ライブが見えなかった愚痴
私が生まれて初めて観たライブは2002年、父に連れられて行った、東京国際フォーラムのロジャー・ウォーターズだった。
正直、ライブの内容は何も覚えていない。良かったとか悪かったとか以前に、記憶がない。
そんな中、唯一はっきり覚えていることがある。
開演して演者がステージに現れた瞬間、前の席の人たちが一斉に立ち上がった。そして、座ったまま舞台が見えなくなった父が、隣で悪態をついていた。終わった後も文句を言っていた。
それから24年後…
私はDavid Byrneのライブでそのことを思い出していた。
今回の席は1階後方だった。会場に入り、自分の席に座った時点で少し嫌な予感がした。1階席には数列ごとに段差があるものの同じ区画内はほぼ平らで、前の人が立ったら舞台が見えなくなりそうだった。
そしてライブが始まり、当然ながら皆立ち上がった。
案の定、見えない…
この記事の見出し画像は、私が当日自分の席から撮った写真である。「見えてるじゃん」と思うかもしれない。けれど、これはスマートフォンを自分の頭より少し高く上げて撮ったものだ。
(迷惑にならない範囲で少しなら写真を撮ってよいという案内があったので、周囲の邪魔にならないよう短時間だけ撮影した。)
実際の私の目線では、舞台の大部分は前の人たちの頭や体で遮られた。
隙間から舞台の一部は見えるけど、バンド全体の動きや舞台上の配置はほとんどわからない。しまいには前方で撮影している人のスマートフォンの画面を見て舞台上で何が起きているのかを確認していた。
(スマートフォンが邪魔で見えなかったわけでは決してない。むしろモニターみたいでありがたかった(笑)。)
私の身長は164cm。
日本人の成人女性としてはやや高い方で、成人男性の平均身長とはおよそ7cmの差がある。
アリーナの平坦なフロアでは、背の高い人の後ろになれば当然のように見えない。それは、まあ仕方がない。本当に仕方がないものとして済ませてよいのかは、また議論の余地があると思うけど、今回はそこまで広げると話がそれるのでいったん置いておく。
少なくとも今回、私が購入したのはアリーナのオールスタンディングではなく指定席だった。
私の身長があと10cm高ければ、ちゃんと舞台全体が見えたのではないかと思う。日本人女性として特別に小柄なわけではない私でもこれだけ見えないのなら、私より小柄な女性や子どもにはいったい何が見えていたのだろう…
私が購入したのはSGCホール有明の1階S指定席だった。
私はライブに行くとき大体指定席かスタンド席を選ぶ。年齢とともに体力が落ちたから…というのはまぁもちろんあるけれど、若いころからそうだった。自分の場所を確保して舞台全体を落ち着いて観たい。
そこまで頻繁にライブへ行く方ではないけれど、近年もMUSE、Sigur Rós、Thom Yorkeなどの公演を指定席やスタンド席で観ている。
SGCホールにも、KraftwerkとSparks×Corneliusで行ったことがある。
しかし、開演前からここまで「何も見えなくなるかもしれない」と不安になった記憶はほとんどない。
誤解のないように書いておくと、私は前の席で立っていた人たちを責めたいわけではない。開演前にバーン自身が観客に踊ることを勧めていたし、立って踊りたくなるようなライブだったことは確かだ。
それでも、終演から二週間以上経っても、私はまだモヤモヤし続けているわけで…
いっそ1階全体をスタンディングにしたらよかったのでは?
今回の公演では、1階前方がスタンディング、後方が指定席になっていた。
「踊りたい人は前方へ、座って観たい人は後方へ」と両方の希望をかなえた配置に見える。けれど実際、1階の後方指定席は全員立っていた。
後方へ移動して視線の抜ける場所を探すこともできず、指定された座席の前で立つしかない。
私が確認した範囲では、客席のいちばん端で後ろに人がいなかった人は椅子の上に立っていた。最後列付近では、自分の席を離れてさらに後ろへ下がって観ている人も何人かいた。
もちろん、椅子の上に立つのは危険だけど、気持ちはわかった。
SGCホール有明の1階は、椅子席なら1,720席、スタンディングなら3,259人を収容できる可変式のフロアであり、1階全体をスタンディングにする運用自体は可能だ。
もし今回も1階全体がスタンディングだったなら、見えない場所から少し横へ移動したり、前の人と立ち位置をずらしたりする余地はあったはずだ。
座って観たい人や長時間立つことが難しい人のためには、2階以上を着席エリアとして確保すればいい。
少なくとも、指定された狭い場所から動けないまま視界だけを失うより、この公演の性格には合っていたのではないだろうか。
視認性は会場をつくるときに確認されているのか
劇場やスタジアムの客席を設計するときには、一般的に「サイトライン」と呼ばれる観客の目から舞台や競技面までの視線が検討される。
たとえば英国のスポーツ施設向け安全指針「Green Guide」では、前方の観客の頭より後方の観客の視線がどれだけ上を通るかを「C値」という数値で表す。
これは、着席エリアなら前後の観客がともに座っている状態、立見エリアならともに立っている状態を想定して計算するものなので、「前の人が立っていて、後ろの人が座っている」という条件での視界を保証するものではない。
それでも、前方の観客によって視界がどの程度遮られるのかは、感覚だけの問題ではなく、想定する目の高さや座席の高低差・前後の間隔などを使って設計段階で検討できる。
その計算では、どのくらいの身長の人を想定しているのか調べてみたものの、今回確認した範囲では具体的に身長何cmの観客を基準としているのかまではわからなかった。
ただ、もっと身近なところに、想定した身長を具体的に公表している例があった。
SGCホールと同じ東京ドリームパーク内に新設されたEXシアター有明では、身長155cmの女性を基準に座席からの見え方をシミュレーションしたらしい。これは前後の観客がともに着席した状態を想定した検証で、前の人と頭が重ならないよう座席も千鳥状に配置されている。
この検証は観客の立位を想定したものではないものの、少なくともここでは「平均的な男性から見えるか」だけではなく小柄な女性の視点が具体的な設計条件に入っている。
では、SGCホールでは視認性をどのように確認したのだろうか?
想定した観客の身長や目の高さ、着席時と立位時のどちらを基準にしたのかなど、具体的な検証方法を探してみたが、今回確認した範囲では見つけることができなかった。
ただ、開業前に行われたSGCホールのブッキングマネージャーへのインタビューには、会場が目指した「見やすさ」についての説明が残っている。
そこでは、SGCホールは「どの階から観ても見やすい」「死角が少なくて見やすい会場」であり、音楽専用ホールだからこそ「客席のどこにいてもステージがよく見える」ホールづくりが可能になった、と説明されている。
ただし、その説明で中心になっているのは、上層階をステージに近づけた立体的な客席構造やステージまでの距離、死角の少なさである。
1階の可変フロアについて、どのくらいの身長を想定したのか、観客が座っている状態と立っている状態のどちらでサイトラインを検証したのかまではわからない。
具体的な検証方法は公表されていないものの、開業したばかりの音楽専用ホールであり、インタビューでも「見やすさ」を明確に掲げている以上、何らかの形でサイトラインは確認されているはずだ。
そう考えると、今回の見えにくさは、ホールそのものよりも、前方をスタンディング、後方を指定席とした座席配置に原因があったのではないかと思う。
直接関係があるかはわからないが、開演直前には誰も座っていなかった前方数列の椅子が急遽撤去され、スタンディングエリアが拡張されるというハプニングもあった。明らかに設営ミスである。
少なくとも今回の配置で、観客が一斉に立ったときに1階後方からどの程度ステージが見えるのかは事前にもう少し確認できなかったのだろうか。
アメリカには「立っている観客越し」の基準がある。ただし…
海外の事例を調べてみたところ、アメリカには観客が立つことを明確に想定した基準があった。
ADA(障害を持つアメリカ人法)に基づく設計基準では、観客が立つことが予想される会場の場合、車いす使用者用スペースからも周囲の観客と同等のサイトラインを確保することが求められている。
ここではロックコンサートも「観客が立つことが予想されるイベント」の例に含まれている。
つまりアメリカでは少なくとも、「このイベントでは観客が立つかもしれない」という現実を設計条件に入れ、その状態でも車いす席から見えるようにするという考え方が法的基準として存在する。
ただし、一般客のすべての座席について、前の人が立っても座ったまま見えることを保証する法律ではない。
それでも、「観客が立つことは予測不能な偶発事ではなく、あらかじめ設計に織り込める」という点は示していると思う。
「立つ場所」と「座る場所」を分ける方法
英国のウェンブリースタジアムでは、サッカー開催時に「licensed standing」と呼ばれる、立って観戦することを正式に認められた区域が設けられている。
その区域のチケットを持つ観客は立って観戦できるが、それ以外の通常の座席エリアでは、長時間立ち続けるpersistent standingは禁止されている。
ただし、これはコンサートの観覧マナーから生まれた制度ではなく、英国サッカーにおける観客の安全管理が背景にある。
通常の座席で観客が立ち続けると、席やブロック間の移動、通路へのはみ出し、転倒、過密などの危険が生じる。そのため、立つのであれば手すりやバリアなどを備え、立つことを前提に管理された区域にしようという仕組みだ。
導入基準も細かい。
立見区域が隣接する着席区域の視界を悪化させないこと。立つことをチケット購入時に知らせること。立てない、または立ちたくない観客のための座席を用意すること。各観客に番号付きの場所を割り当てることなどが求められている。
サッカーとコンサートをそのまま同じには扱えないけれど、
「立つか座るかを現場の空気に任せない」
「立つ人の存在によって、座っている人の視界が失われないようにする」
「購入時点で、その区域の観覧方法を知らせる」
という発想は、コンサートにも応用できるように思う。
観客同士に解決させないために
現実には、どんな公演でも観客の行動を完全には分けられない。
基本的には座って聴く公演でも、好きな曲やアンコールだけ立つ人はいる。全面スタンディングにすれば、今度は体力や身長、障害、年齢などによって参加しにくい人が出てくる。
客席の勾配を急にすれば視線は抜けやすくなるが、東京ガーデンシアターの上層階のように立つこと自体が怖いと感じる客席にもなり得る。
指定席で立つことをめぐる議論は日本だけのものではなく、海外でも「ロックやポップのライブで立つのは当然だ」という人と「指定席を買ったのだから座って観たい」という人の対立は長年繰り返されている。
会場によっては、前の観客が立って視界が遮られても返金しないと規約に明記している。立つ区域と座る区域を分ける例もある。それでも、どこでも通用する解決策が定着したわけではない。
一律の解決策がないからこそ、公演の性格に合わせていくつかの方法を組み合わせるしかないのだと思う。私は会場設計や興行の専門家ではないので、実現可能性や安全上の制約まではわからない。素人なりに思いつくのは、ステージ自体を底上げする、立って観る区域と着席鑑賞区域を分けて販売時に明示する、さまざまな目の高さや観客が立った場合を想定してサイトラインと座席配置を検証する、必要に応じてモニターを設置する、といった方法。
どの方法にも難しさはある。それでも、前の人に座ってもらうのか、後ろの人に遠慮しながら立つのか、見えなくても諦めるのかという判断を、たまたま前後に並んだ観客だけに委ねるよりはいい。
…身長差の問題と、指定席で立つ座る問題を行き来するうちに、だいぶ話がとっちらかってきた。
そもそも、会場であまりにも何も見えなかった理由を考えていたとき、私の頭の片隅には『存在しない女たち』という本があった。
この本では、自動車の衝突安全試験で長年「標準」とされてきたダミーが平均的な男性の身体をモデルにしていたことなどを例に、社会のさまざまな設計で暗黙のうちに男性の身体が「標準的な人間」として扱われてきた問題が取り上げられている。
もう一冊、以前読んだ『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』は、自閉症の研究や診断が長く男子の典型例を中心に形成された結果、特性の現れ方が異なる女子が見逃されてきた、という問題を扱った本である。
分野も問題もまったく違うけど、どちらの本にも「標準的な人間」として想定されているのは誰なのか?という共通した問いがある。
だから今回も、会場の「見やすさ」は、どのくらいの身長の人を基準に確認されているのか知りたくなった。
もちろん、背の高い女性もいれば、小柄な男性もいる。視認性を性別だけで単純に分けることはできない。それでも、男女で平均身長に差がある以上、ライブで舞台が見えにくいという経験が、集団として女性側に偏っている可能性はある。「身長は人それぞれ」で終わらせるとその偏り自体が見えなくなってしまう。
ライブ会場での視認性が身長によってどの程度変わり、その影響が男女でどのような偏りとして現れるのか。
そして、客席設計や運用によってどこまで改善できるのか。
正直、誰かきちんと研究してほしい。
話が広がりすぎたので、もう一度SGCホールの1階に戻りたい。
この記事を書いている途中、SNSで「SGC 1階」などと軽く検索してみた。すると、2026年8月26日にSGCホールで行われたw-inds.の公演でも、1階後方からステージの大部分が見えなかった、段差の直後以外では前の観客と重なってしまった、といった報告が複数見つかった。
w-inds.の公演は全席指定だった。それでも、観客が立つと1階の中ほどから後方が見えにくくなるという、今回とよく似たことが起きていたようだ。
少なくとも、今回の見えにくさはDavid Byrne公演だけの特殊な配置によって起きた問題ではなさそうだ。SGCホールの1階を指定席として使用し、観客が立って鑑賞する公演では、視認性の問題が生じやすいのではないだろうか。
SGCホールは、2026年に開業したばかりの新しいホールで、音響は本当に素晴らしい。
だからこそ、立って楽しむことが予想されるライブでの「見え方」についても、座席配置やエリア分けを含め、もう少しどうにかできないものだろうか。
少なくとも今後、SGCホールで公演を観るときはできるだけ2階以上の席を選びたいと思う。
公演翌朝に書いた速報では、「本当に素晴らしい公演だった」と書いた。その評価は今も変わっていない。
実はこのときも、席からあまりにも見えなかったことについて一度はかなり長く書いた。でも、その日はサマソニに向かう人にDavid Byrneを勧めたかったので、愚痴をかくのは今ではないと思ってほとんど削った。
そして二週間後、大爆発した結果がこの記事です。
そんな記事を書いている最中に、朗報が入った。
今回の〈Who Is the Sky?〉ツアーが、コンサート映画になることが発表された。公開時期や、円盤になるのかはまだわからないけれど、いつかこの映画でステージの全貌を確認できるかもしれない。
以前サマソニでBlurを観たときも、ステージはほとんど見えなかった。
けれど、あとになって映画『blur:To The End』を何度も観ているうちに、サマソニで実際に体験した音や空気の記憶と映画で観たメンバーの姿が、私の頭の中ですっかり結びついてしまった。
今では、なんとなくステージまでちゃんと見えたような気になっている。
きっと今回も、同じようなことが起きるのだろう。
