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第13話 自称「さざれ石」

岐阜県のさざれ石公園に「国歌君が代発祥の地」の石碑が建つ。岐阜県は、自県を君が代発祥の地としている。石碑には中曽根康弘元首相の名が刻まれ、献上者を連ねた看板が立つ。多くは昭和の献上である。

この石が世に出たのは1961年。春日村の愛石家、小林宗一が発表した。古今和歌集は905年、醍醐天皇の勅命による。撰者は紀貫之、紀友則、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)。千年以上の開きがある。

春日に伝わる由来はこうだ。文徳天皇の皇子・惟喬親王は木地師の祖神で、椀や盆の木地を司った。844年に生まれ、897年に没している。その親王に仕えた藤原石位左衛門が、椀木地の良材を求めて春日谷に住んだ。谷を行き来する道で渓流のさざれ石を見て、目出度い石だと詠んだ。その歌が認められ、石にちなみ「石位左衛門」の名を賜った。身分が低いゆえ、古今集には詠み人知らずで載った。

揖斐川町の公式の由来書きでは、この名の下賜と、詠み人知らずでの掲載が、同じ文中に並んで記されている。

詠み人知らずとは、作者が不明か、事情があって名を伏せた歌に付す。伏せる事情とは、朝敵となった平忠度のような場合だ。古今集の撰者壬生忠岑は下級武官、身分は低い。だが撰者として名を連ね、歌も実名で載る。本当にわからない場合以外は、高名なゆえに名を伏せる。

ここで、おかしなことに気が付いた人はいるだろうか。

その由来に登場する、藤原石位左衛門の逸話。もし彼が君が代の元歌の作者であり、その栄誉として石位の名を授けられたのであれば、なぜ古今集は詠み人知らずとしたのか。名を賜るほどの功績があれば、作者名が記されても不思議ではない。朝廷が与えた栄誉ある名前を隠し、詠み人知らずとするのは極めて不自然だ。自らの選択を否定することになる。

また、身分の低さが原因ではないことは、撰者の身分が既に証明している。君が代の元歌を、藤原石位左衛門が詠んだという解釈には構造的な無理がある。

古今集が編纂されたときに、藤原石位左衛門が詠み人で、詠まれたさざれ石が春日町のものだと認識されていたのであれば、平安時代に限らず、室町時代も、鎌倉時代も、江戸時代も、それを伝える言い伝えや書物がどこかに残されているはずである。

藤原石位左衛門については、昭和以前の記録が確認できない。言い換えれば、実在の人物であったことを示す証拠はない。

小林宗一は春日の人である。地元の愛石家が、地元の石を、1961年に発見した。

二つ目の疑問が起こる。小林宗一は地元の人間であった。しかも愛石家ということであれば、さざれ石は子供のころから見ていたはずだ。また、君が代発祥の地という由来も、地元の誇りとして、子供のころから聞かされていただろう。ところが、さざれ石の”発見”は彼が70歳の齢であった。川沿いに露出している石が、70歳の時に地中深くから、突然現れたわけではあるまい。

発表から十六年後、石は天然記念物になる。昭和52年(1977年)3月18日、まず春日村が指定した。同年11月18日、岐阜県が指定した。村と県が相次いで指定したことで、説はまことしやかになった。その後、岐阜県は知事名で各地へ献じた。全国の神社のさざれ石の多くは、これ以降に春日から奉納されたものだ。

天然記念物の指定は県どまりである。国の天然記念物ではない。国歌と直接結びつく決定的な石であるなら、国指定になっていてもよさそうだが、そこまでに至っていない。国の解釈の反映と言えよう。

春日側の由来では、君が代の作者が見て詠んだことになっているさざれ石が、1000年の時を経て突然発見された。もうこの辺りで大半の人は、この話は、希望を何重にも重ねたお国自慢だと気付くだろう。

装飾をすべて剥がせば、事実として確認できることは、春日町にある石灰質角礫岩を小林宗一が、1961年に、君が代に詠まれるさざれ石だと思った、という一点に尽きる。

宮崎県日向市の大御神社にも、さざれ石がある。2003年の改修で出た礫岩を、在野の研究家がそう解説した。ラグビー日本代表が、出場前にこの石の前で国歌を歌う。

思い込みは、宮崎へも飛び火している。

さざれ石は全国の著名な神社の境内に置かれている——靖国、神田、寒川、伊勢二見、出雲大社、諏訪大社、氷川神社。
ほとんどは岐阜県からの奉納だ。

神社は奉納を受けた以上、その由来を説明するだろう。その説明を読んで、注連縄をされた天然のコンクリートのような石が、計画的な村おこしに端を発していると気付く人は少ない。

なお、岐阜がさざれ石と呼んでいるものは、正確には巌である。

さざれ石が成長して巌となるという設定は、極めて優れたイマジネーションの産物である。
自然現象としてはあり得ない、常識を覆す発想だ。
これにより、終わりの見えない、未来永劫途方もなく長く続く年月の示唆を可能にする。
仮に巌が現存するとなれば、君が代は終わりの閉じたストーリーとなる。
有限の時間を表すことになる。
現時点で、巌の存在を公言するのは、この永遠を表す空前の修辞をないがしろにすることになる。
巌は存在しない。
存在してはいけないのだ。
巌をさざれ石と呼び替えたのも、この誤謬を巧妙に隠す意図があったからだと言われても反論できまい。

ないはずの巌が、ある。あるはずの石位の名が、ない。人騒がせな、さざれ石だ。

由緒や云われは、願望によって作られる時がある。そして、気づかぬまま、受け入れられる。 月日が経つと願望は忘れられ、由緒だけが残る。

疑わしき由緒でも受け継がれるのは、それによって誰かが直接不利益を被るわけではないからだ。誰も困らない物語には、異議を申し立てられにくい。こうして由緒は生き残る。






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