塾の送迎お父さん
住宅街にあった塾で働いていた頃の話です。
塾から少し離れた場所に、昔からの集落がありました。
距離があるため、自転車では通えません。
その地域の保護者の方々は、交代で子どもたちを車で送迎していました。
小学6年生で入塾した女の子3人組も、その一組でした。
中学卒業までの4年間。
保護者の皆さんは交代しながら、毎週送り迎えを続けてくださいました。
3人とも本当によく頑張り、第一志望の高校に合格。
卒塾の日、送迎を担当していたお父さんと少し話す機会がありました。
「4年間、本当に送迎ありがとうございました」
そう声を掛けると、お父さんは少し照れたように笑って言いました。
「いやいや、こちらこそ先生には本当に感謝しています。先生は、よく娘のいいところを見つけて褒めてくれたり、成績が下がったときに励ましてくれたり、本当によく支えていただきました」
「お恥ずかしいです。でも、よくご存じですね」
お父さんは笑いながら教えてくれました。
「車の中で、娘と友達がずっと塾の話をしてるんです」
「今日はA先生がこんなこと言ってくれた」
「B先生の授業はめちゃくちゃわかりやすい」
「友達とこんなことがあった」
「テストどうだった」
送迎の時間は、いつもそんな話でいっぱいだったそうです。
「私らの世代からしたら、塾なんて勉強するだけの場所だと思っていました」
「でも娘たちの話を聞いていると、本当に毎回楽しそうで」
「先生方には感謝しきれません」
そして最後に、お父さんが少し寂しそうに言いました。
「この塾の送迎も、今日で最後なんですよ」
「こうやって娘や友達と一緒に、学校ではない外の世界の話を聞ける時間も終わりなんだなと思うと、少し寂しくて」
その言葉が、今でも忘れられません。
送迎は大変です。
仕事が終わって急いで迎えに行き、帰りもまた車を出す。
「面倒だな」と思う日があっても、何も不思議ではありません。
でも、その時間は親子にしか作れない時間でもあります。
家では聞けないこと。
友達との何気ない出来事。
先生とのやり取り。
親が知らない子どもの世界。
そんな小さな出来事が、車の中にはたくさん詰まっています。
あの日のお父さんは、送迎を「負担」ではなく、「娘と過ごせる大切な時間」として受け止めていました。
教育の現場で長く働いてきましたが、あの言葉は今でも心に残っています。
送迎が終わる日は、子どもの卒業の日であると同時に、親にとっても一つの卒業の日なのかもしれません。
