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13:幻のブランド<ROLAND-OTARI>のレコーダーでツァラトゥストラはかく語りきを作る

 オタリというオーディオメーカーは、ちょっと認知度が低いけど日本を代表するテープレコーダーメーカーの一つだ。

 テープレコーダーが全盛だった頃、スタジオなんかでも時々見かけた(ラジオ局が多かった気がする)。

 さて、このオタリとローランドが共同で開発したけど製品化しなかった幻のレコーダーがあった。

 それが Roland-Otari という仮称の付いた 1/4 インチのオープンリールで 8トラックのミキサー付きレコーダーだった。

 残念ながら写真が残ってないんだが、1/4インチのテープで8トラック録音というのは、カセットテープと同じトラック幅になる。

 テープサイズは7号リールまでで、レコーダー機構部分が上にあり、半分から下が傾斜パネルのミキサーになってて、メーターがズラッと並び、Aux センドも一系統あるというマニア心をくすぐる設計&見た目だった。

 上がテレコ、下がミキサーなので、横幅は昔のオープン・リール・デッキとほぼ同じだけど高さは1.5倍くらいあった。

 この試作機が作られた 1976年頃、4トラック以上のマルチトラックレコーダーで録音しようとすると、レコーダーの他にミキサーも必要になり、8トラックともなると両方をつなぐだけでも16本のケーブルが必要になり、とても面倒臭かった。

 そこで作られたのがミキサー&テープレコーダー一体型の8トラック機というわけだ。

 この発想自体は悪くなく、後に Teac から4トラカセット+ミキサーの 144 や、ビデオテープを使ったアカイの8トラックシステムなんかも登場した。

 だが Roland-Otari の試作機が作られた頃には、TEAC が8トラックレコーダーを試作しはじめ、Roland とタッグを組んで色々な企画を始めた事もあり、結局はお蔵入りとなってしまった。

 で、この試作機が来た時「安西君、これ使って何か録音してみてくれる?」ってな話になった。

 その時、技術部に来てたのは System-100 + シンセもう一台(機種覚えてない)、そしてストリングスの RS-202、さらに開発室側に侵入して、実験用に置かれていたハモンド B-3 を就業時間後に使わせてもらう事になった。

 それまで技術部で、人形へのセレナードと蚊の踊りのクラシック2曲を作っていたので、今回はバンドの多重録音に Roland-Otari を使ってみたらどうか?と考えた。

 その頃私はボブ・ジェームスとかデオダートなんかのロックっぽいフュージョンに凝ってたんだけど、みんな「はげ山の一夜」とか「ラプソディ・イン・ブルー」みたいなクラシックのアレンジをやっていた。

 そこでリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」をやってみる事にしたんだが、この曲は既にリズムのついたバージョンが色々発表されてて、デオダート版が一番有名だと思う。

 もう一つ、この曲を選んだ理由は Roland が当時アメリカで配っていた製品デモ(アメリカのディーラーが作った)のソノシートに入ってたツァラトゥストラ~があまりにもひどかったので、Roland の名誉挽回と思ったってのもある。

 ちなみにサウンドはこれ。
 こんなもん配ったら売れるもんも売れなくなるだろ!って思いませんか???

 「最新のシンセ~宇宙的~2001年~ツァラトゥストラ」という流れは分かるんだが、問題はティンパニーの音で、これをシンセで作るのはかなり難しかった(後に冨田さんがアルバム「宇宙幻想」で再現に成功している)。

 そこで私はティンパニーの音を効果音に置き換えて作る事にした。

 ベーシックな録音は中学時代から一緒にやってるドラムとギターの奴に頼み、この連載第一回でも書いてる横浜・元町にあった大塚ピアノの音楽室を使わせてもらう事にした。

 私はピアノ売り場に置いてあったヒルウッドっていうマニアックメーカーのエレピを勝手に持ち込んで、これに売り場から持ち込んだワウをかけて使った(極悪!)。

 音はステレオマイク1本+ステレオカセットデッキの組み合わせで録っている。

 高校生のメンバーなのに、最終完成形を口で説明しながら譜面だけの指示でエレピとギターとドラムだけ(ベースなし)で録音したんだから結構凄かったと思う。

 ちなみにドラムもギターも音楽業界に就職したんだが、奇しくもギターの奴はオタリのデジタルマルチのあるスタジオ(どこのスタジオか忘れた)で戦隊ものの「特警ウィンスペクター」っていうののレコーディングで演奏してもらっている(歌は水木一郎さん)。

 ウィンスペクターこれですね↓、ツァラトゥストラ録音後10数年後にはこんな感じだな。しかし、プログレなのでイントロとか長いな(笑)。


 さらにドラムの奴はテレビ朝日の効果部(現在は TSP という会社)に就職して、1985年つくば科学万博の NEC C&C シアターの効果音を付けてもらっている(TSP に内緒でやった内職仕事)。

 上記ドラムの奴と一緒にやったのがこれ↓Roland-Otari 作成後7年あとくらいにやった計算かな。



 話は戻って、Roland-Otari デモ録音時点ではまだ(簡易的な物はあったが)MC-8 のようなデジタルシーケンサーは出ていなかった。

 なので下にアップしてる完成品のベースフレーズの音数が徐々に増えて行くサウンドはアナログシーケンサーを使っている。

 やり方は、ベースのシーケンスフレーズを1音ずつアナログシーケンサーのボリュームにセットしておき、このシーケンサーをキーボードの Gate で1ステップずつ進むようにパッチする。

 録音段階ではドラムにハイハットの刻みだけを演奏してもらってる場所で、リズムに合わせて適当な鍵盤を16分音符で叩き、かつシーケンサーのラストステップスイッチを動かして、繰り返しの音数を増やしていっている。


System-100 のシーケンサーでベース音が1つずつ増えて行く

 で、その音。上記ベースのフレーズの場所は1分10秒くらいから。

 この曲は、1年後くらいに神田商会っていう楽器問屋さんの作ったスタジオサンプル用に作り直してるんだけど、その時のメモ書きが以下。どのトラックに何を録音して、どうエコーをかけるか?とかが書かれている。まあ機能の少ない当時の機材で凝った事をやろうとすると、こういうメモ書きが重要だったわけですね。

神田商会でのメモ1、下側で Roland-Otari で作った時の問題点が検討されている
神田商会でのメモ2、チャンネルのやりくりとかが書かれている

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