想像以上の反響に驚いた、動画のこと。リラ星の記憶が教えてくれた自由と調和
こんにちは、アリアです。
いつも動画を見てくださっている方も、noteで初めて出会ってくださった方も、本当にありがとうございます。
最近、嬉しい事に、YouTubeのチャンネルを色々な方に見てもらえる事が増えてきました。ここまで歩んでこれたのは、一回一回の動画を見てくださる皆さんがいてくれたおかげです。
今日は、そんな今の私がある「原点」ともいえる、一本の動画について振り返ってみたいと思います。
それは、昨年の9月に公開した「リラ星の記憶|人類の起源と魂の秘密をたどる」という動画です。
予期せぬ変化の始まり
正直にお話しすると、この動画をアップした瞬間、これほどまでに多くの方に届くことになるとは想像もしていませんでした。
公開から数日が経つにつれ、再生数の数字がこれまでにない勢いで増えていき、通知が止まらなくなった時の驚きは今でも鮮明に覚えています。「リラの物語に興味を持ってくれた人が、こんなにもたくさんいたんだ…」という事実に、手が震えるような、それでいて心が震えるような不思議な感覚を覚えました。
この動画をきっかけに、本当に多くの方と出会うことができました。私にとって、まさに「チャンネルの運命を変えてくれた動画」です。
なぜ「リラ」だったのか
リラという星は、銀河の文明史において「最初の分岐点」とも言われる場所です。
台本を書いていた時、私はリラの持つ二つの側面に強く惹かれていました。一つは、どこまでも軽やかで、何にも縛られない「自由」さ。もう一つは、自然や宇宙と完璧に溶け合う「調和」の美しさです。
リラの人々は、自分の個性を自由に表現することを何よりも大切にしながら、同時に、他者との関係を「執着」ではなく「波動の共鳴」として捉えていました。
「誰かと繋がっていたいけれど、自分を縛る鎖からは自由でありたい」
これは、現代を生きる私たちが、心の奥底で切実に求めているテーマではないでしょうか。私自身も、日々の生活や仕事の中で、この「自由と調和」のバランスをどう取るべきか、ずっと模索してきた一人です。だからこそ、リラの物語を綴る時間は、私にとっても自分自身の魂を癒やすようなプロセスでもありました。
画面越しに届いた、魂の共鳴
動画を公開した後、コメント欄にはこれまでにないほど熱のこもったメッセージが寄せられました。
「この話を聞いて、涙が止まりませんでした」
「ずっとどこか違う場所に帰りたいと思っていたけれど、その理由がわかった気がします」
「自由でありたいと願う自分を、初めて許せました」
一つひとつの言葉を読みながら、私は確信しました。私たちは画面越しに、目に見えない「記憶」の部分で繋がっているのだと。
リラの魂を持つ人は、地球という場所で時として生きづらさを感じることがあります。強すぎる感受性や、既存の枠組みに当てはめられることへの違和感。でも、あの動画を通じて「あなたは一人ではないですよ」というメッセージを届けられたことが、私にとって何よりのギフトでした。
「今、ここ」の枠を超えて—私たちは、星を渡り歩いてきた旅の仲間
この動画が多くの人に届いたことで、「もっと宇宙の真実を、多くの人に届けていきたい」という思いが強くなりました。
私たちは、今この地球という場所で、目の前の仕事や人間関係、日々のタスクに追われて生きていると、つい「ここに見えている世界が全てだ」と思い込んでしまうことが多いです。けれど、本当はそうではないのではないかと思っています。
私たちの魂には、かつて見上げたリラの空や、プレアデスの風、シリウスの静寂など、数えきれないほどの星々を旅してきた記憶が刻まれている、と考えています。今、たまたま同じ地球という停留所で肩を並べている私たちは、果てしない時間を超えて再会した、星の旅の仲間たちだと感じています。
「自分はどこか周りと浮いている気がする」「この社会のルールが、どうしても肌に合わない」
そんな風に感じてしまうのは、魂がもっと広い宇宙の自由を知っているから。かつて旅した別の星での感覚を、今も大切に覚えているからではないでしょうか。
私たちはもっと自由で、もっと多次元的な存在だと思います。
私が動画を通じて届けたいのは、単なる知識としての宇宙の話だけではありません。どうしても現代社会に違和感が拭えなかったりする人々の、答えを導き出せたらいいなという思いです。
最後に
これからも、皆さんと一緒に「魂の記憶」を辿る旅を続けていけることを、心から楽しみにしています。
あの時、勇気を出してリラの物語を形にして本当に良かった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
