出る杭を隠す手法の日本の教育はいかがなものか
息子はそろばんの大会で
いつも成績を残しては
トロフィーや賞状をもらっている
ここからは学校の話
去年の担任と個人面談の際
「そろばんの大会で賞を取ったら
学校で表彰してくれますか?」と聞いたところ
「是非全校朝会でやりましょう!」
と言ってくれ嬉しかった
その後すぐにそろばんの大会があり
賞状をもらった為先生に渡した
私と息子は楽しみに待った
だが一ヶ月経っても表彰されることはなかった
そんな中また次の大会があり賞状をもらった
こちらも追加でお願いしますと
催促するように先生に渡したが
結果2カ月間放置された
さすがに煮え切らなくなって
どの先生に相談したら良いのかわからず
朝校門の前で旗当番をしてくださってる
校長先生に直撃してご相談させていただいた
校長先生は
「職員室に戻って確認します」と言ってくれ
午後には副校長から電話があった
「職員で話し合った結果、
学校外での個人の習い事に関しては
全体朝礼では発表しないこととなりました
そちらに関してはクラスでお祝いのみとなります
ただ今回は
大変お待たせしてしまったのもありますので
校長室で個別に表彰しました」
私が小学生の時は
沢山の人が全校朝会で
表彰されていたのを思い出す
野球にサッカー、空手に柔道
習字に絵画、作品等
私は習い事で表彰されたことはなかったが
学校のマラソン大会でいつも10位以内だった
それも昔は表彰してくれた
名前を呼ばれ大きな声で返事をして
ステージの小さな階段を登っていく
恥ずかしいけど嬉しかった良い思い出だ
少し話は変わるが
ピアノを習っているお友達の子がいる
年少からやっていたこともあるし
毎日の練習の成果もあり
小1の子にしてはとても上手い子だ
「今度ピアノの発表会があるんだけど
割と簡単な楽譜を先生から渡されちゃってさ
上の学年の子が自信をなくしちゃうと困るから
ごめんなさいねと言うことだった」
いつから平均に合わせなきゃいけない
世の中になったのだろう
できる子ができない子に気を使わなきゃいけない
世の中になったのだろう
なんだか世も末のような気がしてならない
「あんなに小さいのに上手い子がいたね!!」
それじゃだめなの?
そういう子昔もいたよね?
やる気をかき立たせる方向性ではないってこと?
あぁなるほど、競争させたくないんだなっ
自己肯定感をあげる教育とか言いながら
出来る子を平均に下げて安心させてるだけだ
ありがたいことにそろばんに関しては
完全なる実力社会
教室の授業一つとってもそうだ
解けるか解けないかのただそれだけ
それがどんな小さい子だろうと羨む人はいない
自分との戦いでしかないからだ
学校の話に戻るけど
結局副校長からの電話の内容はそういうこと
そろばんを習ってない子もいる
そろばんを習っているが大会に出てない子がいる
そういう子に配慮をした結果だ
いやもっと言えば、
6年間に一度も表彰台に上がれない子がいるのだから…表彰なんてされる子がいない方がいいという配慮の結果だ
なんだか悲しい
自分の学校の生徒の子の功績
先生方も嬉しくないか
誇りに思わないものか
ましてや自分が担任してるクラスの生徒
その担任はうちの子の賞を副担任に話さず2か月間
自分の手元に置いて放置していた
学校は運動会もマラソンも順位をつけない
では体育が得意な子はどこで輝けと?
競争させたくない教育をしているけど
学力の順位だけは明確に出す
頭がいい子もいれば
体育が得意な子
音楽、図工、美術
皆それぞれ自分の得意なもので輝いたらいい
リーダーになったらいい
でもそうじゃないのが日本教育
出る杭は打たれるってことわざだったはずだけど
もはや順位さえもつけずに出る杭隠してる
打つまでもないように
ことわざ変わる時代になってきたかもしれないね
