悪魔だからこそ。『ワルプルギスの廻天』を観てきました(ネタバレあり)
※この記事は『魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』のネタバレを含みます。👣
『ワルプルギスの廻天』を、家族で観てきました。
映画を観られたことも嬉しかったんですが、久しぶりにみんなと一緒に出かけられたのもよかったです。
こんなことをいうのもなんですが、私は、まどマギの登場人物の中でまどかがあまり得意なわけではありません。
まどか、いい人すぎるんですよ。
物語の中心にいる人物として必要なのもわかるんですけど、私とは人間のつくりが違いすぎて、ちょっと遠い。
まどマギという話自体は好きです。
昔テレビシリーズを観て、その後『叛逆の物語』を観ました。
最近、夫がまどマギを観たことがないと判明したので、テレビシリーズから『叛逆の物語』、スピンオフの『マギアレコード』まで一緒に観ました。
今回、映画の中で一番おもしろいと思ったのが、さやかちゃんの理屈でした。
悪魔だからこそ、誰からも望まれないことをしていい。
まどかを、神様でも概念でもなく、まどかとして助けていい。
この理屈、うまいなあと思いました。
まどかは、自分を犠牲にして魔法少女たちを救いました。それをまどか自身が望んで選んだ以上、周りから見れば、その願いを尊重するのが正しいんだと思います。
大勢の人を救えることでもあるし、たぶんそれが正しい。
そんな中で、
まどかの望みよりも、まどかが普通の女の子として生きることを優先する。
本人の意思を無視して、世界までつくり変えて、まどかを人間に戻す。
そんなこと、正義の味方にはできないんですよね。
誰かに認めてもらえる行動でもないし、まどか本人から感謝されるとも限らない。
でも悪魔なら、正しくなくていい。
誰にも望まれていないことを、自分だけの願いでやっていい。
だから、悪魔になったほむらちゃんだけは、まどかを助けたいと言っていい。
なんて強引な理屈なんだと思うんですが、
くっーー!!いいね!!って思いました。
まどかはみんなを救えるけれど、まどか自身を救う人がいない。
そこへ、本人の意思なんて知らん、私はあなたに幸せに生きていてほしい、と割り込めるのが悪魔になったほむらちゃん。
正しくないからこそ助けられるものがある、という話には妙に納得してしまいました。
観終わったあとは、家族と、
「キュゥべえに、やべえもの見つけられちゃったね」
という話をしました。
奴、エネルギーになることだけはきっちり活用してくるので、研究者としては優秀なのかもしれませんが、頼むからもう何も発見しないでほしい。
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作者のやる気ゲージが超回復します🥰
