海王星の雫で、青い林檎を育てると。
ガッガッガッガッガッガッ……。
グーッ、グーッ、グーッ。
黒い霧が視界を遮る。
息を吸い込めば、たちまち肺を焼き焦がす。
雪上の地獄を前にして。
青い林檎を探す……。
どこからか、声が聞こえる……。
「あなたは何色が好き?」
7歳の赤毛の少女の声が話しかける。
12色のクレヨンの箱を指さして。
「黒か、青が好きかな」
赤毛の少女の眼を見ずに、私は答える。
「女の子っぽくないね。私は赤か、黄が好き。」
悪意を感じない言葉に、なぜかモヤモヤが残った。
彼女はさらに続ける。
「それじゃあ、可愛くないから。私の赤と黄あげる。今日から、私たち友達ね。」
太陽のように輝く笑顔が、色鉛筆を照らす。
その日から、地獄の炎が私を包むようになった。
「あなたは、何の部活に入るの?」
15歳になっても、赤毛の少女は私を離さない。
「部活には入らない。面倒だし、忙しいから。」
私は彼女に背を向けて、大きく右手を振る。
「そんなんじゃ男にモテないよ。陸上なら、自分のペースでできるかも?」
赤毛の彼女は、私の手を強く握り。離さない…。
反論するのも疲れるので、仕方なく陸上競技部に入部する。
極寒の春と共に、天王星の存在を知った。
黒い霧が、視界いっぱいに広がった…。
「仕事も落ち着いて来たね。これから先、結婚、仕事、どっちを選ぶの?」
赤毛の、透き通った瞳が私を見つめる。
27歳となった私は悩んでいた…。
右と左、どちらに進めばいいか分からない。
海王星と太陽、どちらの重力に従えばよいのか。分からない。
「最近の平均婚姻年齢は30歳だから。あと3年してから考えるよ。仕事は楽しくないけど。」
私は目を閉じて、全力で走った。あの瞳をもう見たくなかった。
肺が苦しい……焼ける……。
ようやく楽になるかもしれない。
「まだ、ダメ。青い林檎を探してから。」
彼女の透き通る声が、私の耳に囁きかける。
肺は焼け、手足は雪のように白い。
涙は雪と同化し、枯れ果てた。
目を開かずとも、黒い霧を感じる。
大嫌いな黄の手が、海王星の中心に手を伸ばす……。
大嫌いな笑顔を添えて。
「まだ、正解は分からない……。ただ、年齢を重ねることは悪くないと思ったよ。勉強も、笑顔も苦手なままだけど。歳を重ねると、なぜか急にあの時の気持ちが理解できるようになる。嫌いなものでさえ、少しは好きになれるくらいに。」
左手に握られた果実を見つめながら、右手は言葉を日記に認める。声を出しながら。
「昔、友達に『あなたはクール(ドライ)だね』と言われたことがある。嫌いな言葉だった。クールや冷静、表情がない……すべて嫌いな言葉だった。その言葉を私に投げかける人々も嫌いだった。」
「私にも、大切なものがある。人間だ。魂が、表情が、温度がある…。歳を重ねて、自分を少し許せようになった。これからも、ゆっくりと、少しずつ。自分のペースで。」
これまでの日記を閉じ、大きく息を鼻から吸い込む。
ゆっくり、少しずつ口から息を吐いていく。
心にも深く刻むようにして。
日記の隣に並ぶ、1冊の本に心を預ける。
レイ・ブラッドベリの短編集。
最初の作品『霧笛』と最後の作品『太陽の黄金の林檎』が、私を作った。
忘れたものを、取り返す旅…。結果は違えど…。
黒い霧が晴れていく……。
私は左手を高く上げ、握った果実を見上げる……。
