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夏祭り

 私の生まれた品川では、夏祭りの時期になると、家の軒下に夏祭りの提灯が吊り下げられた。
 紅白の和紙を花の形に切り抜いて小枝に貼りつけた提灯を下げ、先端にも紙で作った大きな牡丹の花を飾ってあった。
 川崎に越して以来、町中に住んでいた時も田舎に引っ込んでからも見かけることはなかったが、東京に越してきてから、どの家の軒下にもこの提灯が吊るしてあった。

 東京のお祭りはいいなぁと感慨に耽ったものだ。
 子供の頃はお祭りには法被や浴衣を着て、子供は鼻筋にスーッと練り白粉をつけてもらった。

 お祭りには山車を引いた。
 山車の上に大太鼓を乗せて、太鼓を叩く人が「ドーン、ドーン、カッカッカッ」と威勢よく叩いていた。
 先導の法被姿の大人の後から山車がやって来ると、家の前で山車の引き手に加わって、ゆるゆると網を引いて行った。
 神社まで山車を引いていくとお菓子や果物がもらえた。
 高校時代に祖母の家で祖母と一緒に暮らしていた時、向かいの家の男の子と2人で山車を引いて神社まで行ったが、その時は大きな梨をもらった。
 男の子の名前は忘れてしまったが、家の近くに来るとつないでいた私の手を放し、嬉しそうに梨を持って家まで駆けて行った。

 お神輿を担ぐ声が1日中あちこちから聞こえてきたが、「ワッショイ、ワッショイ」と威勢のいいかけ声をかけていた。
 お神輿は町の名前を染め抜いた半纏にねじり鉢巻の男衆が担いでいた。
「ワッショイ、ワッショイ」のかけ声や太鼓の音が、遠くなり近くなりしてずっと聞こえていた。
 お祭りのかけ声は、どうしたって「ワッショイ」でなくっちゃね。「ソイヤ」だの「セイヤ」だのは、なんだか変。
 ずーっとそう思っていたら、それが正しかったことがわかった。

 以下に、鐵砲洲稲荷神社の故・中川正光名誉宮司の文章を引用する。

【神輿を担ぎ上げる掛け声は、正式には「和し背負へ」である。氏子崇敬者のなかには、商売敵もいれば、恋敵もいる。しかし、みんなが神様に生かされて生きている同胞としての掛け声は「ワッショイ」でなければならい。】
【東京蔵前の問屋街で、大きな荷物を担ぐ時に、力を「添へや」が「ソイヤ」とか「セイヤ」になったと言われているが、神輿は決して大きな荷物でもなく、尊い神霊を奉祀してあるのだから、やはり「和して背負へ」すなわち「ワッショイ」の方がよいのではないだろうか。】

 お祭りには神社で縁日があり、夜になってから父に連れられてお参りに行き、屋台の食べ物やおもちゃを買ってもらった。
 毎年必ず買ってもらうのが綿菓子とハッカパイプ、それにセルロイドでできたお面だった。

ハッカパイプ

 繭玉が転げ落ちるおもちゃを買ってもらったこともある。
 それから金魚すくいやヨーヨー釣りをして遊び、焼きそばやあんず飴を買ってもらって食べた。
 焼きそばは家に持って帰ることもあった。
 ひよこを買ってもらったこともあるが、すぐに死んでしまって育たなかった。
 柔らかい毛をピンクや緑に染めたひよこもいたが、可哀想にどうしてそんなことをするのだろうと思っていた。
 もう何十年も縁日には行っていないが、今はさすがにひよこの毛を染めて売ったりしていないだろう。




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