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⸻なぜ、態度は変わったのか⸻438日

私には、今でも一つの疑問が残っている。

なぜ長男は当初、「次男が住めばいい」と話していたにもかかわらず、その後は次男の妻に対して「住むな」という方向へ態度を変えたのか。

私が把握している事情では、相続問題が一区切りした後、長男は恋人から「あなたの面倒までは見られない」という趣旨の話を受けたという。

さらに、恋人から慰謝料として一千万円を請求されたという事情もあった。

これらの出来事を踏まえると、私は当初、長男には私との養子縁組を解消したいという意図があり、そのために裁判を利用して一定の方向へ事態を進めようとしていたのではないかと考えていた。

しかし、その目的は実現しなかった。

そもそも、長男が当該不動産を取得するに至った経緯自体について、私にはなお疑問が残っている。その取得経緯が十分に明らかでないにもかかわらず、長男が自由に財産を処分し得ることを前提とするような承継構造が想定されていたのであれば、その承継構造自体の前提にも検討を要する問題が残る。

そこで私は、その後の経過を踏まえ、長男は将来的な財産承継の構造そのものを組み替える方向へ方針を変更したのではないかと考えるようになった。

すなわち、自らが要介護状態となることも見据え、自身を中心とした生活・支援体制を構築し、その中に後に恋人や四男を位置付ける一方で、次男及び養子を財産承継の枠組みから外す方向を模索していた可能性である。

この考察を裏付ける事情として、長男が私に対し『遺留分があるやろうが』と発言したことは、当時すでに『誰を相続の枠組みに残し、誰を外すか』という承継構造を意識していた可能性を示す一事情として理解することができる。

しかし、遺留分とは、既存の財産を超えて新たな権利を生み出す制度ではなく、法定相続人の最低限の利益が侵害された場合に、その侵害分を請求できる制度である。

したがって、相続人が一人であり、その者の相続権自体が侵害されていないのであれば、遺留分が問題となる場面は通常想定しにくい。

私は、この一連の経過を個別の出来事としてではなく、一つの承継構造として捉える方が、全体の流れを最も合理的に説明できると考えている。

さらに、この問題は相続や財産承継だけで終わるものではない。仮に本人の行動によって周囲に継続的なリスクが生じているのであれば、その点も介護や支援体制を検討する上で無視できない要素となる。

介護制度は財産問題を解決するための制度ではない。しかし、本人の生活能力や周囲への影響を踏まえ、適切な支援体制を整えることは、本人だけでなく周囲の安全や将来の紛争予防という観点からも重要である。

承継構造の問題と介護・支援体制の問題は、本来は別個の制度である。しかし、現実には互いに影響し合う場面も少なくない。だからこそ、問題が表面化してから対応するのではなく、早い段階で構造全体を見直す視点が必要である。

承継構造を適切に検討するためには、その前提となる財産の範囲や内容が正確に把握されていなければならない。

このような観点から見ると、高裁判決に現れた「長男が死亡した場合には三男へ承継する」とも読める記載は、承継構造を前提とした理解を反映したものと受け止められても不自然ではない。

もし財産目録や財産の実態が十分に把握されないまま承継構造が組み立てられていたのであれば、その後に生じた相続や遺留分、財産の帰属を巡る問題も、その前提自体に起因していた可能性を検討する必要がある。

しかし、仮に長男自身が養子を排除した場合に生じ得る法的・承継上のリスクを十分認識していなかったのであれば、この承継構造は、いったい誰の理解や判断を前提として形成されたのかという疑問も生じる。

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