「足が動くうちに、行きたいところへ行かんでどうする?」 ー出雲の旅で感じたことー
先にこのnoteの核心を書いておく。タイトル通りだ。
動けるうちに動かんでどうする?
いつか行く
いつかやる
お金ができたら〜
時間ができたら〜
子供が大きくなったら〜
それっていつ?
その時に今と同じような社会情勢があるのだろうか?
体力や健康状態があるのだろうか?
動ける環境が与えられているのだろうか?
病気が治ったら〜、とか、調子が良くなったら〜、という理由の人もいるだろうが、今よりもっと悪くなるかもしれないのだ。
それ以前に、その時に命があるかもわからないし、明日死ぬかもしれないのだ。
もちろん、お金が全くなくてハワイ旅行は無理だし、下半身付随の人がホノルルマラソンに出場はできない。無理なものはムリだ。
しかし、それは本当にやりたいことか?
「今、自分の本当にやりたいことはなにか?」
という自分への問いかけと、
「今、何ができる?」
は、とても大事だ。
本当にやりたいことなら、必死のお金を貯めたり、もし半身不随でもマラソンに出たいのなら、必死にリハビリをすればいいと思う。望みが叶う、叶わないかはわからないが、命をかけて臨めばいいと思う。
しかし、多くの人を観察していて思うのが、その人の「やりたいこと」って、案外「今できること」の場合が多い。
でも、「今やらない」のは、シンプルに「恐れ」からだろう。
ただ、そういうものって「ちょっと無理すればできる」ことが多い。でも、怖いから動けないのだ。
ただ、それでは人生は何も起きない…のならばマシだけど、保身すればするほど、人間というものは「停滞」する。
常に、新たな自分と出会っていく気概があり、挑戦することで、人は成長していく。
下記に詳しく書くけど、この前、出雲地方で2日間連続で登山をした。
ちょっとピクニック、ではなく、立派な登山だ。
そんな登山で、77歳のおじいちゃんと出会った。奥さんもいて、奥さんは山頂までは登らずとも、頑張って途中まで登っていた。
親しくなって色々と話したら、車中泊しながら、全国の山々を登り回るということをやっているらしい。
今は定年しているだろうけど、30年続けているって言ってたから、現役時代も、休みのたびにそういうことをやっていたのだと思う。
「足が動くうちに行きたいところに行かんとな!いつどうなるかわからんのだし!がははは!」
大きな声でそう言って豪快に笑っていた。
そのような人生訓や名言など、古今東西ありふれているのだけど、今まで聞いたその手の言葉で、僕には一番響いた。とんでもない説得力だった。
「ただ、昔のようには行かんよ!」
とも言っていた。昔は2時間で登れた山が、今では倍の時間がかかると言っていた。やはり、体力の衰えはあるらしい。
「だからこそ、なおさら今やらんとな!」
しかし、そんな体力の衰えさえ楽しんでいるように思えた。
僕だって、弱気になる時もあるし、恐れに飲まれそうになったり、リスクを考えて動けないこともたくさんある。
でも、77歳のおじいさんと山の上でたくさんお話をして、勇気をいただいたと共に、自分自身に「喝」を入れたい気分になった。
あなたのやりたいことはなんですか?
どんな風に生きていきたいですか?
そのために何が必要ですか?
ぼけっと過ごしていたら、ぼけっとしたまま人生は終わります。待っていても、棚からぼた餅は降ってきません。
「そんな悪いことなんて起きないって信じていれば起きないよ!絶対神さまが助けてくれる!」
みたいな、ふわふわスピな妄言迷言に誤魔化されないでください。地球は「時間」がある星なので、必ず老化はするし、死が訪れます。
だから、やりたいことがあるならやるべきだし、行きたいところがあるなら行くべしなんです。
しかし不思議なもので、やりたいことがあるのに、「怖い」とか「難しい」とかはもちろん、「めんどくさい」という感覚まであって、ついつい目先に楽な娯楽に逃げてしまいそうになったりします。
これはあなたの弱さというか、人間の弱さです。
人間ってそうできているんです。リスクを取らず、いかにただ生存するか?が脳の仕組みです。
でも、この「リスク回避プログラム」のままに生きていては、ただ周りに流されて、なんのために生きているのかわからない人生になるでしょう。
どこに行きたいですか?
誰に会いたいですか?
何を知りたいですか?
何を学びたいですか?
大袈裟なことじゃなくていいし、誰かと比べなくてもいいんです。自分の胸に手を当てて聞いてください。
そしてピンときたら、とりあえず動き出してみてください。
終わり。
⭐︎出雲旅行記
さて、ここからは旅行記。長いnoteになったので、お時間ある時にどうぞ。
6月8日〜、出雲地方へ行ってきました。

まずは出雲大社へ


初日は実は風邪気味でした。息子も嫁も風邪を引いていて、「やばいな…」と思ったいたら、案の定というか…。熱っぽく、鼻水くしゃみ…。
しかし、出雲に行きかなり元気になりました。

この日はレンタカーを借りて、西側へ。島根県太田市方面へ。

石見国一宮「物部神社」。こちら、古代豪族の物部氏の祖先とされる「宇摩志麻遅命」を祭る神社。
宇摩志麻遅命は、神武天皇の東征で支配下に加わったとされる、古代の王、饒速日神社の息子であり、母は、長髄彦長髄彦という、これもまた古代の近畿地方の王の妹にあたる。
日本の古代史を語る上では、その子孫であるとされる物部氏の存在は重要であるし、宇摩志麻遅命が「鶴に乗って」石見にやってきたという伝承がある。この「鶴」というのも重要なキーワードであると思うが、その辺の考察はまた別の機会に。
そして石見と言えば、

石見銀山である。江戸から明治初期、日本経済を支えた銀。

行ってから知ったのだけど、車は乗り入れられず、駐車場から2キロ以上は歩く。

遊歩道がとにかく気持ちいいので、レンタサイクルより、ぜひ歩くことをおすすめしたい。途中にお店もあるし、休憩所もたくさんある。

まだ少し風邪気味だったので、ゆっくりと自然の中を歩けてよかったし、何より銀山の見学が楽しかった。
佐渡の金山の時も思ったけど、「人間ってすごいな」の感嘆に尽きる。


その夜は太田市のホテルへ泊まり、朝から山へ。

三瓶山という山で、出雲神話の「国引き」神話に出てくる山です。
元々は「佐比売山」と呼んでいたそうです。
出雲風土記によると、八束水臣津野命という神様が、出雲の国は小さくつくりすぎたといって、4回も土地を引っ張ってきて、出雲の国を造った、という神話です。
こちらのサイトに詳しく載っていますが、画像を転載します。

出雲地方は、朝鮮半島や隠岐島、そして、能登半島から、引き寄せて今の形になった、という神話です。
その際に、引き寄せる際の縄が、稲佐の浜と弓ヶ浜で、縄を結ぶための「杭」がこの三瓶山と、中国地方で最高峰を誇る、鳥取の伯耆大山です。
この神話は、見事にプレート移動を表していて、上記の地域は、地層などから、かつて同じものであったということもわかっているそうです。
もっとも、それは2千万年とか前の話らしいですが…。なぜ、古代の出雲人はそれを知っていたのか? 古代ミステリーですね。
出雲は、古代史のロマンがゴロゴロ転がっています。
三瓶山は、男三瓶、女三瓶、子三瓶と、いくつかピークがあり、女三瓶ならリフトを使えば楽に行けちゃうそうです。
しかし、今回はやはり最高峰の男三瓶へ。

ぐるっと、他のピークを巡ることもできるのだけど、他にも行きたい場所があったのと、翌日も登山予定なので、男三瓶山のピストン(往復)で終わらせた。

で、この人が、冒頭に書いた77歳の超人です。

いい顔していますよね。
「健康の秘訣は歩くこと!」と、このおじいちゃんも、山頂には来てないけど、奥さんも、そんなことを言っていた。
ただ、このおじいちゃんに関しては、「声がでかい」んです。
健康の秘訣に「しっかりと話す」は重要です。横隔膜を使って、しっかりと大きな通る声を出す。
元気な人が声が大きいのではなく、声が大きいと健康になり元気になる、というのもあるのです。
ちなみに、おばあちゃんの方は「山登りが好きなわけじゃない。いつも引っ張り回されているだけ」と、ちょっとぼやいてました(笑)
おじいちゃんは、好きに自分のペースでさっさと行ってしまうんですからね笑
でも、「自然の中を歩くのが好き。山頂に行きたいわけじゃない」とおばあちゃんは言っていたので、やはり歩くことが健康の秘訣のようです。
「明日か明後日、天気がよかったら、大山へ行くと思う」
と言っていました。

下山後、どうしても行きたかった場所がこちら。

「さんべ縄文の森ミュージアム(三瓶小豆原埋没林公園)」
ここはなんと、4000年前の巨大な杉の木を見ることができるという希少な場所です。
4000年前、この地域一体を、三瓶山の噴火から、土石流が飲み込みました。
巨木の杉の森が、土石流に埋もれ、そのまま奇跡的に保存されていたのです。
空気が遮断され、燃えることもなく、水分も奇跡な具合で、4000年前の状態を保持。
古代の杉の息吹を感じれる貴重な場所であり、とても不思議な気持ちになります。
そして、古代のロマン。最近、僕がハマっているものに銅鐸があります。

こちらは「加茂岩倉遺跡ガイダンス」と呼ばれる、銅鐸の発掘地。
銅鐸の本物は、出雲博物館にありますが、現在休館中とのことで見れず…。
しかし、現地に来ることが大事です。ここで古代の生活に想いを馳せる。
出雲は弥生時代の遺跡も多く、まさしく神話の地です。
本当は、この辺りには遺跡が密集しているので、あれこれ行きたかったけど、時間の都合で断念。
レンタカーを返し、夕方に電車に乗り、島根県を抜け、鳥取県の米子へ向かいました。

その夜は米子に一泊し、翌朝はレンタカーで伯耆大山へ向かいます。米子駅からだと30分ちょっとで登山口に到着します。








行者谷登山道から、夏山登山道で登りました。
Instagramのハイライトで見ることができます。
階段が多く、技術は必要ありませんが、体力は必要ですね。


そして!

おりました!77歳の超人!
いるかな?と思いつつ、やっぱり。すごいですね。連続です。しかも、この山はけっこうなしんどさです。僕も普段はまず筋肉痛にならないのに、この山は翌日、軽く筋肉痛になったほどです。
ちなみに奥さんは6合目で引き返してましたが、それでも十分です。
「またどこかで会える気がするなぁ」と言ってました。次はどの山で会えるやら。



なんだかんだで、13時前には下山し、麓で蕎麦を食べて昼食。


少し車を走らせ、汗を流しに温泉へ。源泉掛け流しのお湯を全身で堪能しました。
白鳳の里という、遺跡がたくさんある辺りにある温泉施設で、サウナも併設されています。とても良い泉質でした。最近、肌が一部かさかさしていた部分があったのですが、綺麗になりました。
その夜も米子で一泊。居酒屋でいっぱいひっかけて、さすがに二日連続の登山、しかもちょっと病み上がり感もあり、クタクタだったのか早めに眠りました。
翌朝は5過ぎに散歩へ。

米子城(跡)へ。
僕はお城って好きです。もちろん、歴史とか、そういう「好き」もあるのだけど、実はお城って、すごく元気が出るんです。
はっきり言って、その辺のパワースポット巡りするなら、お城巡りした方がいいですよ。
だって、お城の位置って、風水学上、すごい良い立地に建てられているし、江戸時代の陰陽師や結界師たちが、かなり強い守護の結界をつけていますから、とてもパワーがあるんです。
で、米子城ですが、もし行かれる際はお気をつけください。

城を登る道はいくつかあるのですが、八十八箇所霊場を模した、お地蔵さん巡りコースがあって、そちらから行ってしまいました…。

ほぼ、登山です。おかげで3日連続で登山しましたね。しかもこの日はビーチサンダルで苦戦しました。
とにもかくにも、天守閣跡へ。たどり着き、絶景を眺めれました。
(同じく、Instagramのハイライトで見れます)

歴史ある城壁。
お城は、明治になって壊されたとか。もったいないですね。日本中にそんなお城がたくさんあります。
日本中にあったお城の大半が、廃藩置県の際に明治政府から、旧幕府軍の拠点にならないように取り壊されたか、大東亜戦争時の、アメリカの空襲で焼失したか、ですね。
ホテルへ戻り、荷物をまとめ、米子駅へ。



水木しげるの街です。乗ってて楽しい電車です。
米子空港へはバスでも行けますが、電車がおすすめです。本数少ないけどね。
米子空港でPC作業をしながら過ごし、旅を終えました。米子空港のカードラウンジは、「持ち込み可」という珍しいラウンジだったのがよかったです。
良い旅でした。出雲地方は、何度でも来たいですね。
冒頭の話に戻るけど、やはり、今やれることを、全力でやる。
これが大事ですね。
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6月27日(土) 14時〜 東京 →詳細・お申し込み
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Youtubeでもお話ししました。(こちらから)
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すべてオンラインですが、身体動作によるアドバイスは多いと思います。
下記を参照に
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