歌における自分らしさを“自分の絵柄”として答え合わせをしてみよー!【ちゃんドリル】
ゲスト出演ありんすでーす!!(というテー)
なんか前にも“自分の絵柄”として歌のアレコレを話した記憶が?歌い方を変えたとて?みたいな話だった記憶。
そして、今回の“自分らしさ”についても“自分の絵柄”という解釈で話してくれたみたいでしてん。そこでね?
前回に書いた“歌における自分らしさ”ってのを考え直したノートを、“自分の絵柄”として考えた場合、あちこの考えはマッチするのか?あらためて、見てみたいと思いますんね。
なお、今回のノートは“お絵かきさんあるある”のような内容になるのは、めんちゃい。あちこもいちお、クリスマスに1回ぐらいは“水彩色鉛筆”持ってるってなもんで。
🍓自分の絵柄も、基本“変わらない”よね。
歌における自分らしさも、自分の絵柄って概念も
基本、変わらないし
勝手に出てくるモノ
ってのは、どちらも同意ですんね。
あらためて、それってなんでだろ?って思ったとき、やっぱ
長年歌ってきて?描いてきて?“染みついたモノがある”
ってコトじゃないかな?って。この点に関しては、あちこも同意しますんね。
🍓何を描いても“自分の絵柄”が出てくる。
前回のノートでは『テルーの唄/手嶌葵さん』が自分にとって、あまりに特殊な歌に思えたので例に取りましたが
極論ですけど、たとえば
“アンパンマン”
なんていかがでそ?たぶんね?ちょっとでも絵を描いた経験があればそれっぽいアンパンマンが描けると思うんですけど、やっぱね?他の人のアンパンマンと見比べると
微妙にでも“ちがいが出てくる”
と思っていて、そのクセなのか捉え方ってのは“自分の絵柄”と言えるのではないか?って。
もうひとつね?昔の話で、かつ、自分のジャンル外、さらには自分の体感としての話なので、信ぴょう性はほぼ皆無ながら
同人文化が全盛期だった頃、その人の“自分の絵柄”ってよりも
ある作家さんの“男性キャラクターの描き方”
を、多く目の当たりにしていた時期がありましてん。決してカンタンに描けるような絵柄ではなかったのですけど、描く方それぞれが“非常に特徴を捉えていた”んですよね。
この話は“自分の絵柄”って観点で考えると、自分の絵柄が“見えにくくなる現象”だと思っていて、むずかしい絵柄でも分かりやすい伝わりやすいに加えて
“カリスマ性”
があると、この自分らしさ、自分の絵柄が見えにくくなる現象が起きやすくなるのではないか?って。『恋のミクル伝説』も“ある種のカリスマ性がある”と思ってましてん。
仮説ですけど、絵柄の話が出たのでつけ加えさせていただいて。なお、そのカリスマ性がある作家さんの絵柄特徴をあげると……
なんかタバコ吸ってた。
とだけ。詳細を語るには敷居高いんよなぁ(´・ω・`)
🍓絵柄みたいに“変えられなかった”んね。
あちこの考えですけど、たぶん自分の絵柄って
自分の“好きなモノ、描きたいモノ”を描き続けた結果、積み重なったモノ
だと思っていて、自分の描きたいモノを描き続けた結果、自分の絵柄は“自分の描きたいモノに収まっていく”って整理なのですが
この整理でいくとね?男性のあちこが女性曲が好きだからって、そのまま歌ってて“女性曲に合う自分らしさ”ができるか?ってコトなんですけど
何も考えずに歌っていたらおそらくそれは“ナイ”と思っていて、これって好きなモノを描き続けて変わっていく絵柄の話じゃなくて
色やタッチが決まっていて変えようがない“画材”
ぐらいの話じゃないか?って。イメージ的に
あちこが持っている画材が“極太マーカー”しかなくて
極太マーカーで“繊細な絵柄を塗ろう”としても、そりゃはみ出すよね?って。
なもんでね?もちろん女性曲を好きで歌う楽しさはありつつも、そんな弱点?欠点?ハンデ?を自覚しているからね
極太マーカーで繊細な絵柄を“どう塗っていくか?”
っていう、画材としてのあちこの見せ方?こだわり?を“自分らしさ”と言いたかったってのはあるかもですんね。
ここだけ、あちこの中では絵柄の話ではなく“画材の話”をしてたみたいですん?ぴぇぴぇ。
🍓といった感じに。
これはたぶん、はた目にはあちこのワユいクセに見えているのでしょうけど
合わない画材を使うしかないからこそ
そのクオリティや伝わり方は“人一倍気にしちゃう”
ってのは正直。それって「なんとか塗れてるね?」程度の感想だと、その画材を使う“意味がなくて”
その画材だからこそできた
“描き方、塗り方”
とかね?いつかそこまで踏み込みたいってゆー、あちこの希望?願望?野望?は正直あって、
ゆえに、“みんなちがっていて、みんないい”の中に自分はいるのかな?ってのは常に気にしてはいるかなぁ?
なお、自分の男性としての声を“極太マーカー”として例えましたけど、その極太マーカーで“見せどころをどう描くか?”ってのを考えて試してカタチにするってのは
それ自体は“あちこらしさ”なのかもしれないですんね。ぶひぃ。
