心地よい美の浸透-夏目漱石『草枕』の面白さ
漱石の初期作品の中で『草枕』は『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』に比べてちょっと知名度が落ちる作品です。
しかし、芸術家が主人公という実は漱石の長編では珍しい作品でもあり、ピアニストのグレン・グールドがお気に入りに挙げていたりと、読み込むとなかなか他の作品にはない面白さのある名作と言えます。
山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
有名な冒頭の如く、語り手にして主人公の画家は、旅をしながら絵画の構想を練っています。洋画家でありつつ、漢詩を書いたり、浮世絵に詳しかったりと趣味の幅が広い男の様々な想念が歩行の合間に入り乱れます。
山中で温泉宿に宿泊すると、出戻りで村からは浮いている那美さんという美女と出会います。彼女と対話し、彼女を題材に絵を描こうとするものの、何かが足りないと思い、描きあぐねていたのですが。。。

奈良国立博物館蔵
1926年、日本画家松岡映丘が門下生と共に
総勢27人で完成させた3巻の傑作絵巻
この作品はいわゆる「芸術家小説」と言えます。
芸術家、この場合は画家を主人公として、創作の過程で様々な芸術論が交錯する。実際『草枕』でも主人公の視点で、ターナーから蕪村まで絵画・詩の作品やエピソードが出てきます(そういえば音楽作品がほぼ出てきていないのが興味深い)。ただ、それだけにとどまらない面白さがあるのも事実です。
例えばトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』のような芸術家小説の場合、憂鬱な作家の主人公が、自分の生涯を回想しつつ、友人の画家と芸術家談義を繰り広げ、旅をして、やっぱり自分なりの作品を創りあげて行こうと決心する。

プロット的にはそこまで大差ないのですが、『トニオ・クレーゲル』がどこか閉じた印象がある(それもこの作品の素晴らしい魅力ですが)のに比べて、『草枕』は風通しのよい、全ての印象が溶け合っていくイメージがあります。
この作品の一番大きなモチーフは何と言ってもエヴァレット・ミレイの絵画『オフィーリア』。川に沈んでいく美女のイメージは、芸術論を挟んで、その後温泉で遭遇する那美さんへと現実の方に少し変化した形で具現化される。そして、それを作品にしようと思案していく。
このような、芸術作品(あるいはそれが起こす幻想)と現実との往復運動が『草枕』の基本構造と言えます。

テート美術館蔵
と同時に、主人公が出会う人物が、寺の和尚さんのように骨董系はそこそこわかる人か、茶店の婆さんのように芸術に興味がない人のように、西洋芸術と東洋芸術の両方を知悉した主人公とは全く違うのが面白い。
主人公はひとしきり芸術の妄想を広げた後に、そうした芸術から離れた人々と対話することで、妄想に風穴を開けて、情念を冷却している感があります。それがつまりは作中で那美さんと議論する「非人情」という概念なのかもしれない。
『トニオ・クレーゲル』やバルザックの芸術家小説に出てくる主人公たちが、芸術家という社会的な地位によって自意識過剰になったり苦悩したりしたのとはちょっと違う。そもそも語り手たる主人公の過去も素性も名前も分からないわけで。
いわば匿名の衣をまとって、芸術作品と現実の間を往復して、イメージを自由自在に繋ぎ合わせていくような闊達さがあります(その意味でこの作品は『夢十夜』に案外近いと思っています)。

奈良国立博物館蔵
そして、その現実の方も閉じてはいない。終盤で重要な要素になる兵士の出征は、この作品が書かれた前年にようやく終結した日露戦争の影が濃密に現れています。
世間から背を向けた芸術家小説のように見えて、様々なイメージに五感を委ね、あなぼこになった身体から色彩豊かなイメージが浸透してくるような小説。
ラストは芸術家の制作工程に絡める点でちょっとあざといと個人的には思っているのですが、前向きな若々しさが漂う、この出色の芸術家小説にふさわしい、充実したラストと言えるでしょう。

奈良国立博物館蔵
『草枕』は1906年の7月からなんとほぼ2週間で書かれたことがわかっています。漱石は元々大学教授だったのもあって、1904年に『吾輩は猫である』を発表したのが37歳の時。そこから次々に小説を発表して49歳で亡くなっているのですから、今の時代から見ると、少し遅咲きで、しかも早世した人ではないでしょうか。

そんな感じがあまりしないのは、デビュー時から既に老成していたこと、そして実働12年間で傑作群を間断なく発表していたからでもあります。
1905年に好評を受けて『吾輩は猫である』が連載されると、その後も特異な短編を次々に発表し、1906年の4月に『坊ちゃん』、9月に『草枕』が雑誌に掲載されているのですから、この時期は初期の驚異的な創造力の頂点と言えるでしょう。
そして『草枕』は内容的にも初期の総決算にふさわしい作品でした。
『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』の、講談を思わせる流麗でおかしみのある語りと、『倫敦塔』『薤露行』『幻影の盾』といった世紀末の西洋中世趣味に思いきり浸った幻想作品の融合。芸術の薀蓄も『吾輩は猫である』に比べると、無理なく作品の中で地の文に溶けています。

テート美術館蔵
『薤露行』の主題にもなった
アーサー王伝説の挿話をモチーフにした絵画
漱石は意外と忘れられがちですが、1900年にロンドン留学している、まさに世紀末の耽美的な象徴主義ど真ん中の人。ロンドンのテート美術館で漱石も実際に見ていたであろうミレーの絵画やアーサー王伝説は、当時のイギリスの「最新流行」でもあります。そして、彼の持ち出す芸術家談義は、メレディスにせよシェリーにせよ、いい意味で偏ったイギリス趣味でもある。
世紀末イギリスの耽美主義に、王維ら漢詩の古代中国の風流さや、浮世絵や山水画、能といった日本の伝統趣味が無理なく溶けて、涼しい風が吹き抜ける活人画となったのが『草枕』と言えるのでしょう。

『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵
『草枕』の中にこの絵画を論じる箇所がある
漱石は『草枕』を置き土産のようにして1907年4月に教師をやめ、朝日新聞に入社。新聞連載小説を主軸とする職業作家となって、国民的作家の道を歩むことになります。
そこで発表された作品には、近代人の苦悩があり、日刊の連載によって短く厳密に区切られた形式があり、律儀な漱石による読者サービスの当世風俗の活写があり、『草枕』の奔放さは時折断片で見られるくらいには抑えられていくことになります。
そうなる前の、アマチュア時代の自由で幸福な作品が『草枕』と言えるのかもしれません。是非その美の心地よさを体験いただければと思います。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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