かけがえのない人
中学3年生のあの日、家庭科室で芽依(めい)は無邪気な笑顔で私に言った。「もう結衣を一人で病ませちゃいけないと思うんだ!一緒に病んだらきっと楽しいよ!」
私は、衝撃的だった。暗闇に光が差すとはまさにこの事だと思った。
芽依と仲良くなったのは中学2年生の時だったが、私は一方的にもっと前から芽依の存在を知っていた。小学5年生の時、芽依は私のいる小学校に転校してきた。クラスは違ったが、可愛い子が転校してきたと噂になっていたし実際本当に可愛かったからその転校生の存在は印象的だった。
特に接点はないままどちらも地元の同じ中学校に入学したが、またしてもクラスは違った。それでもやっぱり芽衣は目立つ存在だった。
特に関わることはなく1年が過ぎ、2年生に進級するタイミングのクラス替えで初めて同じクラスになった。
可愛くて人気者の芽依とは違い、私は当時友達と呼べる人がいなかった。進級したての頃は、派手なグループに入ったつもりだったがなんだか私は自分だけ浮いている気がした。人の顔色や空気を敏感に感じ取る私はすぐに居心地が悪くなり、そのグループにはいられなくなった。しかしその時にはすでに、女子特有のグループやカーストが出来上がっていて私は一人ぼっちになった。休み時間は、寝たふりをするか、トイレにこもるか、本を読むふりをするかのどれかだった。
あの時の私は病んでいた。友達もいない、可愛もくない、勉強も出来ない、家も貧乏、とにかく自分も周りも嫌い。子どもの頃から、親の顔色を伺いながら自分を演じてきたから本当の自分が何かも分からないし、誰にも何も相談出来ない。別に誰かに聞いてほしいとか助けてほしいとも思っていなかったし、そういう選択肢がある事さえ知らなかった。それどころか、友達なんかいらないとさえ思っていた。
しかし、こんな私のことを芽依は何故かいつも気にかけてくれていた。
芽依は相変わらず可愛くて人気者で男女問わず誰からも好かれる存在。私とも仲が良いわけでもなかったのに、いつも笑顔で話しかけてくれた。芽依の気遣いは不思議なくらい嫌味がなく純粋で、荒んでいた私でも素直にその優しさを受け入れることが出来たのだった。
その後も芽依は何かと私を気にかけてくれ、私は芽依を友達と呼べるくらい親しくなった。
ある日、授業の一環で視聴覚室の部屋を暗くしてスクリーンでビデオを見る機会があった。その時は何故か、席も決まっておらず、仲の良い人同士固まって床に座るというとても自由なスタイルだった。私はその時も芽依と一緒に座っていた。こんな自由な環境では当然のことながらみんなお喋りをしていて、私と芽依もこそこそ話をしていたのだが、この薄暗さも相まってか芽依は自分の過去について語り始めた。
両親は離婚をしていて当時芽依は父親の元で暮らしていたが、離婚前の両親は喧嘩が絶えず、いわゆる機能不全家族の状態だった。親が子どもに与える影響は大きく、芽依は自分なんかいなければと思い、自ら命を絶つことさえ考えていたが、兄妹の支えもあり踏み留まったのだという。
当時14歳にして芽依はこの話を過去の事として話していた。こんな経験をしたから良くも悪くもあまり深く物事を考えるのをやめたんだと切なく笑っていたのを覚えている。
人気者でありながらどこか落ち着き放っていて、こんな私に対しても嫌味なく手を差し伸べてくれるのは、10代前半でこれだけの苦労をし、何かを悟っていたからこそなんだと私は思い知った。
3年生になり、運よくまた芽衣と同じクラスになった。相変わらず私は病んでいたが芽依は、私の悩みを深掘りするわけでも、呆れて離れるわけでもなく、ただいつも近くにいて笑っていた。
ある日の家庭科の授業中、うろ覚えではあるが、何かを制作していた時に芽依が私の席に来た。特に何か深刻な話をしていたわけでもないのに芽依が無邪気な笑顔で唐突に言った。
『もう結衣を一人で病ませちゃいけないと思うんだ!一緒に病んだらきっと楽しいよ!』と。
何故いきなりそんなことを言ったのかは今だに分からないが、その言葉を聞いた時、ずっと真っ暗で孤独だった私の心に真っ直ぐに一筋の光が差した。それは良い意味でとても衝撃的だった。漠然とずっと独りだと感じながら生きていたのに、「あ、私独りじゃなかったんだ」と初めて心の底から思えた瞬間だった。
この一言をきっかけに私の心境は大きく変わり始めた。それまでの私は、どうせ友達なんて…と、どこか冷めた感情で卑屈になっていたが、芽依のことは素直に信頼し、自ら悩みや心情を打ち明けることが出来るようになった。それまでずっと何もかも一人で抱え込み、自己嫌悪に陥り、生きる事さえ苦しくなっていた私に芽依は、人生捨てたもんじゃないと思わせてくれた、まさに恩人だ。
その後、私たちは別の進路へと進んだが、私は何かに躓いて心が折れそうな時は、芽依に連絡をした。すると芽依はやっぱり何かを悟っていて、いつも的確なアドバイスと、愛のあるエールをくれた。
大人になり、紆余曲折ありながら、芽依は働き者のママになった。私は人生を迷走し自暴自棄になりラインのアカウントを消して、人間関係の断捨離をした。ついに芽依との縁も切れたかと思ったが、数年経ち結局また繋がったのだ。勝手に連絡を断ち、その間に大事な約束もすっぽかしてしまったのに、こんなどうしようもない私に芽依は、会いたいと言ってくれた。
数年ぶりに会ったが芽依はやっぱり可愛くて、相変わらず無邪気な笑顔で受け入れてくれた。中学時代の昔話から近状報告まで積もりに積もった話題であっという間に過ぎて行く時間の中で芽依は私にこう言った。
「結衣は昔から生きづらそうだったよね」と。私は一度も「生きづらい」と口にしたことはなかったのにやっぱり芽依は悟っていた。私は昔から、人に弱みを見せるのが苦手で無意識に素の自分を隠し、周りからはしっかりしているとか強そうと思われるような生き方をしてきたが、やっぱり芽依には何もかも見透かされていた。芽依には敵わない。
きっとこれからも芽依との関係は続いていくんだと思う。
私は常々、芽依に恩返しがしたいと思っているが、今だに一度も芽依の役に立てたことはない。きっと芽衣は、「私も結衣に救われてるよ」って言うこともなんとなく想像がつくが、芽衣は恐らく人生8週目くらいだろうから多分私が芽依の力になれることはほぼない…
でも万が一、芽依が私の力を必要としてくれた時には全力で支えになりたいと思う。
きっと芽依の人生に関わった人の中には私以外にも芽依の優しさに救われた人がたくさんいると思う。いつも誰かのことを気にかけ、支えになろうとする芽衣だけど、多分本人も麻痺してしまっているだけで実際にはそんなに強いわけではないのだと思う。芽依はとにかく頑張り屋で人知れず努力をする人だから尊敬する反面、無理し過ぎていないかと心配になることもあるけど、何がなんでも芽依には幸せでいてほしいと思う。
と言いながら、きっと私が心配なんかせずとも芽依は、一人の女性としても、肝っ玉母ちゃんとしても最高の人生を送ると、私は信じている。
