事実で、依存せずに生きていけることもわかったのですが、それに自覚的になったからこそ、逆説的にそういった関係性をより解像度高く想像することができたのだと思います。
どんな未来であっても、私は自分が関わった全ての方々が、ほんの少しでも前向きに人生を歩めるようなきっかけをつくり続けられる存在でありたいです。
ちょうど一昨日の夕方にカウンセリングがあったので、この話をシェアさせてもらって、気持ちを一緒に受け止めたり、今後の対策を考えたりしました。心理学的にはこういうことかな〜みたいな観点ももらえるので、冷静に自分の状況を捉え直す機会になります。改めて、カウンセリングに通っていて本当に良かったと思える時間にもなりました。
こうやって、少しずつ、複雑すぎるくらいに固い結び目がいくつもある細い糸を、私は地道にこれからもひとつずつ解いていくのだと思っています。
