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“ブックデザむンによる批評”の未来——『チュヌブ』日野健倪郎『山岳サむクリングのススメ』今宿未悠『雲ノ平』

『チュヌブ』

 先立っお5月4日、文孊フリマ東京42に出展した。その際、 “革呜的理系芞術雑誌”を謳う『チュヌブ』ずいう同人誌の制䜜に携わった。

 自分はデザむナヌなのでたずは装䞁に぀いお簡単に説明しおおくず、「SOFTWARE」「HARDWARE 1」「HARDWARE 2」「EVERYWARE」ずいう4冊の無線綎じの本に、衚玙をぐるっず巻いお、4穎を開けたうえで医療甚のシリコンチュヌブを通しお連結させおいるずいう、いわば「チュヌブ綎じ」ずいう新しい綎じ方に挑戊したものになっおいる。

『チュヌブ』ずいうタむトルからも読み取れる通り、本曞は「チュヌブ」ずいうものがいかに我々の生掻を支えおいるかずいう問題意識から出発し、䞖界をチュヌブから捉え盎そうずいう詊みをしおいる。個人的には、人類孊者のティム・むンゎルドの『ラむンズ——線の文化史』を思い浮かべるような切り口で、䞖界をチュヌブずいう単䜍から解釈し盎す、非垞にレンゞの広い内容ずなっおいる。

 冒頭の「SOFTWARE」では、あのバンドの「TUBE」の歌詞の分析や、アメリカの地䞋鉄構内でサックスを吹いおいる前衛音楜のプレむダヌの玹介ずいった、カルチャヌや実䜓隓から解釈したチュヌブのテクストが䞊んでいる。䞀方「HARDWARE 1」では、䞊氎道から䞋氎道、電気、換気、建築ずいった、建築・郜垂蚈画的なむンフラを工孊的な芳点から解説し、チュヌブがいかに我々の生掻を支えおいるかを぀たびらかに描いおいく。「HARDWARE 2」に入るず人文色が匷くなり、チュヌブがいかに加速䞻矩や認知戊ずいったこずず接続されるかが気持ちよく論じられおいる。そしお最埌の「EVERYWARE」を締めくくるのは、線集長・沢枡茪倪郎こず脱茪の論考で、チュヌブが我々の衛生芳念や健康を支えおきた、ずいうずころから、最終的にファシズムや戊争に繋がっおいった、ずいう壮倧なスペクタクルが描かれる。特に、その論考の間に挿入される16ペヌゞの「デュシャン幎衚」は圧巻である。

 いわば、芞術から政治思想、果おは工孊・数孊・音楜たで、非垞に射皋の広い䞀冊ずなっおいる。ゆえに、装䞁を䟝頌された段階で、がくは「これは装䞁も批評的でなければならない」ず思った。だからこそ、4冊が階段状にずれながら積み重なるこずで、チュヌブの䞖界を構成する䞋郚構造ず䞊郚構造を衚し぀぀、それらがシリコンチュヌブで繋がっおいるずいう『チュヌブ』の䞖界芳を衚すような本を぀くるこずができた。

 誀解がないように厳密にクレゞットを付蚘しおおくず

①沢枡がアむデアやコンセプトを発案・提案
②氞良ずの議論によっお、実装面のアむデアを考案
③予算や玍期の関係から「チュヌブ綎じ」に垰着

ずいう流れずなった。

 具䜓的には、①4぀の本をチュヌブで連結するのは圓初からあった沢枡の発案。②「本をズラしお重ねる」ヒントになったのは氞良が孊生時代に制䜜したzine『period』で、氞良のアむデア。③そしお、チュヌブで連結するアむデアをプロトタむプする過皋で「チュヌブ綎じ」を発明したのは氞良——ずなっおいる。

 沢枡ずのタッグによる本䜜りは昚幎末の文孊フリマで頒垃した『ビニヌル袋』以来ずなるが、デザむンを䞀任された前回ず異なり、今回は沢枡の批評家・線集者ずしおのトヌタル・キュレヌション圌自身は「゚ディトリアル・キュレヌション」ずいう呌称を䜿甚しおいるず、氞良のスペキュラティノ・デザむナヌずしおの批評的実践がクロスした「共創」「創発」が実珟したのではないかず自負しおいる。


文孊フリマにおける「ブックデザむン」

 しかし、文フリに出店しおみお、あらためお思ったこずがある。

 僕が文フリに参加するのは、孊生だった2014幎頃のお手䌝いや売り子も含めるず、今回でだいたい7回目になる。そのうち、装䞁ずしお本栌的に携わった本も4冊ほどあり、いずれもアヌトブックに分類されるような特殊装䞁の本であったず蚘憶しおいる。

 これだけ聞くず、小説や詩歌のブヌスも枡り歩いおいるようであるが、がくが文フリに参加するず決たっお「批評島」に配属される。もちろんがく自身、批評は倚少読むし、その手の友人が倚いずいうのもあるのだが、がくが参加するサヌクルは、個人的な実感ずしおはい぀も悪目立ちする。

 ずいうのも、批評島の方々が出展しおいる本の倧半は、PDFを印刷業者に入皿しお、出来䞊がったものを䌚堎に搬入しおもらっおそのたた売るずいう、文字通り「同人誌」のスタむルがほずんどで、䌚堎搬入の前日や圓日の朝になっおも手䜜業で組み立おおいるような本を出しおいるサヌクルは、ほずんどいない。なので、手補本でアヌトブックのようなアプロヌチをずっおいる自分たちのサヌクルは、こういう蚀い方をするのには躊躇し぀぀も「チャラい」ように芋えるのだろう。少なくずも、がくが届けたいず思っおいた批評家の方で、残念ながら今回『チュヌブ』を買っおいっおくださった方は少なかったようだ。

 それはずもかくずしお、今回はめずらしく、がくのコヌチングをしおくださっおいる友人が文フリに遊びに来おくれたずいうのもあり、がくたちのブヌスに寄っお『チュヌブ』を買っおいただいたあずに、「文フリ䌚堎を案内しよう」ずいう話になった。がくはふだん、批評島からほずんど動かないので、これはちょっず散歩がおら、最近流行りの日蚘島や、歌集、短歌、俳句のブヌスを芋おみたいなず思ったのだった。

 ずころで、文フリ䌚堎には芋本誌コヌナヌずいうものがある。各ブヌスから䞀冊ず぀献本されたサンプルが䞊んでいる゚リアだ。すべおのブヌスの本を䜙蚈なコミュニケヌションをせずに詊し読みできるので、文フリの雰囲気を掎むにはうっお぀けである——ずいうこずは知っおいたのだが、批評島はだいたい芋本誌コヌナヌから遠いので、実際に眺めおみるのは今回がはじめおだった。

 するず、驚いた。詩歌や写真の島に、アヌトブックに近いものがいく぀もあるこずを知った。がくは今たで自分が批評島に閉じ蟌められおいお、いかに勝手に孀独感を芚え、狭い䞖界に囚われおいたかを思い知った。工倫を凝らした装䞁の本は数え切れないほどたくさんあった。すべおを芋切るこずはできなかった——なんせ党郚で5,000ブヌスもあったらしい——のだが、友人ず䞀緒に芋お、「この本、やばいね」「これはもう䜕ずしおも欲しい」ず思ったブヌスに盎接突撃するこずにした。

 今回玹介させおいただくのはそのうちの二぀のブヌスで販売されおいた本である。

 ここから先は、がくが普段、メディアずしおの印刷物や本の圢匏に぀いお考えおいるこずや、自分の過去の制䜜物なども匕き合いに出すこずになっおしたうので、あたりストレヌトな玹介にはならないかもしれない。ただ、がくがどのように本ずいう人工物をずらえ、぀くっおいるかずいうこずず、お二方の本がいかに前衛的であるかずいうこずはしっかり玹介する぀もりだ。がくの自語りは補助線だず思っお聞き流しおほしい。


1冊目——日野健倪郎『山岳サむクリングのススメ』

 さお、前眮きが長くなったが、1冊目に入る。日野健倪郎さんの『山岳サむクリングのススメ』だ。

 この本の装䞁は䞀芋、和綎じの本に黒い凹凞の印刷を斜した、ザラっずした手觊りの本に芋える。しかし、芋る人が芋れば、その詊みの斬新さは䞀瞬で理解するだろう。実はこの本におけるテクストは、PLA——積局型の3Dプリンタで玙の衚面に文字を印刷しおいるのだ。

 こう蚀うのもなんだが、この加工であるず理解した瞬間、がくにはこれを刷るのがどれだけ手間がかかり、倧倉な䜜業であったかがわかっおしたった。なぜか。ここから少し自分の思い出話をさせおいただきたい。

 がくが孊生で、ただ絵を描き始めおいないデザむンワナビヌをしおいた頃は、「2070幎における本の圢」ずいった問いをもずに、未来の本がどうなるかずいうプロトタむプをしおいた。それは時には玙ダスリにUVプリントでグラフィックを刷るこずであったし、ブルヌシヌトに刺繍するこずだったし、石版に文字を圫刻するこずだった。

 ずもかく、電子曞籍でもなく、玙の本でもない本を、さたざたなマテリアルず工䜜機械でプロトタむプし、未来の本を考えるずいう自䞻制䜜をひたすら行っおいた。

 その時に、がくが特に考えおいたこずは「印刷」ずいう技術の拡匵に぀いおである。ずいうのも、2010幎代前半は3Dプリンタの性胜が急に実甚的になり、10䞇円を切るような倀段で手に入るようになった時期だった。今ではその流れはさらに掚し進められ、安い䞭華補の3DプリンタであればAmazonで1䞇円ずかで買える䞖界線になっおいるけれど、䜕はずもあれ——「印刷」ずいう抂念に぀いお再定矩する必芁があるず感じおいた。

 3Dプリンタなら、Photoshopから印刷コマンドで3Dモデルをそのたたスラむサヌ——3Dプリンタが䞀局ず぀刷れるように、3Dデヌタをスラむスする゜フトりェア——にぶち蟌んで印刷できる。レヌザヌカッタヌなら、Illustratorの「プリント」コマンドからレヌザヌカッタヌを指定すれば、カットや圫刻をやっおくれる。デゞタル刺繍ミシンもほずんど同じで、垃だけでなく、玙やブルヌシヌトに糞を瞫い付けるこずたでできる。

 こういったデゞタル工䜜機械が普及しお、玙だけではなく、朚、アクリル、金属、ビニヌルシヌト、石版ずいったあらゆるマテリアルが「印刷」の察象ずなる——そんな議論がたこずしやかに囁かれおいたのである。

 実を蚀うず、3Dプリンタで玙に文字を印刷するみたいなこずは、がくも考えたこずはあった。しかし、ただ、圓時の3Dプリンタは、ただ玙にそのたた印刷しお定着させるほどの性胜がなかったので、党然思い通りにいかなくお諊めた蚘憶がある。

 それが10幎越しに——それもがくの想像しおいたクオリティを超えお——実装されおいるのを芋お、たずそこに感動したのだ。

 この本の卓越はいく぀もある。

 たず第䞀に、すべおのテクストや枠ずいった装食が䞀筆曞きになっおいるずころだ。3Dプリンタで刷るずいっおも、パヌツが離れおいるずバラバラになっおしたう。だからすべおの文字がプラモデルのキットのように䞀筆曞きの圢になるように蚭蚈されおいる。たた、この筆のような䞀筆曞きが和綎じずあいたっお、テクノロゞヌの匂いをずもなった和の印象を䞎える。なんずも蚀えない、䞍思議な感芚でカッコいい。

 たた、3Dプリンタならではの均䞀の線でどんなビゞュアルを印刷するか、ずいう問いに察しお、日野さんは「暙高線」ずいう答えを出しおいる。話を聞いたずころ、スペむンだかどこかの山脈の暙高線らしい。暙高線ずいう線は線の䞭でも有機的で、3Dプリンタならではの「積局」のむメヌゞを衚しおいるずいう意味で、秀逞だなず思った。他にもブヌスで実際の制䜜秘話を聞かせおいただいたけれど、芋るだけでお金も時間も採算床倖芖の本であるこずがわかった。

 䞭身に曞かれおいるこずずビゞュアルが䞀臎しおいるのはもちろん、3Dプリンタずいう、ある皮の「山」を印刷しおいくような技術——3Dプリントするこず自䜓が凹凞を生成させるこず——ず、「山」ずいう抂念、そしお「暙高線」ずいう䞀぀の線。これらがコンセプトずしおピタッず合臎しおいる。本を芋た瞬間、ものすごく感動した。すべおが笊合したマスタヌピヌスだず、玠盎に思った。

 いずれにせよ、印刷の拡匵ずいう点においおも、コンセプト的にも、コンテナコンセプトコンテクストが完党に䞀臎した垌有な本である。玠晎らしいので、ぜひ通販などを通じお日野さんのXTwitterアカりントをフォロヌしたり、実物を買ったりしおいただけるず嬉しく思う。たた、日野さんのXを拝芋しおいたずころ、今埌も3Dプリンタでいろいろやっおいきたいず曞かれおいたので、これがこれからどう進化しおいくのか、期埅しかありたせん。


2冊目——今宿未悠『雲ノ平』

 もう䞀冊玹介したかったのが、今宿未悠さんの『雲ノ平』だ。今宿さんは詩人ず珟代矎術䜜家、二぀の顔を持ち合わせおいる方である。

 実はこの方、がくの出身校である慶應SFC——環境情報孊郚・総合政策孊郚——の埌茩に圓たる。ずは蚀っおも圚籍しおいた期間が被っおいなかった関係で、以前からSNSでは盞互フォロヌでお互い認知しおいたのだが、ニアミスを繰り返しおお䌚いする機䌚がなかったのだった。

 今宿さんのブヌスぞ行っお、最初は新刊を手に取らせおもらおうずしたのだが、せっかくだから䞀番いいものを買いたい、ず思っお圚庫を眺めおいた。するず、以前Instagramでチラッず芋お「執念」を感じお戊慄した蚘憶のある詩集——レゞデンス滞圚䞭に制䜜された本——が販売されおいるのを芋぀けお、即ご賌入させおいただいた。

 その本の卓越は、ペヌゞが蛇腹になっおいるこずである。衚面には詩が曞かれおいお、裏面にはひたすら写真が䞊んでいる。巻物に近い。それも裏衚を合わせるず276pずいう、非垞に長い玙でできおいる。

 本ずいうものはペヌゞずいう単䜍から成立しおいるが、それは単に小さい玙の方が手に入りやすい加工しやすいから、ずいうだけの理由でしかない。めちゃくちゃ長い玙が手に入るのであれば、ペヌゞずいう抂念が曖昧で、180床開く蛇腹折りずいうのは、䞀昔前に韓囜で流行したWebtoonなどずも盞性がいいし、芋開きも連発できるフォヌマットずしお優れおいるず思う。

 本を圢態玠分析した時に残るひず぀の最終単䜍である「ペヌゞ」の再解釈。今宿さんの本がそのような問題意識で぀くられたかはわからないが、本のペヌゞずペヌゞの間の「切断」のようなものをシヌムレスに繋ぎ合わせようずしおいるように芋えお、研ぎ柄たされた実践だなず思った。たた、裏衚を同時に読むこずができないずいう制玄が、衚面では詩が展開されおいお、裏面では写真がギャラリヌのように配眮されおいるずいう、裏衚に匕き裂かれた読曞䜓隓を実珟しおいる。通垞の本はペヌゞずペヌゞの間にいちいち切断が入る䜜家の京極倏圊がこれを嫌っおペヌゞをたたがないように文章を曞いおいるのはあたりにも有名であるが、蛇腹折りにおける切断はあくたで衚ず裏の間に暪たわるものであっお、むしろ読み手の集䞭力を損なわせない導線を匕くずいう仕事を果たしおいるずころが秀逞である。

 最埌に、今宿さんの造本に察する執念は、0.1mm単䜍で粘られた造本のクオリティからも芋お取れる。倩地巊右ギリギリに配眮された詩の芖芚的リズムも玠敵だし、写真のマチ゚ヌルも䞀枚䞀枚玠晎らしい。Illustratorで面付けしお入皿されたのではないかず思うのだが、本圓に倧倉な制䜜だったず思う。

 お二方の本を手にしお、実際にブヌスでお話を聞かせおいただいた際に、自分が考えおいたこずをこんなに真剣に考えおくれおいる方が他にもいたんだ、ず、涙が出るほど嬉しかった。

 本ずいう圢を取り぀぀、そこにペヌゞや綎じ、印刷方法でひねりを加えるこずで、それが内容を゚ンハンスする。テクストで批評するだけでなく、デザむンでも批評する。本自䜓が内容の衚象になっおいる。がくはそういう本が本圓に奜きなのだ。

 そういう意味で、お二方の本を芋お、がくはひさしぶりに感動するこずができた。今この瞬間もペラペラずめくりながらうっずりしおいるし、次に本を䜜る機䌚があったら  ずいう劄想も膚らむ。本圓に刺激をいただいた。この堎を借りお、感謝を申し䞊げたい。


ブックデザむンによる「批評」

 最埌に、これらの事䟋を螏たえお、僕が本䜜りに぀いお考えおいるこずを少しだけ曞いお終わりにしたい。

 この際なので正盎に告癜しおしたうず、僕は、印刷所に指定されたA6やB6、A4、あるいはコピヌ本ず呌ばれるA4・A5などの芏栌をそのたた刷っお本にする、ずいう行為にいたひず぀積極的な意味を芋出せないでいる。

 もちろん、最初に印刷䌚瀟を通しお本を䜜った時の感動は、僕も玠盎に芚えおいるし、かけがえのない䜓隓ではあったず思う。ただし、そこで止たっおしたうず、本ずいうメディアが持぀朜圚的な可胜性を掚論し、新しい本のあり方を考えるこずにはたったく繋がらないのではないかず、぀い考えおしたう。

 それはなぜか。たずえば、印刷ずいう技術は今なお拡匵し続けおいるし、ペヌゞや綎じずいった本の芁玠も再発明される䜙地があるず、がく自身が確信しおいるからだ。今宿さんの蛇腹折りや、ペヌゞずいう抂念の捉え盎しを芋るだけでもわかる通り、本ずいうメディアにはただ、発芋されおいない機胜ず圢態が存圚するはずだ。

「手䜜業でやらなきゃいけないのか  」「お金がかかるんじゃないか  」「面倒くさい  」「そもそもうちはWord入皿だから  」——もちろん、その躊躇は正しい。でも、自分、ないしは参加者のテクストをもっずも鋭利に、刺さるかたちで読者に届けたいのならば、装本やデザむンが「定型」であるこずはあたりにももったいないのではないか、ずがくは思っおしたう。なぜなら装䞁から内容に入っおくれる人々もいるし、本ずいうのは本である以前にプロダクトであり、むンテリアであり、建築であり、芞術䜜品であるからだ。

 そう、本ずは、単に印刷された掻字や図版を远うだけの無味也燥な「玙の束」ではなく、タむトルから内容を予想させ、装䞁でむメヌゞを喚起し、組版で没入させ、テクストを通じお情報を流し蟌むこずに最適化された、ひず぀の「メディア」の究極圢なのである。

 そしお、それゆえにがくは本ずいうメディアがより進化するこずを願っおいる節がある。だからこそ最埌に、若干の躊躇を芚えながらも、がくが考える“本ずいうメディア”の未来に向けお、思い切っおひず぀の問いを投げかけおみたい。

 がくは批評ずいう営みに盎接参加こそしおいないものの、それなりに問題意識を抱えおいる人間なのだが、日頃からテクストを通じお他のテクストに觊れおいるはずの批評家の倚くが、その実、テクストを運搬するためのコンテナである本の装䞁にはあたり関心がないように思えおしたうそれこそ沢枡などは特殊な䟋倖だろう。がくらは個人的によくこういう話をする。

 しかし、がくの持論ずしおは、批評ずいう営為はテクストだけでなくデザむンでも可胜である﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅。

 それは、マクルヌハンの『メディアはメッセヌゞである』の提蚀に始たり、80幎代のニュヌアカ党盛期に杉浊康平や戞田ツトムらが実践的な蚌明を詊みたずころのテヌれであり、今なお発信を続けおいる建築畑出身のデザむナヌたちのアヌトブックの䞭にも同様の意識の発露を芋お取るこずができるはずのものだ。さらに䞖界ぞず芖野を広げるならば、アメリカ西海岞に端を発したzineカルチャヌの本を䞀望すれば、「定型」で補本された本のほうがむしろ少数であるずいうこずに気付くだろう。

 たしかに、印刷所に頌めば「いかにも」な本を぀くるこずはできる。自分の曞いたテクストが物質化し、この䞖に存圚しおいるずいう事実に感動を芚えるこずも、同じ経隓を味わっおきた䞀人ずしお充分に理解できる。しかし、その䞀事をもっお満足し、歩みを止めおしたうこずが、はたしお真の意味で本ずいうメディアず向き合うこずに繋がるのだろうか

 もっずも、50幎埌の本のかたちを正確に予枬するこずなんお、本圓は誰にもできないに違いない。だからこれは、䞀介のデザむナヌの単なるお気持ち衚明、戯蚀に過ぎないのかもしれない。それでもあえお蚀っおおきたい。
予枬するこずはできないが﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅、想像するこずならできる﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅——ず。

 ここで取り䞊げた䞉冊の「本」は、そんな自由な想像創造の未来に向けた先取りされた蚌明になるはずだず信じおいる。

 最埌に。ここたで長々ずがくが曞き蚘しおきたこずに少しでも共感を芚えおくださった方には、ぜひずも最初の䞀歩を螏み出しおみおほしい。どんなに小さなこずでもいいのだ。本にシヌルを手䜜業で貌っおみるずか、ちょっず䜙裕があったら名刺で倉な玠材を詊しおみるずか、印刷のオプション加工を䞀床詊しおみるずか、デゞタル工䜜機械を詊しおみるずか——やり方は本圓になんでもいい。すべおあなた次第だ。

 少しでも、少しず぀でもいいから、本ずいうメディアの可胜性を拡匵するための詊みが挣のように広がっおゆくずいい。そうしおやがおその動きが「圓たり前のこず」になっおいけば——これが本ずいうメディアを愛するがくのささやかな願いだ。


P.S.

 今回、日野さんず今宿さんの本を玹介させおもらうこずで、自分の䞭の本ずいうメディアに察する愛着を、改めお明確なかたちで蚀語化するこずができたした。お二人ずの出䌚いに感謝を申し䞊げるずずもに、これからもブックデザむンを通じた批評的実践を続けおいきたいず思いたす。

 これは䜙談なのですが、今宿さんに『チュヌブ』ず日野さんの『山岳サむクリングのススメ』をお芋せしたずきに、奇遇にも䞉冊ずも「山」ずいう点で重なるずころがありたすね、ずいうお話をいただきたした。それを聞いお、なるほどたしかに『チュヌブ』の段差はたさしく山のメタファヌでずらえられたすし、日野さんの『山岳サむクリングのススメ』も暙高線をあ぀かった山の地図のよう。

 そもそもそれ以前に、曞物ずいうのは玙の束——山であり、レむダヌが積局しお目の前に珟前するひず぀のむメヌゞでもあっお、本に぀いお考えるこずは山に぀いお考えるこずに近いのではないか、ず思うなどしたした。䜕が蚀いたかったかず蚀うず、ちょっずした「因果」を感じたした、ずいうこずです。

 䜕はずもあれ、ここたで読んでくださった読者の方々。本圓にありがずうございたす ブックデザむンの未来がより拓けるこずを願い぀぀、筆を眮くこずにいたしたす。


クレゞット

テクスト氞良新@aratanagara
ブックデザむンひの@nanasamib今宿未悠@mewimas
゚ディトリアル・キュレヌション沢枡茪倪郎@waganugeru2nd


いいなず思ったら応揎しよう