読書感想文📖大滝瓶太『理系の読み方』
おはようございます。読書感想文をまとめて更新します。
大滝 瓶太
『理系の読み方: ガチガチの理系出身作家が小説のことを本気で考えてみた』
誠文堂新光社、2025年
▼はじめに:
私は文学部歴史学科出身であり、いわば典型的な「文系の読み方」で文学に接してきた。本書は、小説という営みが文系だけに開かれた世界ではなく、理系的思考とも強く通じる領域であると主張する。そして、理系出身の著者が、小説を「読む」のではなく「解く」ことを試みる点にこそ、本書の真価があると感じた。私にとっては、既存の読み方の枠組みをずらす鮮烈な発見があった。
▼内容と論点:
<第1回:小説を「解く」とは何か>
著者は、「読解」と「解く」を厳密に区別する。受験的「読解」が作者の意図の推測であるのに対し、「解く」とは、複雑に絡み合う事象を物理学の問題のように“モデル化する”行為だという。
対象の奇妙さ、ズレ、異物感にピントを合わせ、問題未満のものを「問題化」する。これは、観測対象の背後にあるパラメータを抽出する物理学的態度に近い。
カフカ『変身』を「分子シミュレーションのようだ」と評する著者の比喩は理系的であるが、文系読者には唐突にも思える。だが、その背後にあるのは、カフカ的世界を“再現可能な現象”として扱おうとする視点であり、これは文学研究には少ない切り口である。
<第2回:作者の意図の有無と物理的モデル化>
カフカ『城』を例に、文章には必ずしも強固な意図や主張が必要ではないと述べる。著者は、夏目漱石や円城塔を引きながら「作品は作者の内部から構築されるのではなく、外部にすでに存在する“構造”を発見する行為である」という美しい仮説を示す。
ここで語られる「わたし性(内的動機)」と「他者性(外部から押し寄せる力)」は、物理の「内的因子/外力」の関係に似ている。
著者が、「小説に働く力を選択する行為」だと述べるのは、まさにニュートン力学を思わせる文学観であり、文学を物理学の力学系に重ねる試みは独創的である。
<第3回:複雑系としての小説>
わたしが理解できなかった回である。
“よくわからない小説”が、個々の文が分かるのに全体では分からないという状態は、複雑系の「創発」に近い。
ここは、理解できなかったと感じた点は、「文脈が非線形に反応するため、局所(文)と大域(物語全体)の関係が単純加算にならない」という理系的説明が、むしろ文系読者を置き去りにする場面に思える。
<第4回:小説とゲーム理論/ジャンルの力学>
著者はジャンルを「大規模相互作用の結果生まれた”見えざる手”」と捉える。
WEB小説の異世界転生ブームや長いタイトルの氾濫を、ゲーム理論や均衡点で説明するのは、文学研究では希少な試みである。
これは、個々の作者の意図を超えた集団ダイナミクスとしての文学を提示しており、新鮮である。
<第5回:ミステリにおける“多重解決”問題>
ミステリが「解ける」かどうかは、命題に対する情報の与え方次第であり、不適切な情報設計は無限の解を許す。
これは不良設定問題(ill-posed problem)という数学的概念に近い。
「同じ事件なのに推理の数だけ別の事件が生じる」という比喩は、文芸批評と数理物理の交差点にある美しい観察である。
<第6回:ノイズと熱力学の揺らぎ >
ここは、本書の核心の一つで「前のめりに理解しようとした」箇所でもある。
著者は、「答えだけを求める現代人」がノイズを排除してしまう現象を取り上げる。ノイズとは、知りたくないもの/予期していないもの/余分なものではなく、むしろ知識を成立させるために不可欠な“揺らぎ”だとする。
これは熱力学の「ゆらぎ」=情報生成の起点、という発想と通じる。「マクスウェルの悪魔」とは、情報とエネルギーの関係を示す有名な思考実験で、「ノイズを捨てると世界の複雑さを失う」という。
参考・三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
https://amzn.to/4p2vNzH
<第7回〜最終回:小説は役に立つか/文体と身体性>
小説は役に立つか、という古典的問いに対して、著者は「役に立たなくてよい」と言い切る。
ここで語られるのは、言葉の不完全さを抱えながら世界を受け取る姿勢=文芸の本質である。
最後の章で語られる「文体とは身体であり、視点とは見えてしまうことと同時に見えなくなることでもある」という指摘は、理系的抽象性と文学的身体性が交錯する、最も美しい終章である。
▼感想:
本書は、理系的視座から“小説を解く”という大胆な試みを展開した、希有な文芸・科学融合の書である。私はこれまで、読む側にとどまり、書く側の論理に触れる経験は乏しかった。しかし、本書の理系的思考の提示は、文学を読む私自身の姿勢を揺り動かした。
とくに「ノイズ」をめぐる議論は、読書体験の本質を照らし出すものであり、答えのない揺らぎこそが小説の醍醐味なのだと強く感じた。一方で、熱力学や複雑系の比喩が理解できず読み流した部分もあったが、その“わからなさ”こそ、著者が言うノイズの豊かさの体験だったのかもしれない。
本書が著者にとって博士論文のようなものだという言葉に触れ、私自身にも、博士論文を出せなかった後悔がよぎった。しかし同時に、学び直しの意志を新たにした。
小説論・批評・文芸作品をより深く味わうために、これからも人文知と科学的思考を往復しながら、読書世界を広げていきたい。
🔷お知らせ:
Amazonのアソシエイトとして、あさか義塾は適格販売により収入を得ています。
#最近の学び
#読書記録2025
#おとなの学び直し
#かめのあゆみ
#小説 #小説の読み方 #理系
to be continued
