1日3時間以上練習してはいけない?――ショパンが弟子に教えた意外なピアノ練習法
「ピアノが上手になりたければ、とにかく長時間練習するしかない」
そんなイメージを持っている人は少なくないでしょう。
ましてショパンほどの天才なら、弟子たちにも朝から晩まで厳しい練習を課していた――と思ってしまいます。
ところが、実際のショパンの教えは少し違いました。
弟子の証言によれば、ショパンは長時間の練習をむしろ戒めていたのです。
そして、その考え方をたどっていくと見えてくるのは、「根性」や「練習量」とは違う、驚くほど合理的なピアノ教育でした。
「6時間練習しています」にショパンは怒った
ショパンの弟子だったカミーユ・デュボワは、興味深いエピソードを残しています。
ある日、彼女が1日6時間練習していることを話すと、ショパンは怒り、3時間を超えて練習することを禁じたというのです。
ショパン研究で知られるジャン=ジャック・エイゲルディンガーの『弟子から見たショパン』にもつながる証言で、19世紀のショパン研究家フリードリヒ・ニークスもデュボワの回想を記録しています。
ただし、ここで注意したいことがあります。
ショパン自身が教則本に、
「すべてのピアニストは絶対に1日3時間以上練習してはいけない」
と書き残したわけではありません。
あくまで弟子たちの証言から伝わった教育方針です。
しかも重要なのは、「3時間」という数字そのものではなかったようです。
ショパンが嫌ったのは、疲れ切った状態で、ただ指だけを機械的に動かし続けることでした。
弟子フリーデリケ・ミュラーに対しても、疲れているときには練習しないよう助言したことが伝えられています。
何時間弾いたかではなく、その時間にどれだけ集中し、自分の音を聴くことができたか。
ショパンにとって練習とは、単なる肉体労働ではなかったのでしょう。
「ドレミファソ」から始めないショパン
ショパンの教育法には、もう一つ面白い特徴があります。
普通、ピアノ初心者といえばハ長調。
白鍵だけなので楽譜も理解しやすく、「ド・レ・ミ・ファ・ソ」と指を置くところから始めることも多いでしょう。
ところがショパンは、人間の手にとってハ長調が必ずしも最も自然だとは考えていませんでした。
ショパンが基本的な手の位置として示したことで知られるのが、
ミ・ファ♯・ソ♯・ラ♯・シ
という並びです。
実際に机の上で右手を自然に置いてみると、この発想が少し分かります。
親指と小指は短く、人差し指、中指、薬指は長い。
ピアノの鍵盤も、白鍵と黒鍵では位置が違います。
そこで短い指を白鍵に、長い指を奥にある黒鍵に置けば、手を不自然にねじ曲げなくても指が収まりやすくなります。
ショパンは「楽譜として簡単かどうか」より、「人間の手にとって自然かどうか」を見ていたのです。
ハ長調はむしろ最後だった
さらに興味深い記録があります。
弟子カロル・ミクリの証言によれば、ショパンはスケールを教える際、黒鍵の多いロ長調、嬰ヘ長調、変ニ長調などから始め、ハ長調を最後のほうに扱いました。
理由は同じです。
黒鍵が適度に入ることで、指の長さの違いを自然に利用できるからです。
私たちはつい、
「♯や♭がない=簡単」
と考えます。
しかしそれは楽譜を「読む」側から見た簡単さ。
ショパンは鍵盤を「弾く」身体から考えました。
この発想は、現代から見ても非常に合理的です。
ショパンはピアノに人間の身体を無理やり合わせようとしたのではなく、人間の身体がどう動けば自然なのかを考えていたのです。
指を鍛えるだけでは音楽にならない
ショパンが重視したのは、単なる指の強さではありませんでした。
弟子たちの証言から浮かび上がるショパンのレッスンは非常に細やかです。
手の位置、タッチ、レガート、ペダリング、フレージング――。
生徒が弾けば、その一つひとつを注意深く聴き、必要なら自分で弾いて示しました。
そこにあるのは「もっと速く」「もっと強く」という単純な技巧主義ではありません。
ショパンが求めたのは、美しい音であり、自然に歌う音楽でした。
だからこそ、疲れた頭で何時間も同じ場所を反復することに疑問を持ったのでしょう。
3時間という話も、手に無理をさせないポジションも、黒鍵の多い調から始めることも、実は同じ思想につながっています。
無理をしてはいけない。
しかしそれは、「楽をしてよい」という意味ではありません。
短い時間だからこそ集中する。
自分が出した音を聴く。
身体の状態を感じる。
そして、音楽そのものを考える。
ショパンが求めた練習は、長時間弾き続けることより、ある意味ではずっと厳しかったのかもしれません。
200年前の教えが、現代にも響く理由
現代では、勉強でも仕事でもスポーツでも「何時間やったか」が努力の証明になりがちです。
ピアノも同じでしょう。
「今日は5時間練習した」
「私は8時間弾いた」
数字が増えるほど、努力したような気持ちになります。
しかしショパンの考え方に従えば、大切なのは時間ではありません。
疲れて集中力を失い、ただ同じ音を繰り返しているだけなら、その1時間にはどれほどの意味があるのか。
逆に、短時間でも自分の音を注意深く聴き、「なぜうまくいかないのか」「どんな音を出したいのか」を考えて弾けば、練習の密度は大きく変わります。
ショパンが生きたのは約200年前です。
ピアノも教育環境も、現在とは大きく違います。
ですから「現代人も絶対に3時間を超えてはいけない」と受け取る必要はないでしょう。
大切なのは数字の奥にある考え方です。
長く練習することと、よく練習することは同じではない。
ショパンが教えたかったもの
ショパンは《別れの曲》《革命》《幻想即興曲》など、現在では最高難度のピアノ作品を象徴するような音楽を残しました。
だからこそ、その本人が長時間の機械的な練習を戒めていたという事実は意外に感じられます。
しかし考えてみれば、ショパンらしいのかもしれません。
手に無理をさせない。
疲れたら弾き続けない。
指だけではなく頭を使う。
そして何より、自分の出している音を聴く。
ショパンにとってピアノは、指の力を競う機械ではありませんでした。
人間の身体と感性によって「歌わせる」楽器だったのでしょう。
「今日は何時間練習したか」
ではなく、
「今日はどんな音を聴くことができたか」。
ショパンが弟子たちに伝えようとしたのは、長く弾く方法ではなく、美しく弾くための方法だったのかもしれません。
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