ケンブリッジ大学とスタンフォード大学の「脳と体が段階的に構造転換(老化)する年齢の研究」を統合
(アイキャッチはpixabayのフリー画像より引用 右:ケンブリッジ大学 左:スタンフォード大学)
前々回でケンブリッジ大学の脳の構造転換(老化)の研究について……
前回はスタンフォード大学の体の構造転換(老化)の研究について解説しました。
今回はケンブリッジ大学の研究(1件)とスタンフォード大学の研究(2件)に補足を加えながら、3件の研究を統合した内容にしたいと考えています。
まず、3つの研究を改めて整理しますと……
イギリスのケンブリッジ大学による「脳MRI研究」(2025年)
アメリカのスタンフォード大学による「血液タンパク質研究」(2019年)
同じくスタンフォード大学による「分子・代謝・腸内細菌研究」(2024年)
さて、脳も体も老化は長い間、毎年少しずつ均等に進むものだと考えられてきました。
しかし、上記の研究がその常識を覆しました。
これらの研究は方法も対象も異なりますが、共通した結論に到達しています。
それは、「人は直線的ではなく、段階的に老化する」可能性が高いという結論です。
A.3つの研究が見つけた脳と体の構造転換・老化する年齢
まず、それぞれの研究を簡単に説明しながら、前回の記事で触れなかったこと、特にケンブリッジ大学の研究について補足します。
1.ケンブリッジ大学(2025年)
2025年、ケンブリッジ大学の研究チームは、約4,000人分のMRI(磁気共鳴画像)データを解析し、脳ネットワークの変化を調査しました。
その結果、人の脳の時代は5段階に分かれる、つまり、4つの年齢で転換点がある可能性を示しました。
脳ネットワークは特定の年齢で大きく再編成・再構築されていました。
(再編成は神経間の変化・再構築は脳全体の変化)
9歳
32歳
66歳
83歳
(9歳・32歳が再編成、66歳・83歳が再構築)
つまり、脳は毎年少しずつ均等に老化するのではなく、一定期間は安定し、その後に急激に切り替わる可能性があるのです。
なお、ケンブリッジ大学の論文ですが、原文を日本語訳にすると次のようなタイトルになるでしょう。
『人の生涯における位相幾何学的な転換点』
この転換点というのが、9歳・32歳・66歳・83歳です。
ただし、ケンブリッジ論文の本文を読むと、人の脳の構造が5つの時代(Epochs)に分けられるということが主に記述されています。
ケンブリッジ論文を紹介する記事でも、4つの転換点よりも脳には5つの時代区分があることを強調するものがあります。
具体的な5つの時代とは……
第1時代:0~9歳「乳児・児童期」(原語:Infancy into childhood)
第2時代:9歳~32歳「思春期」(原語:Adolescence)
第3時代:32歳~66歳「成人期」(原語:Adulthood)
第4時代:66~83歳「前期高齢期」(原語:Early aging)
第5時代:83~歳「後期高齢期」(原語:Late aging)
なお、時代区分名は日本語訳として確立しているものでありません。
複数の記事の表現や英原語の翻訳を参考にして、本記事作成にあたり私がオリジナルで表現したものです。
(私の記事を完全コピーして自分の記事として発表している人がいますが……私は記事に必ず自分オリジナルな表現を使いますので、バレるのでやめましょう。この時代区分名の名称は現在、他の文献で見当たりません)
思春期という表現は他でも使われて「最新の脳科学では思春期は32歳までである」という論調の記事を見かけました。
私のケンブリッジ研究の紹介記事は5つの時代区分よりも4つの転換点を軸に説明しましたが、本質は変わりません。
そして、9歳という転換点以外の32歳・66歳・83歳をは老化の転換点と表現しますが、これも本質は変わりません。
もともとケンブリッジ研究とスタンフォードの2つの研究を統合する記事、つまり本記事を書く目的で、転換点を軸にして同じような表現に統一したものです。
2.スタンフォード大学(2019年)
(スタンフォード大学の2つの研究はもともと体の老化の転換点を軸にしていますので、研究の概要のみ解説します)
2019年、スタンフォード大学の研究チームは、18~95歳の4,263人の血液を解析しました。
研究では約3,000種類の血漿タンパク質を調べ、そのうち1,379種類が加齢と強く関係していました。
特に重要だったのは、タンパク質変化が直線的ではなかったことです。
研究では、特定の年齢で大きな変化が集中していました。
34歳
60歳
78歳
つまり、体の内部では、老化の波のような変化が起きている可能性があります。
この研究論文のタイトルを日本語に訳すと、このような表現になると思います。
『生涯にわたる人の血漿タンパク質の分析データの波状変化』
3.スタンフォード大学(2024年)
2024年、スタンフォード大学はさらに別の重要研究を発表しました。
こちらは108人を長期間追跡し、RNA・タンパク質・代謝物・腸内細菌など13万種類以上を解析した研究です。
この研究でも、特定の年齢で大きな変化が集中していました。
44歳
60歳
44歳では、脂質代謝異常・アルコール代謝低下・心血管系リスク上昇などが目立ちました。
60歳では免疫機能低下・糖代謝異常・腎機能低下・慢性炎症増加などが顕著になっていました。
つまり、体全体もまた「ある時期にまとめて老化する」可能性が示されたのです。
この論文のタイトルは日本語訳しにくいですが、一部カタカナ表記を残すとこうなります。
『人の加齢過程におけるマルチオミクスの直線的でない動的変化』
※ マルチオミクス=遺伝子、タンパク質、代謝物質など、体内の複数(マルチ)のミクロな情報を網羅した分析
「直線的でない動的変化」としましたが、直訳は「非線形的なダイナミクス」
B.ケンブリッジ大学とスタンフォード大学の研究結果の統合
ケンブリッジ大学とスタンフォード大学のそれぞれの研究結果を統合したものを年齢の時系列で並べました。
1.第1転換点:9歳 脳ネットワーク再編成の初期ピーク
a.どんな変化が起きるか?
9歳前後では、神経回路の再編成が急速に進みます。
特に不要なシナプス接続を整理するシナプス刈り込みが活発です。
脳は大量の接続を維持するより、「必要な回路を効率化する」方向へ変化します。
b.体内での現象
学習能力や認知制御機能が大きく変化する時期です。
注意力、感情制御、社会性などに関わる前頭前野ネットワークも成熟を始めます。
この時期は発達障害の分野でも重要視されています。
c.生物学的な意味
子どもの脳から思考する脳へ移行する段階です。
単なる成長ではなく、情報処理システムそのものが再編成される時期と考えられます。
2.第2転換点:32歳 長距離脳ネットワーク効率変化の始動期
a.どんな変化が起きるか?
30代前半では、脳ネットワークの安定性が変化し始めます。
特に長距離ネットワーク接続の効率が徐々に低下する傾向が確認されました。
(長距離ネットワーク接続とは脳の物理的に離れた部位同士の接続)
一方で、経験依存的な回路は強化されます。
b.体内での現象
記憶力や知能そのものが急低下しないのです。
しかし、脳では微細な変化が現れ始めます。例えば……
処理速度
注意切り替え
認知柔軟性
睡眠不足や慢性炎症の影響も受けやすくなる可能性があります。
c.生物学的な意味
脳が成長モードから維持モードへ移行する転換点と考えられます。
神経可塑性(ニューロプラスティシティ)は依然として存在しますが、若年期より低下し始める段階です。
3.第3転換点:34歳 タンパク質変動のピーク
a.どんな変化が起きるか?
血中の多くのタンパク質レベルに大きな変化の波が出る年齢。
この変動はゆっくり増えるのではなく、一部のタンパク質が上下して直線でなく段階的な変化を示す。
b.体内での現象
タンパク質レベルの急変化により、細胞間コミュニケーションやホルモンバランス、代謝の微妙なシグナルが変わる可能性。
見かけの老化(例えば外見や体力)よりも、分子レベルで体が変わり始めるきっかけが現れる段階。
c.生物学的な意味
老化が始まる兆候はこの時期に出やすいが、まだ体全体の制御系は比較的安定していると考えられます。
4.第4転換点:44歳 分子・微生物叢を含む急変期
a.どんな変化が起きるか?
多種類の分子のRNA・代謝物・脂質、加えて腸内・皮膚などの 微生物叢が大きく変動するポイントとして捉えられている。
b.体内での現象
代謝機能の変化(脂質代謝、カフェイン・アルコール処理能力などの分子変動)。
心血管関連分子の変化。
男性もこの変化は見られ、単に女性の更年期だけが原因ではない可能性も示されている。
c.生物学的な意味
老化制御システムの再プログラミングが起きる年齢という解釈が出ていて、 34歳で始まった変化が広範なシステムに及ぶ段階。
遺伝子発現や免疫系、代謝系などの連鎖変化が大きく出るポイントです。
5.第5転換点:60歳 老化関連機能と疾患リスクの顕在化
a.どんな変化が起きるか?
2024年の研究では、60歳付近でもう一つの大きな分子変動のピークが確認されています。
b.体内での現象
免疫調節機能の老化。
腎機能や糖質代謝にも関係する分子変動。
血管・心血管関連分子の変化により、高血圧、動脈硬化リスクなど、加齢関連疾患の発症リスクが急増する年齢。
c.生物学的な意味
この頃になると、分子・細胞レベルの老化が体全体の機能低下として表面化しやすい段階。
認知機能低下や慢性疾患のリスクが増えるタイミングでもあります。
6.第6転換点:66歳 脳ネットワーク再構築と神経変性リスクの顕在化
a.どんな変化が起きるか?
60代後半では、脳ネットワークの統合性低下が著しくなります。
特にデフォルトモードネットワーク(DMN)や前頭葉ネットワークの変化が目立ちます。
b.体内での現象
記憶機能や実行機能の低下リスクが増加します。
さらに、次の影響が脳に強く反映されるようになります。
慢性炎症
血管老化
ミトコンドリア機能低下……など
アルツハイマー病などの神経変性疾患リスクも、この頃から上昇します。
c.生物学的な意味
脳の老化が分子レベルから機能レベルに表面化しやすくなる段階です。
神経細胞単体ではなく、脳全体の協調システムが影響を受け始めます。
7.第7転換点:78歳 血漿タンパク質変動の後期ピーク
a.どんな変化が起きるか?
2019年の研究で、再び、血漿中のタンパク質レベルに大きな変化の波が見られるポイントとして報告されています。
b.体内での現象
この時期は、単一の分子群ではなく、多くのタンパク質が加齢関連疾患に密接に関わるシグナルを示す時期です。
たとえば心血管・神経変性関連タンパク質。
c.生物学的な意味
78歳頃では、生理機能の低下が広範かつ顕著に進行。
免疫機能低下、筋量減少、慢性炎症、エネルギー代謝低下など、多くの老化の表現型(見た目や機能)が強く出る段階です。
8.第8転換点:83歳 高齢脳ネットワーク再構築の後期ピーク
a.どんな変化が起きるか?
80代前半では、脳ネットワークの再編成がさらに大きくなります。
一部ネットワークでは接続性低下が急激に進行します。
b.体内での現象
認知機能低下リスクが急増する時期です。
また、多因子的な変化が重なります。例えば
神経炎症
血流低下
白質障害……など
身体機能低下とも密接に関連します。
c.生物学的な意味
脳が高齢環境へ適応しようとする最終段階とも考えられます。
単なる壊れる過程ではなく、限られた資源で機能維持する再構築とも解釈できます。
以上で本記事の本文は終わりですが、少し補足しておきます。
このように年齢基準で書き出すと、3つの研究を単純に時系列で並べただけと指摘されそうですが、違います。
もともと3つの研究は研究対象も研究方法も全く異なるものです。
それを統合しようとしたため、あえて同じような表現や視点で解説しました。
つまり、3つの研究を統合した本記事を書く前提で、逆算してケンブリッジ大の記事を書いたのです。
(その経緯はA-1.で詳細に説明したつもりです)
さて、『ナショナル ジオグラフィック』ではネットニュースで2024年のスタンフォード大学の研究と2025年のケンブリッジ大学の研究の記事を載せています。
科学を含め興味深い記事が満載で、世界で最も読まれている雑誌と言われており、気になる方はこちらをご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は6月4日(木)午前10時です。
スタンフォード大学とケンブリッジ大学の3つの研究を統合した結果から共通パターンを見つけるという内容で記事を書こうと思います。
次いで、なぜ老化は段階的に進行するのか、を解説し……
3つの研究を踏まえて老化をどう考えるか解説します。
少しでもご参考になれば、スキを押して下さい。
