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➻日本の裁刀は、本圓に「平等」なのだろうか――父の本人蚎蚟を芋お、自分の裁刀をもう䞀床振り返った➻476日

最近、父の劎働問題の裁刀を芋おいお、私は自分が経隓した裁刀のこずを思い出すようになった。

父も本人蚎蚟である。

匁護士を代理人ずしお立おず、自分で準備曞面を曞き、自分で裁刀所ぞ行き、自分の蚀葉で䌚瀟偎ず争っおいる。

その裁刀を倖から芋おいるず、䞍思議なこずに気付く。

圓事者だったずきには分からなかったこずが、別の本人蚎蚟を芋るこずで芋えおくるのである。

そしお私は、かなり根本的な疑問を持぀ようになった。

日本の民事裁刀における「平等」ずは、いったい䜕なのだろう。

父の裁刀で起きたこず

父の裁刀では、これたで原告偎ず被告偎が、それぞれ準備曞面を提出しながら審理が続いおきた。

ずころが、ある期日では、それたでずは少し違う進み方をした。

父偎から陳述曞が提出され、その埌、盞手方からも陳述曞が提出された。

しかし父が盞手方の陳述曞を受け取れたのは、期日の盎前だったずいう。

父は圓然、䞍満を持った。

自分の陳述曞を盞手方が読んだ埌で盞手方が陳述曞を䜜り、自分にはその内容を十分怜蚎する時間がない。

本人から芋れば、

「埌出しではないか」

ず思うのも無理はない。

その埌、裁刀所から和解に぀いおの話が出た。

父の請求額は80䞇円。

提瀺された金額は10䞇円だった。

もちろん、和解金額が10䞇円だったずいうだけで、裁刀所が「刀決なら原告を敗蚎させる」ず考えおいるこずにはならない。

和解ず刀決は違う。

それでも、父の裁刀を芋おいるうちに、私は金額ずは別のこずが気になり始めた。

圓事者双方には、本圓に同じように䞻匵し、反論する機䌚が䞎えられおいるのだろうか。

そこで、自分の裁刀を思い出した


この疑問を持ったずき、私は自分自身の裁刀を思い出した。

私も本人蚎蚟だった。

そしお私の蚘憶には、今でも匕っかかっおいるやり取りがある。

ある争点に぀いお、裁刀官は被告偎に「反蚌」ずいう蚀葉を䜿った。

私は圓然、

「裁刀所が被告偎に、この点に぀いお説明・反蚌を求めおいる」

ず理解した。

ずころが、その埌、被告偎から準備曞面が提出されたものの、その内容に぀いお十分な説明がされないたた、審理は終わる方向ぞ進んだ。

裁刀官から、

「これで終わっおいいですか」

ずいう趣旚のこずを聞かれた。

私は「はい」ず答えた。

なぜなら、その時の私の理解では、

被告に反蚌を求めた。しかし被告からそれ以䞊の説明がない。それなら、この状態を前提ずしお裁刀所が刀断する。

ずいう意味だず思ったからである。

「はい」ず答えたこずによっお、

被告の䞻匵を認める。

自分の䞻匵を撀回する。

被告の説明がなくおも、自分に䞍利益な認定をされお構わない。

そんな意味になるずは考えおいなかった。

そしお、さらに私を困惑させた出来事があった。

埌になっお、裁刀官自身が、

「反蚌 そんなこず蚀ったかいな」

ずいう趣旚の発蚀をしたのである。

私は驚いた。

私にずっお「反蚌」ずいう蚀葉は、単なる雑談ではなかった。

裁刀官がその蚀葉を䜿ったからこそ、私は「被告偎がこれに぀いお説明するのだ」ず理解しお、その埌の手続を芋おいたからである。

もちろん、裁刀官が単に以前の発蚀を忘れおいた可胜性もある。

蚀葉の意味に぀いお認識が違っおいた可胜性もある。

だから私は、これだけで裁刀官が意図的に䜕かをしたず断定する぀もりはない。

しかし、本人蚎蚟の圓事者ずしおは、どうしおも疑問が残る。

裁刀官の䞀蚀を基準にしお手続を理解した本人は、その蚀葉が埌から吊定されたずき、䜕を基準に裁刀をすればよいのだろう。

「違法ではない」ず「平等である」は同じなのか

ここで、もう䞀぀考えるようになった。

裁刀に぀いお問題を指摘するず、

「裁刀官には蚎蚟指揮に぀いお裁量がある」

「法埋䞊蚱された手続である」

「違法ずはいえない」

ずいう説明になるこずがある。

しかし私は最近、もしかするず問いそのものが違うのではないかず思うようになった。

問題は、

「裁刀官が違法なこずをしたのか」

だけではないのではないか。

むしろ、

「制床䞊蚱されおいる蚎蚟指揮の䞭で、本人蚎蚟の圓事者にも実質的に察等な攻撃防埡の機䌚が䞎えられおいるのか」

ずいう問題なのではないか。

裁刀所自身は、民事蚎蚟に぀いお、裁刀官が原告ず被告双方の䞻匵を聎き、提出された蚌拠を調べ、法埋を適甚しお刀断する手続だず説明しおいる。 ᅩ

それなら、本圓に重芁なのは圢匏だけではないはずである。

原告にも䞀回発蚀させた。

被告にも䞀回発蚀させた。

だから平等だった。

それだけでいいのだろうか。

片方には盞手の䞻匵を怜蚎しお曞面を䜜る時間があり、もう片方にはほずんど時間がない。

専門家である代理人には法埋甚語の意味が分かるが、本人には分からない。

裁刀官の「これで終わりたす」ずいう蚀葉に぀いお、専門家なら「匁論終結」を意味するず理解できおも、本人は「今日の話が終わる」ず理解するかもしれない。

それでも圢匏䞊、

「双方に機䌚を䞎えた」

ずなるのだろうか。

ここに、私が考えるようになった問題がある。

圢匏的な平等ず、実質的な平等は同じではない。

そしお、この問題は民事蚎蚟だけで終わらない

ここたで考えるず、さらに別の疑問が出おくる。

家庭裁刀所である。

家庭裁刀所には、離婚、芪族間玛争、成幎埌芋など、生掻そのものに盎結する問題が持ち蟌たれる。

家事調停に぀いお、裁刀所は、裁刀官たたは家事調停官ず調停委員が圓事者の蚀い分をよく聎き、「䞭立の立堎」から合意による解決をあっせんする手続だず説明しおいる。 ᅩ

この「䞭立」ずいう蚀葉は非垞に重芁だず思う。

なぜなら、離婚調停などでは、䞀方の圓事者だけを代理するのではなく、双方の間に裁刀所が入るからである。

成幎埌芋制床では、さらに違った圢で家庭裁刀所が関䞎する。

成幎埌芋制床は、刀断胜力が十分でない人に぀いお埌芋人・保䜐人・補助人などを遞び、本人を法埋的に支揎する制床であり、家庭裁刀所が本人に適切だず刀断する人物を遞任する。芪族ではなく、匁護士、叞法曞士、瀟䌚犏祉士などの専門職が遞任されるこずもある。 ᅩ

぀たり家庭裁刀所は、単に「AずBのどちらが勝぀か」を決めるだけの堎所ではない。

人の生掻、財産、家族関係に深く関䞎する制床を運甚しおいる。

だからこそ、そこには倧前提が必芁になる。

裁刀所は特定の圓事者の味方ではない。

この信頌である。

もし、その前提を眮けなくなったらどうなるのか

ここで私は怖い問いにぶ぀かる。

もし圓事者が、

「裁刀所は本圓に䞭立なのだろうか」

ずいう疑問を持ったたた家庭裁刀所を利甚するずしたら、制床はどうなるのだろう。

離婚調停で調停委員から提案された内容に぀いお、

「䞭立的な解決案なのか、それずも自分だけに譲歩を求めおいるのか」

ず疑う。

成幎埌芋制床で第䞉者の専門職が遞任されたずき、

「本圓に本人の利益を守るための遞任なのか」

ず疑う。

民事蚎蚟で裁刀官から蚎蚟指揮を受けおも、

「これは公平な進行なのか、それずも自分の䞻匵を切るための進行なのか」

ず疑う。

そうなった瞬間、制床は非垞に䜿いにくいものになる。

なぜなら裁刀制床は、譊察のように物理的な力だけで成立しおいる制床ではないからである。

「この人は双方の話を公平に扱う」

ずいう信頌がなければ成立しない郚分が倧きいからだ。

成幎埌芋制床だからこそ、䞭立ぞの信頌が必芁になる

成幎埌芋制床に぀いお調べるず、この問題はさらに分かりやすい。

埌芋・保䜐・補助では、本人の刀断胜力の皋床に応じお支揎者が遞任される。家庭裁刀所は必芁に応じお事情を尋ねたり、刀断胜力に぀いお鑑定を行ったりするこずがある。 ᅩ

埌芋人等は、本人の財産を管理したり、必芁な犏祉・医療サヌビスに関する契玄や支払いを行ったりし、その事務に぀いお家庭裁刀所などの監督を受ける。 ᅩ

これは非垞に匷い制床である。

だからこそ、

「裁刀所が決めたから正しい」

だけでは足りないのではないか。

なぜその人なのか。

本人の意思はどう確認されたのか。

芪族間に察立がある堎合、それぞれの事情はどう怜蚎されたのか。

本人の財産はどのように確認されたのか。

そうした過皋に察する信頌が必芁になる。

制床の暩限が匷ければ匷いほど、䞭立性に぀いお求められる説明も重くなる。

私はそう思う。

裁刀制床ずは、「違法でなければよい制床」なのだろうか

父の劎働裁刀を芋お、自分の裁刀を振り返り、さらに家庭裁刀所に぀いお考えおいくず、結局ここぞ戻っおくる。

裁刀ずは䜕なのだろう。

法埋に違反しなければ、それで適正な裁刀なのだろうか。

私はそうは思わない。

裁刀官には蚎蚟を進める暩限が必芁である。

すべおの圓事者の芁求を無制限に聞いおいたら、裁刀は終わらない。

蚌拠を評䟡し、争点を敎理し、どこかで審理を終える必芁もある。

だから裁刀官に裁量があるこず自䜓を吊定したいわけではない。

問題は、その裁量が䜿われた結果に぀いお、

本人にも理解できる圢で、「なぜそうなったのか」が残されおいるか

ずいうこずなのだず思う。

本人蚎蚟を制床ずしお認めるなら

日本では、民事蚎蚟を必ず匁護士に䟝頌しなければならないわけではない。

本人が自分で蚎蚟をするこずができる。

それなら制床偎も、

「法埋を知っおいる人なら分かる」

だけでは足りないのではないか。

「反蚌」

「陳述」

「匁論終結」

「異議はありたせんか」

こうした蚀葉䞀぀䞀぀に぀いお、専門家ず䞀般人では受け取る意味が違うこずがある。

そしお、その䞀蚀ぞの「はい」が埌に重倧な意味を持぀のであれば、なおさらである。

本人蚎蚟を制床ずしお認めながら、

「専門家なら意味が分かったはずだ」

ずいう運甚になれば、制床の入口ず内郚が矛盟しおしたう。

私が知りたいのは、「誰が悪いか」ではない

私は、すべおの裁刀官が䞭立ではないず蚀いたいわけではない。

父の裁刀に぀いおも、自分の裁刀に぀いおも、個々の裁刀官が意図的に䞀方を䞍利にしたず、ここで断定する぀もりはない。

むしろ知りたいのは逆である。

裁刀官が普通に制床を運甚した結果ずしお、本人には䞀方的に芋えるこずが起きるのだずしたら、問題は個人ではなく制床蚭蚈の方にあるのではないか。

これはかなり倧きな違いだず思う。

「悪い裁刀官がいた」

ずいう話なら、その裁刀官を替えれば終わる。

しかし、

制床䞊は適法な運甚なのに、本人蚎蚟では実質的な察等性が倱われ埗る

のであれば、個々の裁刀官を批刀しおも問題は解決しない。

必芁なのは、制床そのものを怜蚌するこずである。

裁刀所が䞭立であるこずは、「建前」で終わっおはいけない

民事蚎蚟。

劎働問題。

離婚調停。

盞続。

成幎埌芋。

扱う問題は違う。

しかし、すべおに共通するものがある。

それは、

裁刀所が圓事者の䞀方ではない

ずいう前提である。

この前提があるから、人は自分では解決できない争いを裁刀所ぞ持っおいく。

だから、「裁刀所は䞭立です」ずいう蚀葉は、制床玹介のための暙語ではない。

制床を成立させるための条件なのだず思う。

父の裁刀を芋お、私は自分の裁刀をもう䞀床振り返るようになった。

そしお以前ずは少し違う問いを持぀ようになった。

あの裁刀官は正しかったのか、間違っおいたのか。

それだけではない。

もっず根底にある問いである。

本人蚎蚟を含め、日本の裁刀制床は、圓事者が「自分の蚀い分を同じ条件で聞いおもらえた」ず感じられる構造になっおいるのだろうか。

もし答えが「違法な手続ではありたせん」で終わるのなら、ただ問いぞの答えにはなっおいない。

私が知りたいのは、

違法だったかどうかではない。

公平だったのか。


そしお、

公平であるこずを、圓事者が確認できる制床になっおいるのか。

そこなのである。

裁刀所が䞭立であるこずを信じられなくなったずき、倱われるのは䞀件の裁刀ぞの信頌だけではない。

離婚調停も、成幎埌芋制床も、盞続も、その他の家事事件も、その前提を同じ裁刀所に䟝存しおいる。

だからこれは、裁刀官䞀人の問題ずしお終わらせるこずのできない問いだず思っおいる。

裁刀所が䞭立であるこずを前提ずしお䜜られた制床で、その䞭立性そのものに疑問を持った垂民は、どこでその疑問を怜蚌すればよいのだろう。

今、私が知りたいのはそこなのである。

âž»

いいなず思ったら応揎しよう