ショパンのサインは、やっぱりショパンだった──4人の大作曲家の署名を見比べてみた
ショパン、モーツァルト、ベートーヴェン、ラヴェル。
誰もが知る大作曲家ですが、彼らが実際に書いた「自分の名前」を見たことはあるでしょうか。
楽譜ではありません。
手紙でもありません。
今回は、彼らが残したサイン(署名)を見比べてみます。
並べてみると、これが意外なほど違います。
華麗なもの。
意外に素朴なもの。
「これ、本当に名前?」と思ってしまうもの。
もちろん、筆跡だけから作曲家の性格を判断することはできません。
また、ここで紹介するものが、それぞれの作曲家が生涯まったく同じ形で使い続けた唯一のサインというわけでもありません。
それでも、200年ほど前を生きた人が実際に紙の上へ残した「自分の名前」を見ると、不思議なことに、その人が少し近く感じられます。
まずは、この人から見てみましょう。
ショパン──これはサイン?それとも小さな芸術作品?

最初に見たとき、
「さすがショパン……」
と思ってしまいました。
Frédéric Chopin。
文字が流れるようにつながり、大きな曲線を描きながら名前全体が一つの形になっています。
単に名前を書いたというより、どこか装飾のようにも見える。
今回、このサインが紹介されていた海外掲示板Redditでも、
「ショパンはいつだって芸術家だ」
「サイン自体が芸術作品のようだ」
という趣旨の反応が出ていました。
もちろん、
「繊細な音楽を書く人だから、繊細なサインになった」
などと結論づけることはできません。
でも、《ノクターン》《別れの曲》《雨だれ》などを知っている私たちは、この署名を見た瞬間、どうしてもショパンの音楽を重ねてしまいます。
音楽を知らずにこのサインだけを見せられたとしても、何かを表現する仕事をしている人の署名だと思ってしまいそうです。
モーツァルト──思っていたより、かわいらしい?

続いてモーツァルト。
ショパンとはずいぶん印象が違います。
Wolfgang Amadé Mozart。
今回の署名資料は1780年頃のものです。Wikimedia CommonsではPublic Domainとして公開されています。
特徴的なのは、最後の部分。
くるりと回り込むような線が入り、最後に小さな点まで付いています。
海外でも、このモーツァルトの署名を見て、
「想像していたモーツァルトのサインそのもの」
という反応がありました。
分かるような気もします。
モーツァルトの音楽には、恐ろしいほど精巧に作られているのに、表面では軽やかに笑っているような作品があります。
ただ、ここでも注意したいのは、
「サインが軽やかだからモーツァルトも軽やかな性格だった」
という話ではないことです。
実際、人間モーツァルトの人生はそんなに単純ではありません。
だからこそ面白い。
私たちは音楽や肖像画によって、知らないうちに「モーツァルト像」を作っています。
そこへ本人の署名が現れると、
「ああ、この人が本当に自分の手でMozartと書いていたんだ」
という妙な実感が生まれます。
ベートーヴェン──楽譜より読める?

そしてベートーヴェン。
私はこの4人の中でも、これがかなり面白いと思います。
というのも、ベートーヴェンの自筆譜をご覧になったことがあるでしょうか。
書き直し、消し込み、音符、線。
創作の途中にある楽譜には、激しい格闘の跡がそのまま残っているようなものがあります。
ところが署名を見ると、
「Beethoven」と意外なほど分かる。
Redditでも、
「彼の楽譜の書き方を考えると、サインが読めるなんて信じられない」
という趣旨のコメントがありました。
これには少し笑ってしまいました。
ただ、この署名を見ていると別のことにも気づきます。
ベートーヴェンは、私たちにとってあまりにも巨大な存在になりました。
《運命》《第九》《月光》。
「楽聖」とまで呼ばれます。
でも、紙に残されたBeethovenという文字を見ると、そこにいるのは神話の中の「楽聖」ではありません。
自分の名前を自分の手で書いた、一人の人間です。
サインには、そんな歴史との距離を縮める力があるのかもしれません。
ラヴェル──100年前のサインなのに、まるでロゴ

最後はモーリス・ラヴェル。
これは4人の中でも異質です。
「RAVEL」
大胆です。
細かな装飾を重ねるのではなく、名前そのものを一つのデザインにしてしまったように見えます。
今回の画像は、1919年に出版されたラヴェルの《クープランの墓》の表紙にある署名に由来するものです。Wikimedia CommonsではPublic Domainとして公開されています。
100年以上前のものなのに、現代のブランドロゴとして出てきても、それほど違和感がないようにも見えます。
海外のコメントでも、
「おしゃれなラヴェル」
という反応がありました。
これも妙に納得してしまいます。
《ボレロ》の作曲家として有名ですが、ラヴェルの音楽には細部まで精密に組み立てられた作品が多くあります。
だから、この大胆な署名を見て、
「やっぱりラヴェルらしい」
と言いたくなる。
でも、本当にそうなのでしょうか。
私たちは先にラヴェルの音楽を知っているから、このサインまで「ラヴェルらしく」見えているだけなのかもしれません。
そこも含めて面白いのです。
サインだけで、人間は分からない
4人の署名を並べてみると、驚くほど違います。
ショパンは、装飾的。
モーツァルトは、どこか軽やか。
ベートーヴェンは、意外に読める。
ラヴェルは、まるでロゴ。
けれど、これだけを見て、
「だからショパンはこういう性格だった」
「だからラヴェルはこういう人間だった」
と決めつけることはできません。
そもそも人は、いつも同じ署名を書くとは限りません。
急いで書くこともあれば、正式な文書へ丁寧に書くこともある。
時代によって署名の形が変化することもあります。
だから今回の4枚も、彼らが残した署名の一例として見るのがよいでしょう。
それでも私は、こういう資料を見るのが好きです。
教科書の中にいる作曲家が、突然、生身の人間に戻ってくるような感じがするからです。
200年以上前、ショパンが紙にペンを置いた。
モーツァルトが自分の名前を書いた。
ベートーヴェンもBeethovenと書いた。
ラヴェルもRAVELと残した。
その手はもうありません。
けれど、その手が動いた跡は、今も残っています。
音楽とは違う、作曲家が残したもう一つの小さな痕跡。
皆さんは、この4人の中で、
誰のサインが一番好きでしょうか。
私は――やっぱりショパンが気になります。
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