(掌編)-蒼夢『蟻』
(664文字)
青年は作業服のファスナーを下ろし、公園のベンチに身を投げ出した。
額には汗の粒が次々と浮かんだ。
足元の干からびた雨蛙が靴先に当たり、ダンボールの切れ端のように地面をくるくる回った。
蟻が列をなして歩いている。
青年は学生の頃、整列をするのが苦痛だった。
みんなと同じ体操服を着て、同じ方向を向いて立つ。
その絵が嫌だった。
大人になれば、自分で立つ場所を選べると思っていた。
気づけば、また、列の中にいる。
はみ出したくて、はみ出た先に、また、囚われる。
背中を丸めた老婆が、奥の部屋へ消えていった。
血管が浮き出た、シミだらけの震える手には、しわくちゃのお札が握られていた。
「ありがとう」
老婆はそう言った。
青年の鞄には、しわくちゃのお札が入っていた。
青年は祖母を思い出す。
祖母のこぼした砂糖に、蟻がどこからか集まっていた。
「ばあちゃん、また、砂糖こぼして」
小さな背中は蟻よりも小さく見えた。
砂糖をこぼしたのは祖母だったのに、
食べられていたのは祖母だった。
今日の老婆も蟻に群がられていた。
青年はがばと立ち上がり、作業服のファスナーを下から上げた。
青年は老婆の家に向かった。
「屋根、どこも悪くなかったです。いただいたお金、返します」
老婆は青年の顔をじっと見つめた。
青年は列から離れた蟻を思った。
青年の背中を、しわがれた声が追いかけてきた。
「ありがとう」
青年は、陽射しで頭がいかれちまったと思った。
たまたまだったと、蟻の列を踏んでいるのも気づかぬまま、青年は次の家に向かった。
インターホンに手を伸ばす。
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