ドナドナ子牛、歯科医院へ行く(339日目)
7月に、虫歯治療があった
7月のある日、私は死刑場にひかれていく子牛のように項垂れながら、夏真っ盛りの道を歩いていた。
脳内で響くは、かの有名な「ドナドナ」の調べ。
♪
ドナドナドーナ、ドーナー…
♪
足を引きずりながら歩く道。
その道の先にあるのは、市場…ではなく、歯科医院の建物。
そう、その日の私の目的地は、子供時代から通い慣れた、馴染みの歯科医院。
訪問の目的は、右上奥歯にできた、虫歯の治療だったのだ。
何を隠そう。
私が地震雷、火事の次に恐れるもの。それが、虫歯治療である。
理性でなんとかできるような、生やさしい恐怖ではない。
どうつくろいようもない。どうしたって、怖いものは怖いのだ。
いくら己に、
「気を強くもて!お前はいい大人(を通り越して老人)じゃないか!おおブレネリを歌って堪えるんだ!」
と、言い聞かせようとも、足元から冷気がすうっと背筋に這い上がってくるように、その恐怖はひんやりと私を押し包み、心をじわじわと恐怖一色に染めあげてしまう。
7 月 に は 虫 歯 治 療 が あ る
私はあたり構わず周囲の人を捕まえては、
「7月に虫歯治療があるの。怖いヨォォ〜!」
と、訴えた。
訴えた相手のうちのひとり、ヤマネさんの反応というと…。
ヤマネさん「あっそ。フーン」
…いくら日頃よしみを通じていようと、夫なんて、しょせんこんなもんである。
そして、恐怖がいや増すなか、とうとう虫歯治療の当日、7月週末の土曜日を迎えたと。
まあ、そういうわけなのであった。
受付のお姉さんも先生も、獄卒と閻魔大王に見えた
3ヶ月ごとの歯石クリーニングで通い慣れた、歯科医院。
けれど、今日ばかりは、受付のお姉さんも、いつもの美人さんな若先生も、地獄の獄卒と女閻魔大王様のお姿に変化(へんげ)して見えた。
獄卒嬢「おはようございますー。(保険証を)お願いしまーす。
ウケケケケ←幻聴」
ガクブルいんこ、もはや鳥ではなく、ドナドナの子牛状態。
いんこ「モーモー。モモモモモ。(虫歯治療が小学生の頃以来で、怖くてたまらないんですぅ〜)」
「何言ってんだかわかんないわよ、この牛め!ケケケケケ!←幻聴」
獄卒嬢に笑われる。
若先生「いんこさ〜ん、どうぞ〜」
診察室へと入った牛は、まだ往生際悪く、しきりに何か訴え続けている。しつこいったら。
牛いんこ「モーモーモーモー!モモモモーモー!(虫歯治療は小学生以来です!怖くてたまらないんです!いんこはノミの心臓なんです!)」
女閻魔大魔王(超失礼)と化した若先生「あー、ハイハイ。ケッ、モーモー五月蝿いったら、この牛め!←幻聴」
しかし、しおしおと死刑台…じゃなかった、施術用の椅子にのぼった子牛に、さすがに憐憫の情をおぼえたのか、女閻魔大王様は、意外にもやさしい声をかけてくだすったのだった。
閻魔様「あー。…なら、最初から麻酔かけときます?効くのに時間かかりますから、その間に歯石クリーニングしとくことにしましょうか。」
牛いんこ「ピギーーーーーッ!!(涙目)」←頷く
キーン、ゴリゴリ、でも痛くない!?
そして、牛いんこが幾度か脳内で「おおブレネリ」の歌詞を絶叫しているうちに、歯石クリーニングは滞りなく終了。
いよいよ本日のメインイベント、虫歯を削る治療に入っていったのである。
クィーンクィーンクィーン、ゴハー、ゴリゴリゴリ、キーンキーンキーン!
様々な音が、ポカーンと開けたままの牛いんこの口中に響き渡った。
━━それにしても、歯医者の、虫歯治療の音というのには、いつまでたっても慣れることができない。
今にして思うのだけれども、私がかように歯医者を、もとい虫歯治療を恐れるようになったのは、きっと、この治療中の独特な音のせいに違いない。
医療系の学校で学んだこともあり、私は血を見るのも、注射を直視するのも平気の平左である。しかし、なぜか昔から、音だけには超!弱いのだ。
ホラー映画が見れないのも、映画中、山場に向けて盛り上がる効果音と音楽をそっくりそのまま記憶して、ひとりでいる夜間に、脳内でエンドレスリピート再生してしまうから。
歯医者の、歯を削る音には、一種独特なものがある。
キーン!という金属音には、情緒のカケラもない。だからこそいつも私は、診察室からもれ聞こえる治療の音に、心底震えあがってしまうのだ。
キーン、キーン、ゴリゴリゴリ。
私の大嫌いな音が、診察室中に響き渡っている。
だがしかし、音は盛大に鳴っていても、そこは麻酔をかけているおかげで、痛みは全くない。
…もしかして…もしかして、全然、痛く…ない!?
虫歯治療、痛くないじゃん!!!!
うわあ。
麻酔って、麻酔って、なんて偉大なのぉぉぉ〜〜!!(感涙)
閻魔大王様のお告げ、そして解放
女閻魔大王様によれば、私の虫歯は、入り口は小さいけれど、奥が思ったより深く進行している━━そういうタイプの虫歯だったらしい。
開口部が小さいので、予定していた型どりをしなくても、なかに詰め物をするだけですんだそう。
女閻魔大王様「今日で全ての治療がすみましたから、もう一回の8月の予約ぶんはナシでいいですよ。もし麻酔が切れたあとに、どうしても痛いようなことがあったら、連絡をくださいねv」
にわかには信じられないような、大王さまのお告げだった。
怖い怖い治療は、もう、おしまい!
そして、さらに2回めの治療も必要だとして予約していた分も、キャンセルしてかまわないというのだ。
うわあああああん!!!!
牛いんこ、感涙。
かくして虫歯の治療はとどこおりなく終了し、牛いんこは元通り、黄色い鳥の姿にたちかえって、診察室を出ることができたのだった。
振り返って見たら、受付のお姉さんの背中に羽根が、頭上には天使の輪っかが見えた。(ほんとに!)
そして、若先生は、閻魔大魔王さまから、ヒュードロドロといつもの白衣姿の美人歯科医さんにたちもどり、
「では、また3ヶ月後あたりに、クリーニングにいらしてくださいね」
と、にっこり微笑んでくれたのだった。
今宵のいんこの教訓
「無駄に想像(妄想)力をはたらかせるのも、たいがいにせいよ」
本日の4コマ
4コママンガ『ドナドナ子牛が見た歯医者地獄(妄想編)』

つつつ、つまり、それだけ怖かったという表現であって、歯科医院のお医者様と受付のお姉さんに他意は全くございません。
もしもご不快に思われる表現がございましたら、どうかどうかお許しくださいませ(平伏)。
お願いですから、次回の歯石クリーニングを痛くしないでお願いプリーズピスピスピス…(鼻声)
終わる!
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