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北斎外伝 宵闇の江戸に灯った女絵師、応為

お栄っていう女は、ひと言でいや、面倒くさいことが嫌いな女だった。
長屋には鍋もない、釜もない、茶を淹れる急須すらない。掃除もしない、洗濯もしない。ときどきファンが魚を持ってくることがあっても、包丁がないんだからどうしようもない。近所に配っちまう。
それで困るかっていうと、困らない。朝は納豆売り、豆腐売りが棒手振りでやってくる。声がしたら顔をだして買えばいい。夜は屋台だ。寿司、天ぷら、蕎麦。四文屋なんてのもあって、四文だしゃなんか食える。いまでいうウーバー女子。江戸の町、便利にできてます。

一度は嫁に行った。亭主の絵を見て、こう言った。「なんて下手くそなんだぃ」。それで出戻り。我慢とか遠慮とか、そういう言葉とは縁のない女である。
「火事だぁ」って声がすりゃ、夜中だろうが何キロだろうが見物に飛んでいく。江戸っ子の血が騒ぐんでしょう。親爺さんの北斎はそれを見て、咎めやしない。「おい、アゴ、なにやってんだぁ、おめぇは」。アゴってのは、お栄ちゃんの顎がちょいとでてたから。呼ばれりゃ「あいよ、なんだい親爺さん」。お栄も気にするそぶりもない。

この親爺、北斎ってのがまた、変わり者で。生涯93回引っ越したって話、聞いたことありますか。部屋が散らかると、片付けるのが面倒だから引っ越す。借金取りが来ると、顔合わせるのが面倒だから、また引っ越す。かといって遠くへ行くわけじゃない。本所のあたり、今でいう墨田区、スカイツリーの足もとをぐるぐる回ってるだけ。ご近所さんは、いつも顔ぶれが同じ。「あ、また来やがった」ってなもんです。
おまけにこの親爺さんはかなりの変人でしてね。人と雑談をするのも嫌。なもんで、町を歩いてても声をかけられたくない。それで、ブツブツと呪文とか、わけのわからない言葉をつぶやいてました。
冬になりゃ、布団かぶって丸くなったまま絵を描いている。その脇でお栄が長い煙管ふかしながら、親爺の絵をじっと覗いてる。そういう絵が、ちゃんと残ってるんですね。

その親爺、北斎は下戸である。生涯、絵と仕事しか頭にない男に、酒の入る隙間などない。
ところが娘は違う。似なかったもんは似なかった。血はどこから来たんだか、というくらいの酒好き。占いだ、豆人形だと稼いでは、その先はだいたい酒代に消えていく。酔女――なんて俳号までこしらえて、句もひねる。板についてる。

ある晩、その酒がとうとうやってくれた。煙管の火種を、親爺さんの絵の上に落としたのちまった。あまりの失態に、お栄もしばらくは殊勝に禁煙していたらしい。「らしい」というのは、三日ともたなかったからだ。
下戸の親爺と、大酒飲みの娘。狭い長屋で、紙屑にまみれながら絵を描いている。北斎は布団をかぶって丸くなったまま筆を動かし、脇でお栄は長い煙管をくわえ、片手に茶碗酒。晩酌の相手なんぞいやしないから、ひとりで機嫌よく飲んでいたんだろう。
火種を落とされてなお、娘を追いださなかった北斎も北斎である。

北斎とお栄

そういえば、お栄には姉がふたりいた。三女なんですね。中年になった頃、長女のお美与もまた離縁されて出戻ってきた。この家系、出戻りが多い。しかもお美与、息子を連れて帰ってきた。時太郎という、お栄からすりゃ甥っ子にあたるわけだが、これがとんだ放蕩児で。爺ちゃんの北斎が、この孫の尻拭いに奔走する羽目になる。
「去年から孫の放蕩のせいで、ひどい目に遭ってばかりだ」なんて書簡まで残ってる。「銭もなく、着物もなく、口を養うのみ」とも書いてる。
絵師として名を成した爺さんが、孫の不始末で頭を抱えてる図。これもまた、笑っていいのか泣くところなのか。

さて、そのお栄ちゃんが描いた絵、いや絵師・葛飾応為の絵を見ると、これがどうも様子が違う。
『吉原格子先之図』。手前の見物人は真っ黒なシルエット。奥の遊女たちだけが、提灯の光でくっきり浮かびあがる。行灯の光、手提灯の光、座敷の灯り。光源ごとに滲み方も影の濃さも、丁寧に描き分けられている。

酒でくだを巻いてたはずの女が、なぜこんな計算ができるのか。包丁もない部屋で出前ばかり取っていた手が、なぜこれほど緻密な光の粒を置けるのか。緻密であると同時に、妖しい。
たぶん、これがお栄の本当の顔だったんでしょう。日常はどうでもいい。人付き合いも家事も、興味がない。だが絵の中でだけは、何時間でも同じ一点を見つめ続けられる。昼はだらしなく飲んだくれて、夜になると人が変わったように光と闇の境目に潜り込む。そういう二重の暮らしをしていたんじゃないか。

絵に納得がいかないと、夜中に布団の中で泣くこともあったという。あのべらんめぇが、である。外面のサバサバとは裏腹に、内側には誰にも見せない神経質な芯があった。あの絵の妖しさは、たぶんそこから滲みでている。昼の豪快さじゃ届かない、夜だけの、静かで執拗な世界。
『夜桜美人図』も同じ匂いがする。闇に桜が白く浮かび、女が短冊に何か書きつけようとしている。お栄は手を描くのが異常にうまい。指の関節のしなやかさは、親爺よりリアルだといわれるほど。がさつで家事もできないその手が、絵の中でだけは誰よりも雄弁だった。

遊女たちは、たんに男を誘う美しい商品としては描かれていませんね。格子の内側に閉じ込められた女たちの諦めや物憂さが、深い闇とともに表現されている。短冊に何か書きつける女にも、言うに言われるぬ重さ深さが、その肉体をとおして伝わってくる。
お栄の生きた時代の江戸下町、とりわけ浅草や吉原は、文化が極限まで成熟し、それとともに明日をも知れぬ刹那的な空気が漂っていたんでしょうね。そうした気配や人間の体臭を含んだ濃密な闇。それに感応する感受性と優しさを、お栄は持っていたのでしょう。そう思ってあらためて絵を見ると、そこに描かれた女たちはなんだかお栄時子音にも見えてくる。

親爺さんが脳卒中で倒れたとき、支えて筆を握らせたのも、代わりに筆を執ったのもお栄だった。世にでた春画の多くにも、実は娘の手が入っていたらしい。北斎が晩年まで描き続けられた理由の半分は、たぶんこの娘のおかげだったんでしょう。

そんなお栄の最期は、驚くほどあっけない。
親爺の死を看とり、書状をしたため、しばらく江戸で商人や旗本の娘たちに絵を教えて暮らしていた。ところが六十代のある日、「ちょいと絵を教えに行ってくる」。それだけ言い残して、家をでた。
そのまま、戻らなかった。

加賀藩に招かれて金沢で死んだという説。信州小布施でひっそり余生を送ったという説。旅先で行き倒れたという説。どれが本当かは、わからない。
ただ、思うんです。どこかで誰かが、こう呼んでたんじゃないか。「おい、アゴ。なにやってんだぁ、おめぇは」って。返事はなかったでしょうけれど。

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