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イオンモール熊本爆発~犯人捜しの前に~

8月23日未明、茨城県南部を震源とする地震があり、関東の広い範囲で震度5弱を観測した。
この直後、SNS上には「地震が起きても、会社は出社しろと言った」という類の投稿が流れた。
実際にそう言われた人の投稿なのか、繰り返し使われる定型文なのかは、正直分からない。
ただ、こうした投稿が地震や台風などのたびに拡散されるのは、共感性を伴っているからだろう。
その共感性の根拠が、今回の事故でも露わになってしまった。

滅私奉公

滅私奉公の起源を辿れば、比較的新しく、しかも意図的に作られた規範である。
「私心を捨てて、公のために尽くす」という滅私奉公の精神は、江戸時代の武家社会に、すでに根付いていた。
ただし、これはあくまで武士という、特定の身分の倫理だった。
慶應義塾大学の研究によれば、この価値観が社会全体に広く浸透したのは、戦時中の「職域奉公」という国家的な動員政策にあったとされ、
「公への滅私奉公の労働観は、必ずしも日本人の伝統的価値意識に基づいた自発的なものではない。むしろこれは、職域奉公という標語が、戦時国民の日常生活を律する規範として盛んに説かれた時代の産物だ」
という指摘がある。
これは戦後、企業という「家」に看板を掛け替えて生き延びた。
サービス残業や休日出勤という滅私奉公は、いつしか日本人の変わらぬ国民性であるかのように、語られるようになった。

売上金のための指示

7月28日の地震のあと、イオンモール熊本のテナントの一つ、雑貨店「ハビタ」では、営業部長が店長を通じて外に避難していた従業員2人に、売上金の保管のため、店に戻るよう指示した。
そしてそのお二人は、爆発に巻き込まれて亡くなった。
 
ご遺族によればハビタの説明は当初、「亡くなった従業員本人が、荷物を取りに戻りたいと話したことを受けて、指示に至った」としていた。
その後は、金庫への入金を頼んだこと自体は認めながら、「イオンが入っていいと言うなら」という条件をつけていたことを、強調するようになったという。
しかし8月22日、ハビタの代表取締役や営業部長らが遺族のもとを訪れ渡した文書には、そうした事実はなく自社の責任を転嫁するものだったと記されていた。

身を挺する義務

公共のために身を挺することが職務に組み込まれている職業がある。
警察、消防、自衛隊、海上保安官のほか、災害対策基本法上の防災関係機関の職員(電力・ガス・水道などのライフライン事業者、医療従事者の一部)も法律や業務規程で、緊急時の参集・出動義務が定められている場合がある。
ただし、これらの職業であっても、無制限の自己犠牲までは求められていない。労働安全衛生法や、各機関の内部規程で、隊員・職員自身の安全確保手順が、別途定められているのが一般的である。
 
それ以外の職業には、そもそも論としてそんな義務はない。
日本の労働法制は、「労働力の提供と対価の交換」であり、法的には滅私奉公を強制する根拠などあるはずがない。
労働基準法上、使用者は「労働者の生命・身体の安全に配慮する義務(安全配慮義務)」を負っており、これは災害時も含まれる。
企業のBCP(事業継続計画)ガイドラインでも、内閣府や中小企業庁の指針は一貫して「まず従業員・家族の安全確保、その後で事業継続対応」という順序を原則としている。
技術士倫理綱領のような専門職の倫理規範でも、公衆の安全を最優先とするが、組織や上司への絶対服従を求めるものではないとされている。
 故に、雑貨店の従業員に対して、会社が売上金を守るために戻るよう指示していたことは、明らかに原則を逸脱した行為との責めを受けてもしょうがない。

刑事責任の追及

これを報道した週刊新潮の取材に対し、元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝氏は「地震直後は、爆発のみならず建物が崩壊するなどさまざまな不測の事態を予見して、イオンやテナント側は再入館しないよう徹底しなければならなかった。それを怠ったとなれば、刑事責任の追及は可能」と述べている。
社労士の北村庄吾氏も、労災、民事上の損害賠償の可能性に言及している。
 
ハビタの二転三転する説明を見れば、ご遺族の怒りは正当なものだと思う。
そして、真相の解明を求めるのは当然のことであり、それを知った我々も共感することは当然のことだ。
それでも、事故調査と司法は別に扱わなければならない。

事故調査と司法

事故調査委員会による事実解明は、まだ始まったばかりである。
この段階で、刑事責任の追及という一点に、社会の関心が先走ってしまうことは、非常に危険だ。
事故調査と司法手続き(刑事責任、民事責任の追及)は、目的が違う。
事故調査の目的は、何が起きたのか、なぜ起きたのかを解明し、再発防止につなげることにある。
この調査が機能するためには、関係者が責任追及を恐れることなく、正直に事実を語れる環境が必要である。
事故調査時の証言が、そのまま刑事責任の追及に使われるという空気が広がれば、関係者は自身に都合の悪い事実を隠すようになるのは必然だ。

過去の事例

「スペースシャトル チャレンジャー号の爆発事故」(1986年)は、技術者業界では有名な事例だ。
低温下でのOリングの性能低下を、事前に懸念していた技術者たちは、打ち上げの延期を提言していた。
しかし、その警告は、スケジュールを優先する組織の圧力によって、握りつぶされた。
技術者の一人がサインを拒否した書類には、上司が勝手に署名をし、打ち上げが強行された。
しかも事故後、公聴会で真実を語った技術者たちは、社内で左遷された。
この報復人事は、後に事故調査委員会自身によって問題視されている。
 
「三菱自動車のリコール隠し」も、その典型である。
大型トラックのハブ(車軸と車輪をつなぐ部品)破断事故が1992年以降繰り返し起きていたが、同社は長年その原因を「使用者側の整備不良」として、外部に転嫁し続けた。
2002年、横浜市で母子3人が死傷する事故が起き、警察の家宅捜索によって、初めて組織的なリコール隠しが発覚した。
社内資料からは、交換基準を厳しくすれば国からリコールを迫られかねないという理由で、根拠のない基準があとから作られていたことも分かっている。
会社の利益を優先し、隠蔽を長期化させた一例である。
 
「東京女子医大事件」では、別の危うさを示唆している。
心臓手術中の医療事故で患者が死亡したこの事件では、大学が最初に作成した内部報告書が恣意的に作られたものだったと判明し、当初は業務上過失致死罪に問われた人工心肺を操作していた医師は無罪、手術を担当した医師はカルテを改ざんしたことが判明し、証拠隠滅罪で有罪となった。

今、やらなければならないこと

国際的な航空分野には、過去の教訓を踏まえた明確な原則がある。
日本も批准するシカゴ条約第13付属書では、
「事故又はインシデント調査の唯一の目的は、将来の事故又はインシデントの防止である。罪や責任を課するのが調査活動の目的ではない。」
と定めている。
調査で得られた証言を、それ以外の目的に利用することも禁じている。
 
今回の事故については、2つの調査体制が並行して動いている。
一つは、経済産業省が主体となる「国の事故調査委員会」である。
9月3日に初会合を開く予定で、法律に基づく公的な調査にあたる。
もう一つは、イオンが自主的に設置した「外部有識者による事故調査委員会」である。
 
遺族が真相の解明と責任の追及を求めることは当然だ。
しかし、その順序を間違えてはいけない。
まず、事故調査委員会が、公正に何が起きたのかを解明する。
責任の所在を問う手続きはその後だ。
現時点で犯人捜しだけに世論が向かえば、本当の核心的な原因にたどり着けないままになってしまう。
それは、将来また同様の事故が起きたとき、それを防げなかった責任は「今の世論」ということになる。
「世論」という抽象的な表現で示される「我々」が判断を誤れば、それは、将来の加害者になりかねない。
我々がなすべきは、「同じ過ちを繰り返さないこと」、それだけだ。

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