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神様の本棚。


楽しかったり、嬉しかったり、喜んだり、悲しかったり、寂しかったり、苛ついたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり…


いろんな感情を持って
今まで何をしてきて、これから何をするのか…
見えない未来を切り開く。


わたし達はひとりひとり日々いろんな物語を紡いでいる。
それは他の誰のものでもなくて
わたし自身が迷って選んで紡いできたもの。


この世を作った創造主みたいな存在がいるとしたら
ひとりで孤独でものすごく退屈で
ふと思いついたように物語を描き始めたんじゃないかと思う。

それだけじゃ物足りなくて

この世界は想像から創造されて
命の分だけたくさんの物語が紡がれるようになった。


わたし達は人生の中でたくさんの物語を創造し続けて
命ある限り描き続ける。



わたし達人類に言葉が存在する理由。


きっとバベルの塔じゃない。
創造主は怒ったんじゃない。

退屈だったんだ。
見るだけじゃ足りなくなって、
もう一度観たり、考えたり、誰かに教えたくなったり。

たくさんの物語を読んで、集めて集めて
心に留めて残したくなったから。


いろんな言語ができたのも
それぞれの表現を楽しみたかったから。
ひとつの表現じゃ物足りない。
同じものでもそれぞれの感じ方があることを知ってしまったから。


創造主はひとりひとりの物語、
ひとつひとつを楽しみに読み進める。
膨大な時間の中でいつでも新刊を楽しみにして、
誰かに共有、共感して欲しがってる。



わたし達はそれぞれの物語を紡ぐ作者として
この世に産まれてきたんだ。


産まれ落ちた初期設定は確実にある。
だけどそこからの物語は自由だ。
なぜならそこに意思が存在するから。

もしかしたらその初期設定すらも
もっと前に選んでいるのかもしれない。

前世の記憶が
きっと思い残した物語の続きがある。
作者としての魂は受け継がれてるのかもしれない。



シミュレーション仮説やアカシックレコード、ワンネスはきっとある。

神様の書斎。
解き明かすことはできない概念。

ふと触れてしまうのはきっと迷いあぐねて紛れ込んでしまったんだ。神様も自分の本棚を見られるのが恥ずかしくて秘密にしたい。
なんとなく曖昧でぼんやりで決して手の届かない空間なのはきっとそういうこと。


わたし達の願い事は神様に願っただけじゃ叶わない。
だって神様は物語の作者じゃない。

物語はわたし達自身が描いてる。
願いを叶えていくのは、これから先を描くのは、自分自身。
他の誰でもなく自分が立ち向かう世界だ。

神様は上位存在ではなく読者。
わたし達は見てくれる存在がいるからこそ物語を紡ぐ。
お互い持ちつ持たれつの関係。
どちらもなくてはならない存在。

たまに大きな何かに動かされている感覚になる。
その時はいっそ任せてしまう方がいい。
きっとその方が楽しいことが待っている。

何かが降りてくるとはその感覚だ。

創造主を楽しませようなんて意識しなくていい。
どんな物語も必ず見ててくれる。
いいアドバイスをくれることもある。


もっと自分に正直に
感性を研ぎ澄ませて
自分の物語を紡いでいく。


わたし達が生きるこの宇宙という器は
創造主を満足させるまで広がっていく。

本棚はどんどん増殖していく。
神様の書斎は無限で満足することはきっとないのかもしれない。




noteを書き始めてからたまに自分だけど自分じゃない感覚がある。
書き始めた記事が思っていた終わりに辿り着かなくて、何度も書き直して、でもそれは時にすごくいいものになっていたり。
だけどそれは自分の奥底にあった感情だったり、言葉だったり、確実に自分から産まれ出たものだと感じる。

今まで積み重ねた人生は確実に自分の中には存在している。その全てを誰かに見せることも聞かせることもできないけど、こうして何かに残すということは唯一できることなんだと思った。

もちろん文章に限ったことではなく音声や芸術的な何かにして残しておく場合もあるだろう。その全てみんなそれぞれの中には確実に存在しているのだから。

どんなものでも終わりがある。ずっと変わらないものはない。だけどもし神様の書斎があったら今までの全てを残してくれているといいなと少しだけ思う。


これが、わたしが最近考えていたもの。


#神様の本棚




イラスト使用させていただきました。
mirecatさん、ありがとうございます。



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