なぜ風俗にハマってしまうのか : 中年男性とドパガキ論
待機室で、同僚のミナちゃん(仮名)がスマホから顔も上げずに言いました。
「さっきのお客さん、ドパガキだったわ」
ドパガキ。
「ドーパミン中毒のガキ」の略で、SNSのショート動画やソシャゲの強い刺激に慣れきって、常に新しい刺激がないと落ち着かない人を揶揄するネットスラングです。
若い子たちの間では、もう自虐語として日常会話に混ざっています。
ただ、ミナちゃんが接客したのは、たしか50代の男性でした。
「え、年上の人にも言うんだ」
「言うよ。ドパおじ」
そのときは一緒に笑いました。でも帰り道で、ずっと引っかかっていました。
「実は大人にも当てはまる」で終われない理由
この言葉について調べると、だいたい同じ結論にたどり着きます。若者を笑う言葉に見えて、本当はスマホを持つ現代人全員に刺さる言葉なんですよ、という結論です。
それは正しいと思います。私自身、気づけば同じショート動画を三周していることがあります。
風俗にも、そのまま当てはまりそうに見えます。強い刺激があって、繰り返すほど慣れて、もっと欲しくなる。
だからハマる。
強い言葉で言うと「風俗依存」になる。
ドーパミンのせいだ、と。
でも、実際に働いていると、そんな単純な説明では足りないことが出てきます。
ドーパミン=「快感物質」という誤解
まず、ドパガキという言葉そのものに、大きな誤解が含まれています。
ドーパミンは快感の物質だと思われています。
でも1998年、バーリッジとロビンソンが発表した研究で、この理解は大きく修正されました。
ドーパミンが報酬の学習に関わっていること自体は今も確かで、修正されたのは「ドーパミンが出ている状態=気持ちいい状態」という部分です。
「ドーパミンが出ている状態=気持ちいい状態」は単純な図式に落とし込みすぎです。
彼らが示したのは、「欲しい(wanting)」と「気持ちいい(liking)」が、脳の中で別々に動いているということでした。
誘因顕著性、と呼ばれる考え方です。
ドーパミンが強く関わっているのは、後者ではなく前者です。つまり「気持ちいい」ではなく、「そこに手を伸ばしたい」「欲しい」という、引っぱられる感覚のほうです。
これは実感として分かる話だと思います。ショート動画を二時間見たあと、楽しかったと感じる人はほとんどいません。楽しくないのに手が止まらない。
wanting(欲しい) だけが動いて、liking(気持ちいい) が動いていない状態です。
はまるというのは、気持ちよくてやめられないことではありません。気持ちよくないのに手が伸びることです。
この二つは、脳の中では別のものでした。
こんなことはありませんか?
風俗のお店を出た後に虚しさを感じる。
「また大金を使ってしまった」とへこむ。
「もうしばらくは行かない」と心に決める。
でも数日たつと、また風俗サイトを見ている…。
それはwanting(欲しい) が動いて、liking(気持ちいい) があまり動いていない状態です。
※正確にはliking(気持ちいい)も動いています。でも、それよりもwanting(欲しい)がより強く動いていると考えてください。
指名記録が示す、若者と中年の違い
お店にいると、誰が誰を指名するのかなんとなくわかってきます。
20代前半のお客さんは、ほとんどリピートしません。来るたびに違う子を選びます。プロフィールを見比べて、新人が入ればそっちに行きます。
これは分かりやすくドパガキ的です。
新しい刺激を、次々にスワイプしています。
ところが40代、50代の常連さんは、真逆の行動をとります。同じ子を、何ヶ月も、ときには何年も指名し続けます。
ここは一見、噛み合いません。
刺激に慣れて、より強い刺激を求めているのなら、同じ相手を選び続けるのは一番非合理な選択です。
慣れた相手ほど新しさ(刺激)は落ちます。
一人、長く私に通ってくれている50代の方がいます。
最初の頃は、毎回違う女の子を試していたそうです。
今は月に二回、同じ曜日の同じ時間に予約が入ります。
部屋に入ってからの会話の入り方も、毎回ほとんど同じです。前回話した話題の続きから始まります。
これは別に「私が優秀な風俗嬢だ」と言いたいわけではありません。
言いたいのは、若者と中年で脳のモードが異なるのでは?ということです。
違うモード、違う欠乏
若いお客さんが毎回違う子を選ぶのは、wanting (欲しい)のモードです。新しさそのものが、引っぱる力になっています。予約する瞬間がピークで、終わればまた次を探す。
ドパガキという言葉は、この動き方をよく言い当てています。
一方で、常連さんが同じ相手に戻ってくるのは、wanting(欲しい) だけでは説明できません。新しさがないのだから、引っぱる力は弱いはずです。
それでも来る。
あれは liking (気持ちいい)を取りに来ている行動です。
つまり中年男性は、wanting (欲しい)で店の入り口に立って、liking(気持ちいい) で部屋に入ってきます。予約するまでは若い人と同じ回路で動いていて、部屋に入ってから別の回路に切り替わる。
若者との違いは、脳の性能ではないと思います。
何が希少品か、の違いです。
20代にとって希少なのは、新しい相手です。
だから wanting (欲しい)が引っぱる方向に、そのまま行けます。
40代、50代にとって希少なのは、新しい相手ではありません。背負わなくていい時間のほうです。
同じ脳が、それぞれの生活で足りていないものを取りに来ているだけでした。
wanting? liking? どちらのモードが強いのか
ここまでの話は、たぶん自分で確かめられます。
先に一つ。
通っている回数や、本指名が続いているかどうかは、あまり判断材料になりません。
惰性で続いている本指名もありますし、月に一度でも wanting (欲しい)で動いている人もいます。見るのは回数ではなく、行動の細部です。
予約するとき、誰と会うかより、何をするかを先に考えていますか。
予約を取った瞬間のほうが、実際に会っている時間より高揚していませんか。
終わった直後に、もう別の店や別の嬢のプロフィールを見ていませんか。
女の子の話を忘れていませんか?
行かない週は、落ち着かないですか。
前の4つで思い当たるものが多いほど、wanting(欲しい) 寄りです。
最後の質問で「落ち着かない」なら、それは癒しを取りに来ているのではなく、引っぱられているサインだと思います。
中年男性が買っているもの
はっきりしたことが、ひとつあります。
40代50代の男性が風俗にはまるのは、刺激に飢えているからではありません。入り口までは確かに刺激が引っぱっています。
でも、部屋の中で受け取っているものは別です。それが別だから、同じ相手のところに戻ります。
その受け取っているものを、私たちは「癒し」と呼んでいます。
ただ、この言葉は便利すぎて、実は何も説明していません。
癒しとは何なのか。
気持ちよくなることなのか、そうではないのか。
そしてなぜ、中年という年齢で、それが時間を買ってまで手に入れるものになるのか。
心理学には、かなり正確な説明があります。
でも長くなるので、続きは別の記事にします。
ミナちゃんに、あのとき言えなかったことがあります。
あのお客さんはドパおじじゃないよ、と言いたかったのです。
でも半分は当たっているから言えませんでした。
彼は確かに刺激に引っぱられて、この店の前まで来ています。それは本当です。
でも彼が指名したのはミナちゃんで、来月もたぶんミナちゃんです。
これは刺激の話だけでは説明できません。
