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来ないバスと、やって来たバス――『The State I Am in』

ダンナに弁当をもたせて送り出した後、流しを片付けもせず、あまりの暑さに気絶した。2時間たって覚醒し、労働せねばとパソコンをたちあげると、大江慎也と甲本ヒロトが抱き合って「田舎へ行こう!」を歌っていた。2026年フジロック、1日目だ。

配信映像を眺めるわたしのそばには、誰もいない。画面の向こうには、うまそうな屋台があり、オシャレなアウトドアブランドに身を包んだ人々がいる。

わたしのフジロック体験は、97年第1回、98年第2回、99年第3回までで、途絶えた。カネと時間と友達と健康を失い、行けなくなった。

令和の会場には、90年代にはほとんどいなかった「子連れ」と「初老」が見えた。わたしは子無しの初老だ。

第1回は、若者地獄のNo Futureだ。来ないバスをあきらめて、徒歩であがりきった先の会場から聴こえてきたのは、甲本ヒロトの声だった。ずぶ濡れのバンTを絞り、沼となったスニーカーまで失くす馬鹿ども。やけになって半裸で暴れる男たち。

濡れて震える。気絶失神地獄。あそこでわたしは何か食べたっけ?記憶として残されている断片は、あふれる何かが泥か糞かわからぬ、一カ所でも触れたら死ぬと思った簡易トイレだけ。愛と憎しみと排泄のみ。まるでセックス。酷いセックス。

管理されまいと抗う暴力。それがわたしの若者時代だといえば聞こえがいいが、誰かが管理したいと思えるほどの価値もないから、無視されていただけだろう。泥まみれで悪臭を放つ同世代だけが、大量にわく災害だ。管理が行き届かない危険と引き換えに 、自由を吸い込める余白もあった。安心安全のない世界に、バスは来なかった。

誰も命を失わず山を降りられたのは、みんな若くて体力があったからってだけ。帰還後、雑誌でフジロック特集を読み、一緒に行った友達とそれを投げて、わたしたちは反吐を吐いた。「殺されかかったうちらの話を、美談にすんじゃねー!」 20歳。

20世紀は学生で、21世紀は労働者。21世紀のフジロックには一度も届かないまま、わたしはもはや今年50だ。生き延びてしまった果ての令和で、人々は音楽を「聴いて」いて遠い。わたしは音楽にまみれていた。

2026年の1日券は26,000円。交通費。キャンプ代。おいしい屋台。カネカネカネだ。ライブ体験は、健康で裕福な人専用か?

第1回のチケット代はたしか、1日1万円もしなかった。3ケタを「高い」と罵る当時のわたしこそ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンである。バイト代をつぎ込んだエイフェックス・ツインとは、巨大で不気味なぬいぐるみで、雨天キャンセルとなった2日目のマッシヴ・アタックは幻だ。

1997年7月26日のわたしは、ベル・アンド・セバスチャンのTシャツを着て、山間部で大雨になぶられ、震えていた。音楽を命綱にしていた若者は、命まで失いかけて歯を鳴らした。

第1回参加者に口を開かせれば、多くの人が「バス」への憎悪を語るだろう。最寄り駅と会場の間をピストン輸送するバスは、3時間待とうが4時間経とうが来なかった。渋滞の原因のひとつは、観客の路駐。村道に置き去りした車のせいで、バスが詰まった。

ベルセバのフロントマンのスチュアート・マードックは、バスに取り憑かれたオタクである。『The Chalet Lines』という曲では、レイプされたオンナノコがバスに乗る。彼女は、ここではないどこかへ運んでくれる乗り物に、その身をゆだねる。

インターネット以前に「はやい耳」だと自惚れていたわたしは当時、タワレコ渋谷店の店員に、くってかかったりしていた。

「ベルセバを知らないなんて信じられない、シブヤにベルセバがないなんて!音楽を本当に愛しているのか?」

何様だ?わたしだ。

その後、わたしは社会に出た。放り出されただけである。非正規を漂流し「名もなき労働」だけをした。ベルセバを着た極東のオンナノコの元にバスは来ないと、確信を深めただけだった。

同世代は渋滞するほど多く、仕事はない。絶望的な不況下の就職活動で全滅し、やむなくバイトで拾われた現場で、入って4日目の仕事が怪しい。

とある「株式会社」の知らない人の名刺をわたされ、「この人のふりをしろ」と言われた。「はい?」と思いながら「はい」と言い、上司の運転で2時間かけて知らない街に行った。殺風景な会議室のような場所で、その名刺を出し、言われたとおりの数字を書いた。

帰りに上司が車をとめた。
「よくやった、全部秘密だ」
彼は自分の財布から払い、ソフトクリームを奢ってくれた。
「こないでもせんとな、カイシャがつぶれるんや」という声を、クリームをなめながら、ただ聞いていた。

わたしはデザイナーで雇われたはずだ。明日はスーツで来いと言われて、営業同行してプレゼンするのだろうと思った。違った。

手にべったりと泥を塗られたような違和感だけが、わたしの身体に残された。

はじめての仕事から、わたしは自分の名前を奪われていた。カネは、名前と引き換えだった。

醜い仕事しかなかった。はいずりまわったドブ板の先輩たちに、「根性がある後輩」と、頭をわしゃわしゃなでられ、何か食わせてもらう野良猫育ち。カネのためならどんなコスプレもあり。バナリパで偽装、スマイルゼロ円、馬鹿なふり。

そうやって食いつないできたわたしは46歳で漫画家デビューし、今度はペンネームで社会に出た。名前を取り戻すより、変身して、やりなおしたかったんだろう。

山を下りるわたしの後方から、新しいバスがやってきて、差し伸べられた手を見ても、自分の汚れた手しか見えない。その手をうまく掴むことができない。

マッチングアプリの代わりに、100円のワゴンセールを漁り、デッドストックを抱えて帰り、亡霊に耳をすます。ひとりぼっちで幸せになれた。

あの日バスが来ていたら、優しい人間になれただろうか?

あの日バスが来ていても、わたしは途中で降りたのではないか?

カネがあれば、酒を飲んでいた。麻痺するために泥酔した。泥に埋まれば、自分の醜さも失敗も、見えなくなる気がした。

だからもっと稼げたとしても、もっと飲んだだけだろう。稼げない自分を憎んだように、今度は稼ぐ自分を憎んだだろう。

わたしはずっと、ただ酔っていただけだ。酒と音楽に。
わたしは、漂っていただけだった。

2026年、酷暑の夏だ。フジロックの会場を、パソコンの小さな画面で眺めると、明らかに同世代だとわかる人々がうろついている。第1回組も、いるだろう。

音楽に全部を賭ける博徒の鳴らす音に耳を傾け、画面の中の同世代をみる。「うまくやれたかもしれないわたし」に見える。

どうやってバスに乗ったのか。どうすれば、名前を奪われずにすんだのか。わたしが嗅いだ悪臭だって、きっと知っているに違いない。沼のようなスニーカーを脱ぎ、革靴労働をしているのか。

何を信じれば?
何も信じなければ?

画面を観ていられなくなり、最小化した。
音だけが、鳴っていた。

パンクロックと非正規労働のマンガを描いて、読者からの声を聴き、自分は憎まれていないんだとわかった。

なのに、どうしてわたしはいつも、差し伸べられた手に触れられないのだろう。

泥まみれの手を憎んでいるのはわたしだけで、他人はわたしの手を愛してくれる。ベルセバを着たわたしを、ヴィンテージのように眺める人もいる。

「本当のわたし」を知っているわたしは、うなだれる。汚れをシャワーで流し、化粧し、香水まで振る。

誰かの告解まで物語にするマンガ労働のやましさに耐えられない時、ハタチの時の罵声が、跳ね返ってくる。「殺されかかったうちらの話を、美談にすんじゃねー!」

そして、ベルセバの『The State I Am In』が脳内に流れる。告解した神父に、自分の罪を小説の題材にされてしまった主人公は、こう吐露する。

~今の僕は危険な気分だ / 趣味で市バスに乗るくらい、侘しいよ~

泥は剥がれ落ち、くすんでも履いていたスニーカーは加水分解した令和だ。「どうしようもない有り様(The State I Am In)」を聴きながら、洗濯機を回し、思い出していた。富士天神山スキー場で、やけになって暴れていた男たちと、ベルセバを着て気絶寸前だった自分を。本当に寒かったあの日を。

灼熱地獄のベランダで、ダンナのパンツのしわをのばし、へたったブラジャーを横に干した。あの日、同じ暴風雨の中にいた伝説的なパンクロッカーを想った。熱風が吹いて洗濯物が揺れる。

演者ではなく客としてやってきたジョー・ストラマーは、無名の英国人として、気を失いかけていた若者たちの足を拭いていた。

わたしは今年、ジョーが死んだ50歳になる。クーラーのある部屋ですら気絶して、誰の足もぬぐえぬまま。

空になった100均の洗濯籠を抱えて、冷えた部屋に戻った。

97年第1回。中止になった2日目のチケットを持って、わたしは下山した。最寄り駅には、2日目だけのチケットを握った、汚れていない同世代が到着し、その場で雨天中止をはじめて知り、地面に膝をついて突っ伏し、うなり声をあげていた。ネットで確認、なんてまだない世界だった。

下山組のワレワレは、そんな彼らを横目で観ながら、中止になってよかったと胸をなで下ろしていた。日本で初めての大型ロックフェス。2日間十分楽しむつもりだったのに、「死なずにすんだ!生き残れた!」という思いしか、もう残っていなかった。

2026年7月26日。天神山スキー場で死にかけた日からちょうど29年後が今日だ。日曜日の夜。

第1回フジロックの幻、マッシヴ・アタックが、古いノートパソコンの小さな画面に現れた。

現場にいないわたしの耳にも、その音が届き、轟いた。

敗北すらなくした地平で呆然と、ただその音を聴いていた。



90年代への鎮魂歌『彼岸花』/FUJI ROCK 第1回参加者・著


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